第291話 話を戻して。

 ジェミニの地下大迷宮を離れて二十日。


 ミリア公国の首都ライトナ。


 ライトナは中央部に公国の王である公王の屋敷。


 それを囲むように第一城壁。


 更にその第一城壁を囲むように煌びやかな屋敷が並ぶ場所、人々が行き交う商業場所、一般人が住むような民家が並ぶ場所があって。


 それらを囲むように第二城壁がある


 第二城壁の周りには農地とそれを守る兵士の駐屯所……それからスラムとなっていた。


 ニールとシルビアが乗っていた馬車が、入場許可を得て第二城壁を通り抜けて進んでいく。


 ニールは馬車の小窓から顔を出して。


「城壁が高いなぁ。作るの大変だったろうに」


 ニールが感心して第二城壁を見上げていると、シルビアとは反対側に座っていた行商人風の男性が笑う。


「そりゃ、坊主。ライトナと言えば築城されてから百年間、他国からの侵攻を受けても生き残った鉄壁の城塞都市だからな。ここが無けりゃ、ミリア公国はとっくに無くなっていただろう……って習わないか?」


「あー俺、田舎の街出身で……」


「そういうもんか?」


「そ、それより、鉄壁か。確かに梯子は届きそうもない。ただ魔法で吹き飛ばせないかな?」


「物騒なことを言いやがるな。しかし、その疑問は最もだな……これは噂なんだがここの城壁には古代遺跡で発掘されたマナを通さないレンガが使用されているんだと」


「へぇーそんなのがあるのか。オジサン、詳しいね」


「商人は情報が命だからな」


「そっか。オジサンは商人なんだ。何を売っているの?」


「普通に立ち寄った街や村で購入した品物を売ってる」


 商人はそういうと、馬車の荷台の隅に置いてあった大きな荷物へと視線を向けた。


「てことは、いろんな街や村に行っているの?」


「あぁ、外国にも行ったりしている」


「ほんと……」


 ニールは一瞬視線を下げた。


 内心『ここで正式に外国へ行く方法を聞いたら不信に思われるかな? 相手は俺のことをどのように見ている? メイド……シルビアを連れているから、貴族や商人……いや街で少し裕福な家の子とでも思ってくれているだろうか? そう、俺の身長は多少伸びてくれたが、まだまだ子供と思われる領域を出れていない……好奇心旺盛な子供を装えば何とかなるかな? ワンちゃん、試してみるか』と考えつつ続ける。


