第300話 特別待遇。


 ジェミニの地下大迷宮から離れて二カ月。


 ミリア公国の南部にあるクレティア王国との国境とされるルグミ川。


 ルグミ川は流れる水量は多く、広大で対岸クレティア王国の領地が小さく見えるだけ。


 ニールの目の前には壊れた橋があった。


 ニールは興味深げに橋の上を歩いていた。


「ほー大きいなぁ。よく作れたモノだ。壊れているけど」


 シルビアはニールの斜め後ろを歩き。


「この規模の川の橋となる。作るのに十年単位の時間が掛かったでしょうね」


「うん。見てみたかった……って」


 ニールが足を踏み出そうとしたところで、橋の木が脆く腐っていてボロボロと崩れていった。


 川に落ちる前に、後方に逃れると息を吐く。


「ふうーシルビア。この辺、危ないから離れよう」


 シルビアは頷き、ニールに近付いてくる。


「そうですね。この橋は老朽化でどの道渡れなかったでしょうね」


 その時、カンカンと甲高い鐘の音が聞こえてきた。鐘の音の方へとシルビアが視線を向けると。


「アレは出航の前の鐘の音ですね。船へと向かいましょう」


「そうだな。うん……そういやぁ、公王様がスイートを予約してくれていたみたいで、ちょっと楽しみだ」


 ニールとシルビアとは足早に、川岸に停泊していた巨大な魔導船へと向かった。




 巨大な魔導船へ移動すると、船員の女性に案内されて船の後方にある部屋へと通された。


 船員の女性に扉を開けられると、豪華な部屋が広がっていた。


 部屋は四部屋とバルコニーあって。


 扉入ってすぐのところにあった一番広い部屋にはローテーブル、二人掛けのソファが二脚、書き物が出来るデスク。ちなみにローテーブルの上には果物やチーズ、こんがりと焼かれた丸鳥など……豪華な食事が並んでいる


 ツインのベッドが置かれた寝室。


 大量のワインボトルの置かれたワインセラー。


 大きな浴槽のある浴室。


 ルグミ川を望むことのできるバルコニー。


 ニールは部屋の豪華さに呆然としながら、船員の女性に視線を向ける。


「すごい部屋だね」


「私どもの用意できる最上のお部屋ですので」


「ワインセラーとかついているんだけど……」


「ニール様はまだお早いかと思いますが……。持ち出しはご遠慮願いますが、航行中お好きなだけ飲んでもらって構いません」


「そ、そうなんだ。凄な」


 船員の女性は小さく笑うと、お辞儀をして。


「ふふ、可愛い。いえ失礼しました。聞いていると思いますが、この魔導船ヴェローゼ号はこの発着ユリアンナから対岸となるクレティア王国のタビタを経由して、終着地となるクレティア王国のダルマークまで四日の行程です。ニール様の要望通り、部屋へと毎食事をお持ちします。他にご要望あれば外で待機しておりますので私になんでも言ってください。では優雅な船旅を……」


