第299話 女難の相。

 ジェミニの地下大迷宮から離れて一カ月半。


 朝日が昇ってすぐというほどの早朝。


「よっと。行くか」


 大きなショルダーバッグ……生きた人間も収納可能にした魔法袋であるランドの鞄を肩に背負って宿泊していた宿屋の部屋をシルビアと共に出て行った。


 宿屋の一階へと降りていく。


 ニールは階段から降りたところで、宿屋の女性が声掛けてくる。


「おはようさん」


 宿屋の女性の前にまで行くと、ニールは申し訳なさそうに口を開く。


「おはようさん。朝早からごめんね。おばちゃん」


「本当だよ。私も歳なんだからね。まぁ、小さな英雄様に頼まれたらねぇ」


 宿屋の女性は頭をワシワシと頭を撫でた。朗らかな笑みを浮かべて続ける。


「あんまり無理するんじゃないよ? それから、ちゃんと食べるんだよ? それから、それからちゃんと寝るんだよ? それから、それから、それから女には気を付けるんだよ?」


「ハハ、最後の女には気を付けろってなんだよ」


 微笑み宿屋の女性はニールを優しく抱きしめる。


「ニール……アンタには女難の相が見えるから」


「じょ、女難の相って怖い事言うね。おばちゃん、占い師だったの?」


 優しさに母親のことを思い出して、目頭熱くなるのを感じつつも表に出さないようにおどけたように感じで返した。


「冗談だけどね。アンタは可愛い顔をしているんだからちょっと優しくしたら、コロッと勘違いさせるだろう?」


「勘違い? どういうこと?」


「アンタは……。実際にここを離れるって言って女共に行かないでとか、一緒に行くとか言われたんじゃないのか?」


「あー……それは何人か。心当たりがあるかも知れない」


「そうだろう。そうだろう。姫様とまで噂になって……とにかく女共には十分に気を付けるんだよ? 勧められた飲み物には気を付けるんだよ? 薬を入れられているかもしてないからね」


「ハハ、それ具体的過ぎるね」


「……危機感が足りないね。女って言う生き物は怖いからね。本当に……本当に気をつけるんだよ?」


「皆にそう言われているね。うん、気を付けるよ」


「本当にだからね。五体満足でまた来てくれよ? サービスするから、あっ……いや、英雄様にこんなボロ宿は相応しくないかな?」


「そんなことないよ。またここにつまりに来るよ。逆に言うけど、それまで潰れないでくれよ?」


「言うね。これでも白金の英雄様が宿泊した宿屋だからね。宿泊者がいっぱい来るだろうよ」


「強かぁ」


 宿屋の女性はニールから離れると。


「そうだろう? だから……大丈夫だから、また来てくれ」


「うん。そろそろ行くよ。ありがとう」


 ニールは別れを惜しむように宿屋の女性から離れて、シルビアと共に宿屋を後にする。


 首都ライトナから、多くの見送りを断り、本来なら馬車で移動するところを騒ぎになるのを避けて、徒歩で離れたのだった。




 十日後。


 ザザーンザーン。


 聞こえてくるのは波の音。


 どこまでも続くと錯覚するほどに広い海。


 キラキラと太陽の光に反射して美しい砂浜。


 ここはミリア公国の南部にある観光の街……イブース。


「せーかいじゅうもぼーくらのなみーだでうめつくして~」


 波の音に混ざるようにニールのご機嫌な鼻歌が聞こえてきた。


 鼻歌の聞こえる方……ニールは首から上を出す形で、砂の中に埋まっている。


 ここでカルディアの声がニールの頭に聞こえてくる。


『砂に埋まるのが気持ちいいのか?』


「んー砂の中、ぽかぽかに温かくて……言うなら、岩盤浴している感じ? いや、違うか? 全身の血管がドクンドクンって動いているのが分かってさ。汗がブワーって出てくる感じ?」


『明日、行ってみるか』


「オススメだ。しかし、ラッキーだったなぁ。クレティア王国に向かう道中に商人のオッサンが勧めてくれたイブースがあったのは」


『それにしてもここはいろんな人種のヤツがいて面白いな。こういうのが観光都市(?)というヤツなのか?』


「んー他国からの商人やら、お偉いさんも来ているんじゃないかな? 観光都市であると同時に療養地でもあるのかな? 温泉は体を治療する効果があるとか聞くし」


『ふーん。そうなのか』


「そうそう。翼はどのくらいで治りそうだ?」


『翼は再生には時間とマナが掛かる。ニールの場合、特にマナだな。お前は何度かの成長を経て使用できるマナ量も増え、お前に縛りをかけている呪いも弱まっているとは言え……。お前の一日に使用で出来るマナ量の過分だけでは時間が掛かるよ。あと一、二年かかるかも知れん』


「そっか……リリアお嬢様に会えるのはいつになるか」


『マナをもう少し、一日に使うマナ量を減らしてくれたら早まるが、メイドを使うためには一定量のマナの供給が必要だしな。その呪いを解ければ、だいぶ早まるかもな』


「呪いか。そういえばあったな。変人のカトレアと違って背中にあって普段見えないし。特に不都合がないから気にしてなかったが。……だったら、呪いを解くためにいろいろ調べてみるか?」


『まぁ。目的なく、フラフラするよりはいいんじゃないか?』


「確かに。俺は目的なく旅をするのも好きだけどね。しかし、どこで……その呪いとやらを調べたらいいんだろうか?」


『さぁ?』


「……もう少し早かったら、公王様に話が出来たのになぁ。情報収集の機会を一度逃していたのか」


『お前は能天気に言うが。このお前を縛っている呪いは相当に強いモノだ。少なくともあの隷属首輪よりも強いんだからな。つまり、人間の中でも大量のマナを有していて、上位の存在でないとどうしようもない事だけはわかる』


「そんな存在、思い浮かぶのは……」


『あぁ。今のところ一人だな。白鬼と呼ばれる老人だけだろう』


「勝手にだが、白鬼殿を恩人だと思っている。だから、あまり頼りたくないなぁ。他でどうにかならないか?」


『俺としてはリベンジしたいが』


「勝てないでしょうに……てか、恩人なんだからやめてくれ」


『あの老人の根っこは俺と同じ戦闘狂だと思うぞ? そんな匂いがする』


「んーお前が言うと、そんな気がしないでもないが」


『あーあ。あと一人居たな』


「突然、何?」


『いや、さっきの呪いの話しで、それを解けるほどの大量のマナを有していて、上位の存在が居ないか話していただろ?』


「あー居たのか? もう一人? 誰?」


『知らん』


「おい」


『仕方ないだろう。チラリと見ただけなんだ。老人が連れていたヤツ。アレもマナを大量に保有していて強そうではあったな』


「あー居たな。けど、その人も白鬼殿が連れてきたなら俺の暴走を止めようとしてくれたのでは? よく分からんが」


『んー……だとすると……そうだ。魔導国ってところに行ったらどうだ? 国名に魔導と付くくらいだ、凄腕の魔法使いの一人くらいはいるんじゃないか?』


「あー……公王様が言っていた国の一つか? 名前は、セックリー魔導国だったか」


 ニールが砂から体を起こして、砂の中から出た。


 体についた砂をパンパンと落として。


「確かに行ってみる価値はありそうだ。検討してみようかな」

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