第288話 ヨカッタデスネェ。


「あ、あの……もしかして、ニール様ですか?」


 ニールは警戒しながら振り返ると、そこには十五歳前後と思われる女性二人が居るだけ。敵意など皆無。


 様付けされ、敬意ある感じで、声を掛けられて……。


 内心、『知り合いじゃないよなぁ』と戸惑う。


「え? えっと……そうだけど。どうしたのかな?」


 女性二人の内、ショートカットの女性は胸に手を当てて。


「すみません。覚えていませんよね。たくさんいましたものね。私は人さらいにあって、昨日……盗賊達に売られそうになったところ、ニール様が売人であった者達を倒し……解放してくださったのです」


 ニコリと笑みを浮かべてニールを見た。


 ニールは一瞬視線を下げて思考する。


 昨日。


 もちろん、俺に一切の覚えがない。


 うーん。カルディアのヤツは昨日何をやったんだ?


 夜、話を聞いた時はチンピラが喧嘩を売ってきたから、死なない程度にブッ飛ばしたとしか聞いてなかったんだがな。


 今すぐにでも黙っている……おそらく休んでいるカルディアにいろいろ聞きたいところであるが。


 そんな暇がない。


 ここで覚えていないと、人違い……言うのも。


 いや、俺は答えてしまっている。


 そもそも名前を知られている……明日、明後日には街を後にするんだ。下手に誤魔化すとややこしいことになるか。


 思考を終えたところで、ニールが顔に笑顔を貼り付けて。


「お姉さん達も……あの中にいたんだ。覚えてなくてごめんね」


 ニールは女性二人に近付いた。肩をポンと叩いて。


「助けたのは偶然だ。けど助かってよかったね」


 女性二人はニールの手を取り、ボロボロと涙を流して。


「は、はい」


「ありがとうございました」


 涙を流す女性二人を見て、ニールは『奴隷にされる直前で……不安でいっぱいだったのだろう』と思いつつ、自身の過去と重ねていて他人事には思えなかった。


 しばらくそのままでいると、女性二人は泣き止んで。今度は頬を赤らめ、潤んだ瞳でニールを見据える。今度は女性二人の内、鼻辺りにそばかすのある女性が若干、言い難そうにしながらも。


「あ、あのニール様はこれから用事があったりしますか? え、えっとですね。ニール様に助けていただいた話を両親にしたら……ですね。えっと……」


 そばかすのある女性の話の途中であったが、その声をかき消すように……今度は高い声が聞こえてくる。


「やっと見つけましたぞ」


 ニールは内心で『今度はなんだ?』と思いつつも……新に現れた高い声の中年男性とその後ろを隠れるように歩いていたロングの髪の女性へと視線を向ける。


「ん? なんでしょうか?」


「……やはり英雄殿ですな。こんな早く見つかるとは運がよかった」


「? えっと、英雄? それはさすがに人違いでは?」


「世に珍しいその白金の髪……それに私は恩人の顔を見間違えるほど耄碌しておりませんぞ」


「そ、そうですか。それで貴方は?」


「あぁ。失礼しました。英雄殿は盗賊を討伐した後、礼をする前に立ち去ってしまいましたからな。自己紹介がまだでした。私、盗賊から襲われていたところ、英雄殿に救われたブレナ村の村長リムジンです」


 ニールは若干顔を引きつらせている。


「……ハハ、ソレハヨカッタデスネェ」


「ええ。それで村人達も礼を言いたいと。おもてなし、宴の準備もしてあります。ぜひとも、我が村に……来てはいただけないだろうか? それから、私には一人娘がおりましてな。親の私から見ても美しく育って」


 中年男性……リムジンは自身の背中に隠れていた少女をニールの前に。


 少女は顔を赤くして、ニールに視線を向ける。


「わ、私、よろしくお願いしますぅ」


「ま、待ってください」


 最初にニールへと話し掛けていた女性二人の内、ショートカットの女性が話に割り込んできた。


 リムジン達は、どちらがニールを招くか、討論を始めた。


 ニールがその場を離れようとゆっくり後ずさっていると、後ろから肩をガシッと掴まれる。


「話は聞かせてもらいましたぞ。貴方が英雄様ですね」


 ニールは戸惑いの表情を浮かべて振り返る。


「へ?」


 振り返るとボロボロになった服を着こんだ、疲労の色のある中年男性と……十代の女性が十人ほど。


「俺はイプ村を治めていた村長です。此度は盗賊によって連れ去られていた女達を救っていただき……感謝いたします」


「若き英雄様ぁ」


「感謝します」


「白金(しろがね)の英雄様だ」


 その後もニールに……いや、カルディアに救われたという者達が集まって。更に街の人間も集まりだした。


 ただ、残念なことに……人が多く集まってきたところで、ニールは人酔い……気持ち悪くなって、シルビアに抱えられて逃げることになったのだった。



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