第271話 話が変わって。
話が変わって……ニールがジェミニの地下大迷宮へと飛ばされ、一年と半年。
外の季節は夏になっていた。
ここはクリムゾン王国の王都マタール。
いや……正確にはクリムゾン王国の王都マタールがあった場所と言った方がいいかも知れない。
クリムゾン王国はトーザラニア帝国に計二回もの侵攻を受けていた。
一回目はベストース中将が率いた十万規模の軍で、クリムゾン王国との国境を預かるダニーベル辺境伯領を五日で抜いた。
進軍するトーザラニア帝国軍に対して、ウィンズ子爵軍が粘着的に足止めに回った。その労力が報われてか、侵攻を王都一歩手前までに押し留めることが出来た。
ベストース中将が率いたトーザラニア帝国軍は、秋になる前に一旦軍を戻してダニーベル辺境伯領に軍を滞在させる。
二回目は冬が開けて春、増援を含めて二十五万にまで膨れあがったベストース中将が率いるトーザラニア帝国軍は侵攻を始めて……ウィンズ子爵軍は別動隊で足止めされ、本軍は徐々に支配領域を拡大させていきクリムゾン王国の王都マタールにまで達していた。
王都の綺麗な街並みは見る影もなくほぼ廃墟となっていた。
更に言うと、王家も後方に逃れてしまったので……王都というのも少しおかしいのかも知れないが。
瓦礫の中で、殿(しんがり)に残されていたクリムゾン王国軍がトーザラニア帝国軍と戦っていた。
ちなみに、殿とは……本軍を撤退する時間を稼ぐための部隊のこと。口を悪く言うと、捨て駒、生贄。
殿の部隊は、勇者であるカトレア・ファン・シラビルとラルトス・ファン・アーデルスの二名、そして彼等それぞれに預けられていた兵士達であった。
急増されてできた両名の隊はかなり士気が低く。
特にラルトスの隊はトーザラニア帝国側の勇者であるアルセーヌ・ファン・ルーパスの隊に突撃されて瓦解。
二人は知り合いだったようだが、ラルトスとアルセーヌとの一騎打ちが行われて……終わった。
一騎打ちの末に……アルセーヌの剣がうっすらと光、ラルトスの持っていた剣ごと、ラルトスの体を深く切り裂いた。
ラストスは血を吐き、アルセーヌを虚ろな目で見る。
「が……なんで、俺達同じ」
「前世ではよく遊んでいたよなぁ」
「ぁ……あ」
「けど、悪い。俺の為に死んでくれ」
「なん……で」
「俺のオラクルは特別でな。強い相手と倒すことで強くなるんだわ」
アルセーヌは高ぶるような高揚感を感じていた。
実際、倒れたラストスから何やら光がアルセーヌへと流れ込んでいき。
アルセーヌの体内のマナ量、肉体の筋肉量が増加している。
血の付いた剣を振るって。
「だから、お前は俺の為に生贄となってくれ」
「ぁ……」
ここで、ラルトスの意識は切れたのだった。
「冬弥(とうや)じゃあな」
アルセーヌはラルトスに対して別れを口にすると、視線を周りへと向ける。
周りでは自身の部隊が、周りのクリムゾン王国軍の兵士達の防具など略奪に興じていた。
そこで、思い出したようにラルトスへと視線を向け、しゃがみ込む。
「あ、しまったな。略奪する予定だった剣や防具まで切ってしまった。こういうのは、良く働いた部下にやると、良かったんだったか? お、こっちの短剣はどうだろうか?」
アルセーヌが略奪をおこなっていると、地面が若干揺れた。
少し離れた戦場へと視線を向ける。
巨大な火の玉が発生して、トーザラニア帝国の部隊を吹き飛ばしていた。
アルセーヌは笑みを深めて。
「あっちは派手なようだ」
視点を変えて。
この戦場では、カトレアが率いるクリムゾン王国軍の部隊百がトーザラニア帝国軍の部隊五百と戦っていた。
数の優位があるトーザラニア帝国軍の部隊はじわじわと包囲、迫ってきた。
カトレアは火の玉数発をけん制するように撃ち込む。
「くっ。魔力が」
体をよろめかせて、顔を顰める。
カトレアのマナ量は若干十一歳ながら、クリムゾン王国でも五指に入っていた。それでも、トーザラニア帝国軍との数日にわたる連戦、そしてこの矢面に立つ殿が彼女のマナを消費させ……精神が削られて、限界が近くなっていた。
近くに居た女性の兵士……以前、ニールがディオガアントと戦った際に助けたベレッタ少佐が声を掛ける。
「撤退しましょう」
「あと少し……」
「カトレア様はもう限界でしょう。そしてカトレア様の奮戦で士気の上がった部下達も限界が近い」
カトレアは右肩の辺りを触れ、目を瞑る。
「私は大丈夫。けど、そうね。撤退しましょう」
撤退の指示しを受けたベレッタ少佐が部下達に指示を出そうと踵を返そうとした時だった。
ベレッタ少佐は目を見開き、空を見上げる。
「何か……何か来ます」
カトレアもベレッタ少佐の視線を向ける。
「? 何かあった?」
視線の先には……飛び向かってきているアルセーヌの姿があった。
カトレアは即座にアルセーヌへと右手を向ける。
「【ファイヤーバレット】」
カトレアの指先からは六発の炎の球が連続且つ高速で打ち出され……。アルセーヌへと向かって行く。
アルセーヌは笑みを深めて。
「やぁー」
剣を素早く振るって、六連続で放たれた炎の球を次々に切り裂いていった。
カトレアは目を見開き、パンッと両手を合わせる。
「っ! 【ウォーターボール】」
カトレアの周りから水が発生して、面前に十メートルほどの水の塊となった。アルセーヌは剣を上段に構えて、振り抜き水の塊を真っ二つに切り裂く。
ただ、水の塊は飛び散ることなく空中に留まり……アルセーヌの体に集まっていった。
「【重水牢(じゅうすいろう)】」
アルセーヌはカトレアの作った水の中に囚われる。
水の中には圧力が掛けられていてうまく身動きが取れず、苦し気にもがく。
「ぐあっんっんんっ」
眉を顰めて、息を大きく吐き出してしまった。意識が遠のき始めた。
「ふふ、この魔法はニールをやるために作った特別よ」
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