第332話 馬の鞍の上に立った。
グルノー砦を落として十二日後。
ここはグルノー砦外周の東側住居地区。
その大通りにていくつかの馬車、それに多くの騎馬、歩兵達……三千ほどの軍が隊列を組んでグルノー砦へと向かっていた。
対して馬に跨ったニールは一人、軍の前に姿を表す。
「うぷぷ。すごい人だ」
軍の先頭を進んでいた騎馬隊が警戒して、ニールを囲む。
騎馬兵の一人が問いかける。
「貴様、何者だ」
「んーん。誰でしょう? そんなことより……うぷっ、チチ婆の酔い止め飲んでも人が多くて気持ち悪いな。この軍で一番偉い人のところに連れて行ってくれる?」
「バカか。そんなことできる訳ないだろう」
「そう? ソフィア様に用事があるんだけど?」
騎馬隊はソフィアの名を聞いて、より警戒し……剣、槍を構える。
対してニールは気の抜けたような表情で頬を掻く。
「ダメって言うなら俺の方から会いに行くか……うぷぷ」
馬を前に進めつつ、馬の鞍の上に立った。騎馬隊に近付く。
一触即発と言う言葉が正しいだろう空気の中、馬車が歩兵と騎馬をかき分けるように進んできた。
馬車からソフィア、次いでその護衛であるオズワルド達が出てきた。
ソフィアはニールを視認すると、周りに声を掛ける。
「勇敢なる兵士達、大丈夫です。彼は私達の味方です」
ソフィアの登場に騎馬隊、様子を窺っていた住人達は驚きの声を漏らす。
「ソフィア様だ」
「あぁ。あんなにご立派になられて……」
「お美しい」
「アレがソフィア……様」
「ほらほら。ニール様が嘘なんていう訳ないんだよ」
ニールは馬から降り、歩きだす。
兵士達が退いて、自然とソフィアまでの道が開いた。
ソフィアの目の前まで進み出ると、跪く。
ちなみにいつの間にか現れたシルビアもニールの斜め後ろで跪く。
そのニールとソフィアのやり取りは兵達、住人達は神聖なモノに見えて……ゴクリと息を飲んで、自然と皆黙っていた。
ただ、当の本人達と言えば。
ソフィアが声を狭めて。
「今、一体何をしようと思っていました?」
「今? あぁ、これだけ多く集まった軍隊がどんなもんかとちょっと煽って、遊んでやろうかと」
「やめてください。外見子供の貴方に負けたとあっては、彼等の武人としても自信が地に落ちてしまうでしょう。それは困ります」
「そんなことで、落ちてしまう自信など持たない方がいい。グルノー砦の兵達は俺一人に半日で、砦を落とされてしまいましたが、頑張ってくれていますよ」
「半日で……あのグルノー砦を」
ソフィアが軽く目を開き、驚愕した。
ニールは真剣な表情に切り替えて、顔を上げた。周りに聞こえる音量で報告する。
「ソフィア様のご命令通りにグルノー砦を落としました」
「……ニール、我が剣よ。本当に良くやってくれました」
ソフィアが若干演技と感じる……感動した風の表情で胸に手を当てて答えた。
「勿体ないお言葉です」
「いえ、貴方の尽力はこの先の国をよりよくする礎になるでしょう!」
ソフィアがニールをまっすぐに見て言った。
様子を窺っていた住人達から歓声が上がる。
「きゃー」
「きゃーニール様ぁー」
「ニール様、格好いいぃ!」
「ニール様がソフィア様の近くに居るなら安心だ」
「ニール様ぁ。私と付き合ってぇー!!」
「結婚してぇー」
どちらかと言えば女性からの歓声が目立つ。
ソフィアは顔を引き攣らせて、再び声を狭める。
「ニール様はずいぶんと人気なんですね」
「うぷ……時間があったんで、カルディアに体を貸していたらこうなりました」
「もしかして私より人気者ですか?」
「どうでしょうか。それよりずいぶんと遅くありませんか? またわがままで周りを困らせていたのですか?」
「ち、違いますよ。予想以上に周辺からの志願兵が多かったんです」
ニールはスッと立ち上がって。
「さ、お疲れでしょう。グルノー砦へどうぞ。だいぶ時間がありましたので……部屋、食事の準備をさせています」
