第284話 尾行者。
ここはジェミニの地下大迷宮より南に三時間ほど走った辺り。
勢いよく走っていたニールとシルビアはザザーッと砂煙を上げて止まった。
ニールは龍化していた足を元に戻して。
「ふう……もう追ってきてないよな」
ニールが後ろを振り返っていた。
ジェミニの地下大迷宮に設置された高い壁には軍が詰めていて警備に当たっていた。その軍の何部隊かが、逃げ出したニール達を追ってきたのだ。
シルビアも後ろを振り返って。
「だいぶ飛ばしてきましたからね。さすがに追い付けないでしょう」
「そうか。そろそろ休憩しようか。マナが切れてしまいそうだ……っ!」
安堵していたニールが……突然に眉を顰めた。ニールの様子に、異変を感じたシルビアは首を傾げて。
「どうされましたか?」
「気の所為かな? ゆっくり歩こうか」
ニールはどこに続くのかまだ分かっていない街道を歩きだした。一瞬遅れて、シルビアも歩きだす。
「何か居ましたか?」
「遠くからこちらを窺う者の気配がしたような……?」
「ご主人様をもってしても不明確なんですね」
「いや……俺達の歩測に合わせて近づいてきている間違いない。どうやら、俺達は凄腕の尾行者に尾けられている」
「私では分かりませんね。どの辺りですか? 排除します」
「遠すぎる。たぶん追い付けないぞ……視線は直接向けるな? 右斜め後ろにある小高い丘だ」
「それは遠いですね。私のズーム機能を持ってしても……本当にあれほど遠くにいる人物まで索敵出来ているんですか?」
「あぁ。ここまで遮断物があまりないところで試すのは久しぶりだが、ずいぶん気配読みが出来る範囲が広がったなぁ。抑制しないと、人間として生活は難しいな。気を付けないよう……」
「それで、どうしますか? 排除は難しいとすると……また走って引き離しますか?」
「さっきまで走っていたんだぞ? その間にこちらを見失うことなく追ってきた。つまり、引き離すのも難しい」
「むう。確かに」
「敵意はないようだが……。どうしようかな? ジンに相談したいが。尾行者がいる状態で、小人達を表に出したくない。んーん」
ニールが難しい表情で、空を見上げた。少しの間の後で、前に指さす。
「少し前……纏まった人の気配がある。おそらく街や村に出ると思うから、そこで尾行者を撒きつつ、宿をとって監視が見ることのできない状況になれたら……っとその前にお前のそれ?」
「? それとは何でしょうか?」
「メイド服だ。拘りがあるのは聞いているが、目立つからローブを着て欲しい」
「メイドに取ってメイド服自体が高性能なバトルスーツで、ローブを着て隠すと、いざという時戦闘体勢になるのが一瞬遅れるのですが……」
「それでも頼む。後ろから追いかけてくる軍の部隊の方に足取りを知られたくない」
「はい……。かしこまりました」
シルビアは渋々と言った表情で、頷き。背負っていた鞄から、魔物の茶色の皮で作られたローブを取り出すと着込むのだった。
ニールとシルビアは一時間歩いたところにあった街に入って……。尾行者の追跡を躱しつつ、宿に……入ろうとしたが。
街から離れたところにある魔物の森
「いやークリムゾン王国のお金が使えなかったな」
ニールが軽い感じで笑ってみせた。
ただ状況はニールの周囲には何十とゴブリンとレッドスライムが囲んでいて……普通の人間では笑っていられる状況でもないのだが。
今のニールに取ってはゴブリンとレッドスライム……D、C級の魔物など返り血の一滴も受けることなく、鈍で切り裂き倒していけた。
実際五分もしない内に近くに居た魔物を倒している。
離れたところでニールの戦う様を見ていたシルビアが近づいてくる。
「お見事です。ご主人様」
「このくらいなら。さっさと魔物素材を回収してしまおうか」
ニールとシルビアとが、周辺で倒れる魔物素材を回収していく。素材を回収し終えたシルビアが顔を上げる。
「しかし、山ほどある魔石を交換できないのは不便ですね」
「俺達の見た目がどう頑張っても見ても……俺は成人前の子供で、お前は若い女性だ。そんな俺らが……高品質で大きな魔石を持ち込んだら、どう考えても盗んだと思われちゃうんだよね。俺としては厄介に巻き込まれたくもないし……」
「実力は別にしても、客観的に見たらそうですか」
「いやー魔石を売る前に気付いてよかったよ」
ニールは軽い感じで話しつつも、視線を左右に動かした。
シルビアは少し声を狭めて。
「まだ尾行者はつけてきていますか?」
「んーん、分からない。居ないもしくは完全に気配を消している」
「そうですか」
「おそらく相手は俺が気配を読めることを知っているのかも知れない。だから、遠くから監視するように尾行していた。まぁ、その所為……まさか俺が遠くまで気配が読めるとは思わず、若干気が緩んでしまったのかも知れないが」
「……相手、尾行者は私達が気付いていることに、気付いているのでしょうか?」
「どうだろうか? もしかしたら、若干不審に思っているかも知れないが……。相手の目的が分からないな。尾行者は俺を想定して尾行している。たまたま壁の警備のために居合わせたとかじゃない。では、クリムゾン王国から向けられたものか? あーそういえば、龍の姿になって暴走したことが二回あったけ? 指名手配されるには十分な理由があるなぁ。そういえば……。んーん。だとすると、クリムゾン王国には帰れない? リリアお嬢様に迷惑がかかるか? 帰るにしても身分を隠して、尾行者を撒く必要があるか。いや、翼が治ってくれたら、尾行者を撒くのは簡単なんだろうが……では、襲ってくること、小人達のことだけを気を付けていればよ? 翼が治るまではクリムゾン王国に近付けないか。それまでに地理的な部分の情報収集に終始しておいた方がいいか……」
ニールはブツブツと呟いていた。ただ魔物素材を回収し終えたところで、立ち上がる。
「よし。とりあえず……これだけあれば、当面の生活には困らないだろ。いや、多すぎたかな?」
「いくつか持っておいて、チップ代わりに渡しても喜ばれるのではないでしょうか?」
「あー確かにそうしよう」
「さて、俺達は超田舎から出てきたってことでサクッと冒険者になるか」
ニールがグッと体を伸ばした。
ニールとシルビアとは並んで、魔物の領域を後にしたのだった。
ちなみに、ニールの知らぬことだが。
この魔物の領域は狭く弱い魔物が集まっているエリアであった。だから、ニールが主であった魔物をサクッと倒していたのに気付かないほど……。
それでも、冒険者ギルドで問題になったりするのだが。別の話。
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