 そう一言残すと、部屋を出ていった。


 ニールがキョロキョロと興味深げに、部屋をみていると……。シルビアは持っていた鞄をソファの上に置いたところで。


「ご主人様、荷物を下さないのですか?」


「あ、あぁ。こんなすごいとは、っとジン達を出してやらないとな。怒られそうだ」


 ニールはサイドバッグ……ペネムの鞄の上部をポンポンと軽く叩いた。


 すると我先にと小人達が鞄から飛び出してくる。そして、部屋、バルコニーをチョロチョロとし始める。


 バルコニーに出る者が多く、初めて見る大きな川……ルグミ川を眺めている。


 ちなみに、シルバーはワイン飲み放題と聞き、同じく酒飲みの小人達とワインセラーに閉じこもってしまった。


 最後に踏みつけられたような足跡を付けたジンが鞄から顔を出す。


「あ、いたた」


 荷物をソファに置いていたニールが首を傾げて。


「どうした?」


「いや、アイツ等を制御できなかった」


「あーそれはお疲れ」


「聞いていたがすごく広い部屋だ。あ、アレ? シルバーは?」


「ワイン飲み放題と聞いたら、ワインセラーの中に行った」


「あーそうか」


 ニールはソファに腰かけて。


「よっと。もう少しで出航だと思うが、お前はどうするんだ?」


 ジンはローテーブルの上にぴょんと乗る。


「うーん。美味しそうな食事……。しかし、マナで動くと言う巨大魔導船も見たい。悩むな」


「いっぱい悩んでくれ。俺は風呂に入ったら、船の中を見て回ろうかな? お前等も鞄の中からでいいなら、連れて行くが……行きたいヤツが居るかな?」


「んー行きたそうにしているヤツは結構居そうだな。鞄から覗く感じとするなら、連れていけて十人くらいか」


「今日は何もないと思ったんだが」


「ハハ。お疲れ様。これから風呂を沸かすけど、ジンも入るか?」


 ニールがソファから立ち上がって、浴室に歩きだした。振り返って、ジンへと手を向ける。


 ジンは少し考えて、ニールの手の平の上に飛び乗る。


「……そうしよう。俺だって休んでいいはずだぁ」


「ハッハッ、確かにそうだな」


「さぁ。風呂だ。風呂だ」


 ジンが部下達にいくつか……周囲警戒の指示を出し始めた。


 そこで、何か思い出したよう声を漏らす。


「あっ……あの女の事だが、記憶が弄られているようだったぞ」




 浴室にて。


 ニール、ジンは浴槽に浸かりつつ話していた。


 ニールは浴槽の中で足を組んで。


「ふーん。記憶って弄られるのかぁ」


 若干のぼせたのか、ジンは浴槽の外で横になった。


 頭を押さえつつ、頷き答える。


「おそらく、俺のオラクルと似た感じのヤツだろうな」


「……お前のオラクルで、記憶を戻せないのか?」


「さぁ。できなくもないと思う。ただ……オラクルが使えるようになってから、短い。俺が記憶を弄って女が壊れたりしないか分からない」


「あまり無理するのは良くないな。んー弄られていない記憶は読み取れたのか?」


「直近の二年分くらいは?」


「どんなことが分かった?」


「まずあの女……ナイトメアの構成員。任務時のネームはベル。名をベネディ・エルミーユというようだが。他にもリンズ、メリッサなど偽名があって、もしかしたら違うかも知れない。年齢は分からなかった。それもころころ変わる。故郷も分からん。最近はミリア公国とアリータ聖王国との間を行き来して、情報収集や暗殺、破壊工作、護衛などさまざまな任務をこなしていた」


「ふーん。スパイ活動のようなことをやっていたのか。ナイトメアについては? 本拠地とかは?」


「本拠地って……攻め込むつもりか?」


 ニールは目を細めて。


「どうやっても、邪魔だからな」


「残念ながら、本拠地は分からなかった。いや、もしかしたら、そういうのがない形態の組織なのかも知れない」


「そりゃ残念。じゃあ、ナイトメアの事はあまり分からなかったか?」


「分かったことは少ない。組織名ナイトメア……構成は十三名の上位メンバーと、その以下に続く百人ほどのメンバーとなっている」


「上位メンバーの情報は?」


「上位メンバーの情報はすくない。顔も出てこなかった。ただ、声を聞けたのは第十一星の席ヴァレイド・エーヴェットだったか? 若い女の声をしていたかな。アリータ聖王国の王都の廃墟で壁越しに任務の話していた」


「ふーん。アリータ聖王国には行く予定はないな」


「上位メンバーの情報は……そうそう。噂話で第六星と第二星の後釜に子供が付いたとか、流れていた」


「子供? 正直、元第六星のガーラント、元第二星のシュミットの実力を知っている俺としては子供が埋められる席とは到底思えないのだけど……」


「その子供がかなり強いらしい。そして、どちらか分からないが『リドール』……シルビアのような自動人形の魔導具を製作できるのだとか。それで、金稼ぎ……戦争を起こそうと言う話もあった」


 ニールは眉間に皺を寄せる。


 シルビアの実力を知っているニールとしては心中穏やかではいられなかった。


「リドール……自動人形の魔導具を製作できるだと。それはどのレベルでだ?」


「分からない。シルビアレベルが製作可能なのか。どのレベルで量産できるのかも……」


「そうか……。やはり潰した方が良さそうだな。なるべく早く」


「それは俺も感じた。ただ末端の構成員とは言え記憶を読み取っても、組織の尻尾を掴めないとか、かなり警戒心の強い。ニールが本気で、ナイトメアを潰したいと思うなら、国家レベルの組織の協力が必要だと思うぞ」


「国家レベルの協力……ミリア公国に戻るか?」


「もう船は出航するぞ」


「……まぁ、どうにかなるといいなぁ」


 ニールが現実逃避するように笑った。浴槽内で、足を延ばして、鼻歌を歌い始めるのだった。


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