第286話 ふかふかのベッド。



「今日は魔物の森が騒がしくなかったか? なんていうか魔物の動きもおかしい」


「あ、そっちでもか?」


「そっちでも? なんかあったんだろうか?」


「……もしかして、どっかの魔物の領域に化け物クラスの魔物が現れたか?」


「そんなことがあったのか?」


「昔、俺が新人だった時に……街から南に行った沼地にダル・リザードマンの群れがいるのは分かるか?」


「分かるだろう。さっき狩りに行っていた」


「そうか。そこでな……突然変異か、進化したのか何か知らんけどガァープ・リザードマンが現れてしまった」


「ガァープ・リザードマンってS級の魔物の化け物か?」


「そのガァープ・リザードマンだ」


「マジかよ。大丈夫だったのか?」


「大丈夫じゃなかったな。冒険者は五十人くらい死んだか。一般人も、国から派遣された兵士も俺には分からないほどに死んだな」


「マ? それで、どうなったんだ?」


「……いつの間にか討伐されて、首が冒険者ギルドの前に置かれていた」


「マ? 誰がそんな怖いことを?」


「さーギルドマスターだけは何か知っているようだったが。まぁ、そう言うことがあったから……お前が受けたダル・リザードマンの群れを討伐しろというクエストがいい額で出される」


「……」


「まぁ。俺はそう言うことを知っているから、ダル・リザードマンの群れを討伐しろというクエストを受けることはないな」


「おーい! そう言うことはもっと前に教えてくれよ」


「教えたら、クエストを受けるヤツ居なくなっちゃうだろ。苦しい、やめろ」




 ん? なんか冒険者同士の喧嘩が始まった?


 ここの冒険者ギルドは治安が悪いのかな?


 それは良いとして、こんな街の近くにもS級の魔物が現れることがあるんだな。


 確かにあのクラスの魔物が現れたら、兵士の方は分からんが……ここの冒険者では……ましてや一般人がいくら束になっては手も足も出ないだろう。


 まぁ、俺もオラクル……カルディアの協力が無ければ軽く死んでいたもんなぁ。


 それにしても、ガァープ・リザードマンってどんな魔物なんだろうか?




