第290話 話が変わって。
話が変わって……ニールがジェミニの地下大迷宮へと飛ばされ、一年と七カ月。
ここはアイカシア王国。
その国境付近の街。
普段の服装と違って街に溶け込むようなクリーム色のローブを着こんだリリア、冒険者服を着ているシャロン。
その二人が並んで街中を歩いていた。
シャロンは周囲を見回して、声を狭めて。
「ようやくアイカシア王国の国境の街まで来れましたね」
リリアは悲し気な表情で、黙っている。
「……」
「お嬢様……今日の報告にあった。ウィンズ子爵家の件、心配ですか?」
「ええ。ロザリーの話だと、トーザラニア帝国の二回目の侵攻で投降したとか?」
「ウィンズ子爵家の軍が屈強とは言え、後方王族が逃げて国軍も後退……周囲を敵に囲まれては戦うのは難しいと判断したのでしょう。投降した兵士達はどうこうされることはないと思いますが……。ウィンズ子爵領内の街や村の領民は……ウィンズ子爵家は普通なら、一家皆殺しもしくは強制奴隷労働でしょうか」
リリアは顔を俯かせて。
「お父様……お兄様……無事であって欲しいわね。出て行った不出来な娘が言うところではないかも知れないけど」
「お嬢様……。確かに次期王宮筆頭魔導士であったリリアお嬢様が勝手に家を出て行かなければトーザラニア帝国はもっと慎重になったかも知れません。しかし慎重になっただけで、侵攻は止まりませんでしたよ。それにクリムゾン王国へと侵攻したトーザラニア帝国の部隊は精鋭だったと聞いています……」
シャロンは一度言葉を切ると。
両手を軽く上げて、笑って続ける。
「つまり、リリアお嬢様があのままクリムゾン王国に残っていたところで結果は変わらなかったです。ご自身のことを過大に考え過ぎでは? 恥ずかしいですよ?」
「……そうね。私なんて、ちょっと魔法が使えるだけ、ただの小娘だったわ」
「そうです。恋をして頭がお花畑になっている」
シャロンが口元を隠した。
リリアは不服そうにシャロンへと視線を向ける。
「む。その言い方はさすがに酷くないかしら?」
「本当のことですので」
「今更否定できないか」
「ニールが生きて出会えるか、それが一番の懸念事項ですが。それに次ぐ懸念事項があるとすれば……ニールはかなりの鈍感で。無意識に女を口説いていたりして? 実際にニールの死を知らせると、膝を崩して泣くメイドや女冒険者が……ッ!」
シャロンが言葉の途中ながら得体の知れないモノを感じ取って、体をビクンと震わせて言葉を切った。
得体の知れないモノを感じた……リリアへと視線を向ける。
リリアは瞳から光が消えて、どす黒い何かが渦巻いていく。
それに合わせて、リリアの体内にある大量のマナが溢れた。
「ねぇ。シャロン?」
シャロンは緊張して。
「は、はい」
「その話、私聞いてないんだけど? 詳しく聞かせてくれる?」
「ハハ……もちろん。詳しくお話しましょう」
「ニールを早く見付けないと、女の子を口説いて回っているかも知れないのか……ふふ。急がないといけない理由が出来たわね」
リリアとシャロンが話していると……目の前を歩いていたローブを着た女性がバタンと倒れた。
「お嬢様」
シャロンが怪しみ、リリアの腕を掴んだ。リリアは倒れたローブを着た女性があまりに小柄で、幼く見えて首を振り、駆け寄った。
「み……水ぅ」
「子供じゃない」
シャロンはやれやれと言った様子で、警戒しつつ、ローブを着た女性を人通りの少ない路地にまで運ぶ。
介抱しつつ……水を渡すと。
ローブを着た女性は勢いよく、水を飲み干していく。
「ぷはっ! 助かりました。仲間が迷子になって困っていたんです」
リリアは安堵し、胸に手を当てて。
「それは、よかった」
「えっと、何かお礼が出来たら……」
ローブを着た女性が体、鞄を探っていた。その途中で、リリアは鞄の中に入っていた金色の硬貨に目が留まる。
「その硬貨って……お金?」
指摘に、ローブを着た女性は拙いなぁと言った表情を浮かべて。
「あーそうですね」
金色の硬貨を手に取って、リリアの目の前に持っていく。リリアには見覚えなく、首を傾げる。
「? 見たことない硬貨ね」
ローブを着た女性は警戒するようにキョロキョロと視線を向けて。リリアに少し近づき、声を狭める
「これは……クリスト王国で使われている金貨です」
「へーそうなんだ。クリスト王国って……かなり北東の国だったと記憶しているけど、その国出身?」
「いえ。私は世界の遺跡などを調べて巡っている旅人をやっています」
「世界の遺跡……。その歳で旅人を? 貴女、十歳行くか行かないかでしょう?」
リリアはローブを着た女性を下から上まで見る。
ローブを着た女性はスッと伸びた鼻筋、プルンと柔らかそうな唇……整った顔立ちの美少女で。
特に目尻が若干吊り上がった猫目の、深青色の大きな瞳は吸い込まれそうなほどに美しく、愛らしい。
ハーフショートにした癖のある白銀の髪が輝くような艶があった。
ただ、着ているローブで分かり難いものの、小柄で顔立ちに幼さが残っていて。
どう見ても、十歳行くか行かないかの年齢にしか見えなかった。
「ハハ……今は迷子ですが。一応仲間が居ますので」
「そう。ならいいのだけど」
「私の心配をしてくれるんですね。お姉さんは良い人です」
「いや、そんなことはないと思うけど」
「私が勝手に思うことなんで。ところで……お礼をしたいのですが、今のところ渡せるものがいろんな国の硬貨しかないのだけど」
「お礼とかはいらないから、一つ聞かせて欲しい。さっき世界の遺跡を巡っていると言っていたけど、ミリア公国には行ったことはありますか?」
ローブを着た女性は首を横に振って。
「いえ。行ったことありません。ただ奇遇ですね。私が今向かおうとしている方向にある国です。ミリア公国は」
「へぇー貴女も?」
「同行しますか? まぁ、迷子になった私の仲間を見つけてからですが」
ローブを着た女性の提案にリリアは口元に手を当てて、考える仕草を見せる。
少しの間の後で、口を開く。
「ありがたい提案なのだけど、すぐに判断できないわ。私の仲間とも相談してからでも?」
「もちろん。じゃあ、今回のお礼はまたの機会で良いですか? そうそう、自己紹介がまだでしたね。私はエマ」
「私はリリア。よろしくお願いね」
リリアとエマは軽く笑みを浮かべて、握手した。
この後、リリアはエマと同行する形で、ジェミニ地下大迷宮に隣接する国……ミリア公国へと向かうことになる。
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