第272話 勇者。
カトレアは捕らえたと考えていた。
しかし……水の中でアルセーヌは、手をかざし。
「オラクル発動……【炎狐(フレイムフォックス)】」
ゆらっと黒い炎が現れる。
その黒い炎は水の中でも消えることなくアルセーヌの体の周りに覆っていく。
アルセーヌがオラクルを使ったことを察したトーザラニア帝国軍の部隊は慌てた様子で、退避を始める。
対してクリムゾン王国軍の部隊は戸惑い……動けずにいると。
不穏な空気を感じ取ったカトレアの隣に居たベレッタが口を開く。
「カトレア様、何か変です。急ぎ撤退しましょう」
カトレアはアルセーヌへと視線を向けたまま。
「そうしたいのだけど……」
言葉を濁し、少しの間の後で……。
「化け物を倒すために作った魔法から抗おうとしているアイツは危険なの。だから、魔法を解く訳にいかないから私は動けない。貴女達だけで先に撤退して頂戴」
「っ! ……分かりました。では私を含めて、数名を護衛に残して、他は撤退させます」
「ベレッタ少佐も残るの? 撤退する部隊は誰が見るの?」
「撤退の指揮は副官に任せます。私はカトレア様を守るために派遣されたので、当然任を全うします」
カトレアは下唇をペロリと舐めて、暗い笑みを浮かべる。
「へぇーふっふふふふ、いいわね。いいわね。強く美しい女性は大好きよ。今後とも仲良くしましょう。そう、仲良く」
ベレッタは若干……若干寒いモノを感じたものの、深刻な表情で。
「……今後があればいいですが」
「生き残ること自体はそれほど難しくはないのよ? 私の力があれば」
「信じます。伝令」
ベレッタは部下に命令して、数人の護衛を残して……他、自分達の部隊、ラルトスの部隊を含めた周辺の部隊を撤退させた。
「っ!」
カトレアが眉を深めた。
アルセーヌはカトレアの【重水牢(じゅうすいろう)】によって拘束されていた。ただ、自身が発した黒い炎によって、水を蒸発させる。
「がはっ。ごほごほ、なんて、えげつない魔法を使ってくるんだ」
大量に飲んでいた水を吐く。すぐに笑みを深め……カトレアの前に降り立った。
「化け物ですね。死んでください。てか、男なんて居なくなればいい【ウォーターバレット】」
カトレアの右手前に二センチほどの小さな水の塊が連続して、アルセーヌへと放たれた。
【ウォーターバレット】は殺傷性が低いものの、地面に小さな穴が開くほどには威力があって、当たればかなり痛い事は分かった。
対してアルセーヌは小さな水の塊を剣で素早く切り裂く。
「ほぉ、ここまでの魔法使いは帝国に居なかったな。さすがは勇者」
余裕を見せる。
マナが枯渇寸前のカトレアは焦りを感じていた。
「まだまだ、これからですよ」
数分後……。
その場に立っていたのはアルセーヌ一人だった。
周囲にはカトレアの護衛であったベレッタを含める兵士達が倒れていた。
アルセーヌは血だらけになったカトレアの首を掴んで。
「なかなか楽しかった。言い残すことはあるか?」
カトレアは目つきを鋭くして、血が混じった唾をアルセーヌへと吐きかける。
「汚いので、触らないでください」
「そうか。では、さよならだ」
アルセーヌがニヤリと笑みを浮かべて。カトレアをひょいっと上に投げて、首を目掛けて剣を真横に振るう。
ただ……。
ただ、そのアルセーヌの剣はカトレアを切り裂くことはなかった。
風のように素早く走り現れた……獣人族の男性と思われる者がアルセーヌの剣を止める。
「その勝負、待ったっぁぁぁ!!!」
獣人族の男性は狼のような灰色の毛並み。
金色の鋭い目付き。
尖った犬耳に、顔は人間のそれだが鋭い牙のような歯。
腰のあたりから灰色の長い尻尾を持っていた。
ちなみに服、民族衣装なのか特徴的なドラゴンの刺繍が施されていた。
何より服の上からでも屈強な肉体を持っていて……一目で強者であった。
獣人族の男性は持っていた大剣で、アルセーヌの剣を弾き飛ばす。
アルセーヌは後方に弾き飛ばされながらも、剣を構え直して。
「っ! いきなりなんだ」
獣人族の男性は軽々と大剣を肩に乗せて。
「ハハ。すまん。すまん。俺はウォルだ。占い師の婆さんから、ここに前世を知る者……勇者来ると聞いて見物に来たものの、思わず出てきてしまった。女相手に、ちょっとやりすぎじゃないか?」
「強くなる為だ」
「強くなる為? 人を殺すと強くなれるのか? なかなか物騒だ」
「それが神の与えた力なのだから仕方ない」
「天命か。まぁ、俺も……前世から剣の道を極めんとする者だ。もちろん戦うのは大好きだ。だから、否定はしない。ただ、これ以上戦いたいなら、俺が相手をしようではないか!」
アルセーヌは暑苦しい獣人族の男性……ウォルに対して、若干引きつつも剣を構え。強者であることを直感して。
「前世……お前もか。まぁ……良いだろう。今は少しでも強いヤツを殺して、強くなりたい。オラクル発動……【炎狐(フレイムフォックス)】」
アルセーヌの筋肉量、マナ量が大幅に増えて。
周りから黒い炎が現れて……集まり腰のあたりから二本の黒い炎の尻尾が生えているように見えた。
ウォルはブルリと震えて不敵な笑みを浮かべる。
「ザワザワする。お前、やはり強いな。俺では勝てそうにないか? ハハ、笑えてくる。素晴らしい。この世界は良い。こんなにも強いヤツと出会えて、命を賭けての真剣勝負ができるのだから!」
大剣を軽々と扱い構えて、続ける。
「やはり俺は生まれる世界を間違えていたようだ!」
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