 ニールが考え事をしていると、目の前に並んでいた冒険者が居なくなって……受付カウンターから呼び声が掛かる。


「次の人」


 野太い声が聞こえてきて視線を向けると、筋肉猛々しいスキンヘッドの男性が受付カウンターに座っていた。


 スキンヘッドの男性の鋭い目付きにニールは一瞬の間で『ここにいる冒険者よりもこのオッサンの方が強いな』と心の中で考えると進み出る。


「よろしくお願いします」


 受付カウンターに座っていたスキンヘッドの男性はシルビア、そしてニールを見ると、眉間に皺を寄せて。


「どうした? ここは子供が来る場所ではないが?」


 ひ弱な少年を演じているのか……ニールは若干、圧に押されるように頷く。


「冒険者に成りたくて」


 スキンヘッドの男性が首を横に振り、固い口調で。


「危険だ。子供には早い……冒険者は命を懸けて危険な魔物と戦う仕事だ。お遊びじゃない」


 ニールは視線を下げて、一瞬考えを巡られて。


「……分かりました。冒険者になるのは諦めます。ただ、一つ聞いて言いですか?」


「なんだ?」


「えっと……」


 ゴブリンの着ていた服を活用して作った袋を、受付カウンターの上にゴトッと乗せた。袋からはゴブリンの角などの魔物素材、七ミリ前後の小さな魔石が覗く。


 ニールは袋を指さして。


「冒険者にならないとして……これってどうやって売ったらいいですか?」


「お前……未成年だろ? 魔物の領域に入ったのか?」


「えっと、俺の村田舎で」


「戦ったのか? 魔石のサイズからしてD級、C級の魔物だろう?」


「いや、罠で」


「そうか。罠はちゃんと片付けただろうな」


「はい」


「そうか……そっちの姉ちゃんも一緒に冒険者になるのか?」


 シルビアは胸元に手を当てて。


「いえ。お姉ちゃんである私は弟が冒険者に成りたいと言うで付き添いで来ました」


 ニールは心の中で『おーい! もうちょっと控えろよ!!』と叫びながら、カウンターからは見えない位置でシルビアの服を引っ張る。


「うーん」


 スキンヘッドの男性が悩み……腕を組んで、目を瞑って下を向いた。少しの間の後で、ため息を吐く。


 受付カウンター内のデスクから一枚の紙を取り出して、ニールの前に出す。


 ニールは首を傾げて。


「これはなんですか?」


「こちらが冒険者登録書だ。文字は読めるのか?」


「はい。少しならお姉ちゃんに習いました」


「そうか。では、この用紙に詳しく書いてあるから後でしっかり読んでくれ。分からないことがあったら、必ず聞きに来い」


 ニールが冒険者登録書に視線を向けて、目を細めた。


 自己責任の意識が強いのか。


 魔物の領域に入ることのできる最低人数の規定がない。


 確か、クリムゾン王国だと、相当な実力者以外は三人以上のパーティーメンバーが居ないと魔物の領域に入っては駄目だったはず。


 その他、ランク制度や依頼内容の種類等は特に変わらない……な。


 冒険者ギルドの契約内容が違うと言うことは、やはりここはクリムゾン王国ではないのか?


 どこかで、地図が見れたらいいのだけど……。図書館はないだろうか?


 ニールは若干他事を考えながら、スキンヘッドの男性の話に耳を傾けた。そして、冒険者登録書に名前を書いて、仮のギルドカードというと銀色のプレートを受け取る。


「仮のギルドカードを買い取りカウンターへ持っていけば。その袋に入ったヤツは買い取ってもらえる。ちゃんと作ったヤツは二日後にできると思うから取りに来い」


「分かりました」


「くれぐれも、気を付けろよ。ニール」


「はい。ありがとうございます」


 ニールがスキンヘッドの男性にペコリと頭を下げて、その場を離れた。買い取りカウンターで持ってきた魔物の素材や魔石を持って行った。




 買い取りカウンターでの魔物の素材、魔石を査定に出すと。


 時間が掛かるということで、クエストの紙が貼られた掲示板へ。


 ニールはクエストに目を通しながら、頷く。


「ふむ、ここのクエストは雑用系が意外と高めに設定されているな。溝掃除なんてほぼ倍。なんでだ? ……そうか。これだけ魔物の領域が近くにあったら、雑用受けずにさっさとパーティーメンバーを集めて魔物を狩りに行くか」