「外国っ! 行けるの? どうやって? 外国ってどんなところ?」


「なんだ。坊主、外国に興味があるのか?」


「そりゃあるよ。いろんな場所、人達にあってみたい」


「そうか。良いな、お前。ただ外国に行きたいなら、公王様から特別な許可がいる」


「そうなんだ。じゃあさ。この国で行ってみて良かった場所ってどこ? 田舎から出てきてよく分からないんだよね」


 商人は「んーん」と唸って、腕を組んだ。少しの間の後で、口を開く。


「そうだな。まずはモンカルロだな。ギャンブルの街……ってここは子供のお前には早かったな」


「面白そう……」


「先に言っておくがギャンブル場には十五歳以上は入ることはできないかな」


「むう」


「そんな顔してもダメだ」


「そっかー」


「坊主なんて、屈強そうな警備につまみ出されるのがオチだぞ」


「それは残念。じゃあ、他にはないの?」


「あとは……やはりイブースだろうな。海を眺めながら入ることのできる砂風呂が有名でな。疲れが抜けていくんだ。まぁ、子供のお前には分からんかも知れんが」


「へぇー。行ってみようかな。砂風呂には入ったことない」


「そうか。行くなら、うまい魚の店があるんだ。行ってみるといい……っと俺が下りるところだ。じゃあな坊主」


 そう言い残すと、商人が馬車から降りて行った。


 ニールは商人を見送ったところで、腕を組む。


「ここの後は砂風呂にも入ってみたいし、イブースに行ってみるか」


 これまで黙っていたシルビアはコクンと頷いて。


「よろしいのではないでしょうか。ご主人様の翼の治りもよくなるかも知れませんし」


「たぶん反対はないだろうが、あとでジン達にも聞いてみよう。次は俺達が降りるところか」


 ニールとシルビアは馬車が止まったタイミングで、馬車から降りるのだった。


 ここで不意にカルディアの声が頭の中に聞こえてくる。


『ニール、子供のフリが上手いな。昔、悪い事していたか?』


「……さーて、今日の宿はどこにするかなぁ」


 ニールはカルディアの言葉をスルーして、宿屋が並ぶ通りへと歩いて行った。


 いくつか宿屋を巡った後で、安く元気のいいおばさんが食事を出してくれるという宿屋に入った。




 次の日、ジェミニの地下大迷宮を離れて二十一日。


 ミリア公国の首都ライトナの宿屋にて。


 シルビアに顔を拭かれ、寝ぐせを直されて、服を着替えさせられたニールは部屋から出て、階段を降りていく。


 ちなみに宿屋は二階建てで、二階が客室、一階が食堂となっている。


 食堂に顔を出すと。


 食堂の入り口近くあるカウンターから顔を出した中年女性がだみ声で声を掛けてくる。


「おはようさん。ニール」


 ニールは欠伸しつつ、ペコリと頭を下げて。


「ふぁあ、おはようさん。おばちゃん」


「よく寝れたかい?」


「おかげさまで」


「そうかい。それは良かった。じゃあ、食事を出してあげるからね」


 中年女性が一回引っ込むと。


 暖かい野菜や肉がゴロゴロ入ったスープ、パンをお盆に乗せて出してくれた。


「ほら。サービスしといたから、いっぱい食べな」


「ありがとう」


 中年女性は朗らかに笑い、ニールの頭をちょっと乱暴に撫でる。


「でっかい男になるんだよ」


「本当に……もう少し身長が伸びると良いんだけど」


 お盆を受け取ったニールは笑った。


 食堂内で空いていたテーブルについて、食事を始める。スープは普通に美味しく、ちょっと固いパンを付けて食べていた。


 食堂内にいた食事している他の宿泊客の声が聞こえてくる。




「ここのスープは美味いな」


「そうだな。ところで今日はどうする?」


「まだ武器はできていないから、観光かな」


「……俺はもう飽きたから、冒険者ギルドでクエ受けようかな?」


「マジ? ライトナでは国軍が率先して魔物討伐するから金にならないんだろ?」


「そうだが。暇すぎる。俺、武器の買い替えはないし」


「分かった。寝ている他のヤツには言っておく」




 冒険者かな?


 冒険者ギルドには行こうと思っていたが、あまりクエストないのか。


 まぁ、素材を売るだけならいいか?


 明日はカルディアに主導権を貸す予定だから、今日中に済ませよう。




「おい。聞いたか? アリータ聖王国の連中が国境付近に軍を置き始めているとか」


「今年もか。あの国……戦争大好きだからなぁ。宗教国の癖に」


「そうだな。けど、いつものことだろう?」


「いや。今年は、去年までと違って動員している人数が増えている……。だから、俺等にも動員がかかるんじゃないかって」


「マジかよ。面倒だなぁ……。金は要らないから、後方支援でぬくぬくできないかな?」


「俺等の年齢では無理だろー」




 戦争か。


 大変だな。


 そういえば、クリムゾン王国もどっかの国と戦争するとかしないとか聞いていたが、どうなったかな?


 ここはクリムゾン王国から離れているようで、噂とかないんだよなぁ。


 途中の村や街では、ミリア公国の首都ライトナになら地図があると聞いていた。やはり、調べものをするなら図書館かな?


 いや、冒険者ギルドでも見ることが可能か?


 ん? 待てよ? 戦争に参加したら、地図も入手しやすくて、国外に行けるか?


 ちょっと面倒だが、アリか?


 図書館でも冒険者ギルドでもうまく手に入らなかったら……候補に入れるのは良いな。


 じゃあ、戦争のことも調べないとな……。


 ニールは満足げに息を吐く。


「ふうーごっそうさん。食べた。食べた」


 食事を終え、出かける準備をすると。


 シルビアと連れ立って冒険者ギルド、図書館、屋台に情報収集がてら巡って一日を過ごすのだった。


 翌日、カルディアに体の主導権を渡すことになる……。


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