「ありがとう」
ソフィアは礼を言うと、踵を返した。
軍の指揮官に声を掛けてグルノー砦へと軍を入城させるのだった。
一時間後。
グルノー砦内にて。
ニールとソフィアが二人並んで。
それに続くようにソフィアの護衛、シルビア。
ちなみにボルトは飲みに行ってしまった。
ニールは若干に不満げに呟く。
「アイツは俺の監視じゃなかったのか?」
ソフィアはニールの呟きをスルーして。
「ニール様、この砦は食料が多く残っているのですね」
「あー。元々この砦には食料の備蓄がありました。それから、体貸した時にカルディアのヤツが狩りに出かけていたから……。それを市場に流したら感謝されたみたいな感じですね」
「そうなんですか。ではカルディア様に感謝ですね」
「そのおかげで、俺が気軽に外に出かけられなくなりましたけどね」
「それはご愁傷様です」
「……」
ニールはソフィア、その護衛を休める部屋へと案内して、中央司令部長官アレグラスの使っていた執務室に。
シルビアと共に部屋に入ると、受け取っていた肩掛け鞄……ランドの鞄の上部をポンポンと叩き合図する。
鞄からはジンを始めとした小人達が顔を出した。
ニールはジンとチューズ、シルバーなど軍事における主要メンバーが出てきたことを確認。
シルビアに鞄を渡して指示を出す。
「他は隣で休ませてやってくれ、食料と湯を用意させてあるから」
「畏まりました」
シルビアがニールより鞄を受け取ると、ペコリと頭を下げてその場を離れた。
ニールはジンを抱えると、ソファに座る。
「ずいぶんと遅かったじゃん」
「すまなかった」
ジンが肩を竦めた。
「攻城に手間取った? そっちは味方が多かったんじゃないか? ……やっぱりソフィア様が迷惑だった?」
「危なっかしいところはあれど、迷惑ということではない。ただ、予想よりもソフィア様に期待を寄せる者は多かった……ということだな」
「確かに予想より多くてびっくりはした。戦争のことは本でしか知らないが、これだけ多いと食糧の無くなりも早いだろうから……逆に困るのでは?」
「俺も分かっているんだが。後の政治のことも合わせて考えるとなかなか断れなくてな」
「ソフィア様は良い顔しがちだからな。政治を考えると苦言を言える者がいるかも……ってそこまで考える必要が部外者の俺等にあるのかどうか」
「手を貸したんだ。簡単にグラついてもらっても困るだろう」
「確かになぁー」
ニールとジンは難しい表情して腕を組んでいた。
ニールは一度ため息を吐いて、話を変える。
「そうそう。ナイトメアと思われる連中が来たぞ」
「本当か?」
「うん。たぶん……尋問しても吐かないから。後で頼む」
「分かった。捕らえたのか? 運がよかったな」
「捕まえるまでは。ただ……変わった【リドール】も居て手間取ったな。死にかけたよ」
「ほう。お前が手間取るほどのヤツだったのか?」
「相性が悪かった。ボルトならすぐに決着ついたかも知れない」
「それでも強いことには変わらないだろう?」
「強い。一般兵で戦うなら百……いや三百は居ないとキツイかも知れないな」
「それは凄い。魔導具開発部隊に回すか?」
「すぐに軍議をやるだろ? 後で倉庫に案内しよう」
「そうだな」
「今後、どうしていくんだ?」
「その戦略の話をする前に、敵さんはどう動いている?」
「偵察の情報では敵さんも動きだしているそうだ。総数は一万だとか」
「ほう。ずいぶんと多いな」
「こちらに進軍を始めているらしい。ただ攻城兵器を持ってきているから遅く……ここまで来るのは八から九日は掛かるって話だが」
「八から九日……そうか。そうか。こっちは俺が進めておくから。ニール、お前はソフィア様の……」
ジンがニヤリと笑みを浮かべて……ニールに指示をだすのだった。
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