「この溝掃除のクエストをお受けになられるのですか?」


「いや、ただ見ていただけ」


「そうですか。私、メイドとしてご主人様にこのような仕事をさせる訳にはいきませんので」


 ニールは視線を左右に動かし、声を狭めて。


「何それ。それと……ここではご主人様と呼ばないように」


「すみません。今の私は姉……お姉ちゃんですからね。分かりました。呼び捨ていいですね。対応します」


「よろしく頼むぞ?」


 ニールとシルビアが小さく話して過ごしていると、買い取りカウンターのギルド職員に呼ばれて、買い取り金を受け取ると……ギルドを後にした。


 ニールはギルドから紹介された宿に向かう。


 途中、柄の悪い冒険者達に絡まれる場面が合ったものの普通にデコピンで倒して、何もなかったように宿に向かった。



 宿屋。


 ニールとシルビアは、ベッドが二つあるツインの部屋に入った。


 ニールは倒れ込むようにベッドに横になる。


「あぁ、久しぶりのベッド……素晴らしい。素晴らしすぎる」


「ずっと、地下大迷宮を彷徨っていたんですもんね」


「あーっと俺だけが解放されるのはダメだな」


 ニールはふかふかのベッドで眠りにつきたい欲求に抗って、体を起こした。


 扉や窓、壁に耳を当てて周辺を探った後、ベッドに戻る。


 サイドバッグ……ペネムの鞄を外して、上部をポンポンと軽く叩く。


「ふはーやっぱり外は最高やで」


 シルバーが一番に飛び出して、それに続くように小人達が出てくる。


 ニールはベッドの上で胡坐をかいて。


「宿屋の中で外ではないが……まぁ悪いね。長い時間閉じ込めて」


 シルバーは首を横に振って。


「聞いてる。聞いてる。尾行者がおるんやろ? しゃーない」


「あぁ」


「ニールが引きはがせない尾行者って厄介やな」


「チューズには一歩劣るかも知れないものの修練度の高い気配操作術とお前クラスの機動力がある。しかも、これを……おそらく複数人でおこなっている。そんな奴らを運用できるのは国家クラスだろうよ」


「や、厄介やな。ニール、どんな悪い事をしたん?」


「村が一つ無くなっちゃってるとか?」


「おーい。やべーことを言ってるやん。そら、追いかけまわされるわ」


「意識があいまいで、よく覚えてないんだけど」


「覚えていない? なんでや?」


「んー俺のオラクルってすごい力を内包しているようで……その時は情緒が不安定になって暴走してしまったんだと思っている」


「オラクルが暴走? そんなんあるんか?」


「俺も専門家って訳でもないから分からんが。オラクルってのは人間の枠を超える力で、本来人間の身には余るんだと思う」


「身に余るか……気にしたことあらへんかったが、確かにそうかもな」


「ふ、お前のオラクルは心配なさそうだが」


 ニールはシルバーのオラクルを思い浮かべて、小さく笑った。


 ハイン・ホワイトワイバーンと戦闘後、シルバーを始めとした一部の小人達にオラクルが発現し始めていた。


 シルバーは不服そうにして。


「むう。俺は俺のオラクルを気に入ってるんやからな」


「悪い。悪い。けどシルバーのオラクルはほんとうに変わっている」


「何を言ってるんや。ニールのオラクルが一番変やぞ」


「それは……否定できないか。っといろいろ話が逸れたな。そういった経緯があって、もしかしたら国に追われているのかも知れない」


 ニールの言葉に反応を返したのは、ペネムの鞄から出てきたジンだった。


 ジンはニールの前にまでやってきて。


「尾行者……つまり諜報部隊か。では、こちらも諜報部隊を出して、相手を探らせるのはどうだ?」


 ニールは唇に親指をあてて。


「なるほどな。ただ翼の回復を待つってよりもいいか」


「準備をさせる。では食事準備に取り掛かろう。鞄の中で火を使うことを禁止したから……やはり食事は暖かいものを食べたい」


「あーなら、街にあった屋台で売っていた食べ物を大量に買ってあるから。それを食べよう」


 ニールはシルビアの持つ大きな木の葉っぱに包まれたモノを指さす。


 食べ物に小人達……特にシルバーが反応して。


「マジか。ニール気が利くやん」


「俺も食べたことがないから、美味しいか。分からんが匂いは美味しそうだった」


「そっか。そや、酒も買ってくれへんか? そろそろ切れそうなんや」


「分かった」


 シルバーと小人達のほとんどが、人間の食事に興味津々のようで、シルビアのところへ向かっていった。


 ニールは思い出したように、小人達に命令を出していたジンへと視線を向ける。


「そうそう。他にも相談したんだ。今後の予定について」


「そうだな」


「今、ついて来ている尾行者。そして、だいぶ引き離しているのですぐには来ないと思うジェミニの地下大迷宮周りを囲っていた壁に詰めていた軍。それらがあるから、あまりこの街に長居するのは面倒だよな? どう思う?」


「早いに越したことないか。では、この街の滞在は二、三日か?」


「そうしようかな。金はある程度手に入れたから、欲しいモノをまとめておいてくれ」


「……分かった。しかし、二、三日だとすると、次の街で諜報部隊を放った方がいいか、ここはチューズと相談しよう。欲しいモノをまとめ……これは大変そうだ。一杯要望来るだろうなぁ」


「あー先に言っておくが、そこまで大量に買い込めないからな?」


「調整するよ。まずは夕食にしようか」

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