第269話 ジェミニ。

 朝。


 ここは悠李が住んでいる自宅のリビング。


 悠李はガチャっと扉を開けて、入ってくる。


「おはよう」


 朝食の準備をしていたと思われる悠李の母親が戸惑い驚く。


「え。おはよう。今日は早いのね。まだ涼花ちゃんは来てないわよ?」


「今日は朝に用事があってね」


「そうなの?」


「うん……。そうだ。もし涼花が来たら、先に行ったと言ってくれる?」


「何、涼花ちゃんに言ってないの?」


「そういえば……うん」


「アンタから連絡しときな」


「そこまでする? いつも起こしに来てくれるが、頼んでいるわけじゃ」


 悠李が首を傾げて、すでに料理がいくつか並んでいたテーブルの前にあった椅子に座った。


 母親は首を横に振り、有無言わせぬ感じで。


「良いから」


「……分かった」


「幼馴染みだからってなんでもツーカーじゃないのよ? もっと優しくしないと、愛想を尽かされちゃうわよ? あんな可愛い子に相手にしてもらっているだけで、幸せに思いなさい……ちゃんと、してもらっていうことに対してちゃんとお礼してるの?」


 母親はブツブツと苦言を垂れ流しながら、温めたフライパンにバター、そして卵とコンソメ、塩をかき混ぜたモノを。


 手早く、オムレツを作って、悠李の前のテーブルに置く。


「涼花ちゃんのことを大切にするの分かった?」


「はいはい」


「はいは一回」


「はい。分かりましたよ。連絡しておきます」


「まったく、本当に分かっているのかしら? ちゃんと捕まえておかないと……」


 悠李は母親の苦言を聞き流し、用意されていた朝食……オムレツとパン、スープを食べていた。


 朝食を終え、皿を片付ける。


「ごちそう様。美味しかった……いつもありがとう」


 母親は驚き、顰める。


「どうしたの? やっぱり最近、変よ? 調子がおかしいの?」


 悠李は苦笑し。


「調子はすごくいいよ。まぁお礼を言っただけで、変と言われるのは心外ではあるな」


「そう? ならいいんだけど……皿は私が洗うわよ? 早いでしょ?」


「うん。ありがとう」


 悠李は皿をシンクに置くと、リビングから出て行こうとする。


 リビングの扉の前にすると、立ち止まって……。


 目をキュッと強く閉じると……小さく。


「ごめん……さよなら」




 ここは悠李の通う高校近く、大通り近くの通学路。


 悠李の死んだ場所と言えばわかるだろう。


 悠李の足は自然とそこに向いていた。


 駅や大通りが近いとあって、多くの人が行き交う。


 その中で悠李の向かいから歩いてきたサラサラと綺麗な金髪の少年が軽い調子で。


「やあ、来たんだ」


 悠李は表情硬く、黙る。


「……」


 金髪の少年と悠李とが立ち止まって向き合うと、フッと消えるように周りに居た人々が消えていた。周囲の雑音が消えた。


「よくここが分かったね」


「なんとなく……ここが怪しいと思っていた」


「そう。それはすごい。けど君が一番だとは思わなかったよ」


「他にもこの世界に来たのが居るのか?」


「いや、この世界という訳じゃないよ? この世界は君が望んだモノ……つまり、君のための夢の世界だからね」


「なるほど……やっぱり」


「よく気付いたよね? しかも早いよ。理由を今後の為に教えてもらえるかな?」


 悠李は渋い表情で視線を流して。


「いや、なんとなくだ。言語化が難しい。ただ俺はどうやら不幸体質が強いようだから。例えば両親を殺されたり、奴隷になったり、魔物によって何回も死にそうになったり、トラックに轢き殺されたり……こんな恵まれていると違和感でしかなかった」


 金髪の少年はケタケタと笑い出す。


「ハハハ、そうか。そうか。それは残念な理由だ」


 ひとしきり笑ったところで、歩道のガードレールに座って。


「けどさ。そんなに不幸な君はこの夢の世界で暮らした方が幸せじゃないのかな?」


「はぁ、そうだな。この世界が本物じゃないとうっすら感じてから、ずっと悩んでいたよ」


「そうだよね。そうだよね。本当に夢の世界から出て行くの?」


 金髪の少年の問いかけに、悠李は苦虫を潰したような表情を浮かべて。


「……夢に逃げたところでどうにもならないだろう」


「ハハ、そうだね。確かに」


 金髪の少年はパチンと指を鳴らした。彼の後ろに大きな鏡が現れる。


 笑みを深めて、口を開く。


「君は強い人間だね」


「いや、そんなことない。本当にずいぶん悩んだ。ここに来て何もなければと、正直思っていた」


「そうか。けど、来たんだ強い人間には変わりない。実際、夢の世界を攻略した人間は今まで三人しか、居なんだよ? さすがはロンドニックが自らの血を与え、あのジェミニ様が注目しているだけのことはあるよ」


「ロンドニックと知り合いなの? いや、ジェミニ様って誰?」


 金髪の少年は含み笑って。


「ジェミニ様は、ジェミニ様だよ」


 少しの間の後で、悠李は目を細めて。


「……もしかして、この大迷宮の管理者とか?」


「さて、どうかな? 古い文献でも調べてみるんだね。そうそう、ジェミニ様から」


 言葉を切ると、金髪の少年が人差し指を突き立てて。


「君への伝言がある。私はジェミニ。強き人間よ。久しぶりに楽しませてもらった。そんな君に褒美を二つ用意したよ。一つ目は動かすのが面倒なんで地下二十五階に置いてあるから持って行ってくれ。二つ目は指輪。それから最後に……私に会いたくなったら、地下百一階に居るから来たまえよ。その時は歓迎する……以上」


 金髪の少年が伝言を言い終わると、笑みを深めて。


「それで一つ目の褒美だけど、それはジェミニ様がかつて訪れた冒険者が使っていた玩具を真似て作った玩具……いや、君達が言うところの魔導具だよ」


「玩具って言った?」


「ん? 言ったかな? まぁ、貰っておけば? すごく便利だよ?」


「どういう魔導具か分からないんだが……」


「どうせ通るんだ。行ってみればわかるよ。先に君の登録はしておいてあげるから。それで二つ目の褒美の指輪は……」


 金髪の少年がいつの間にか取り出していた黄色の宝石が埋め込まれた指輪を……悠李へと投げた。


 悠李はワタワタと慌てて、何とか指輪を受け取る。


「おい。ちょっと……おっとっと」


「ハハハ、大丈夫かな?」


「まったく……いきなりだな。ってこの指輪は……確か」


「ん? 見たことあったかな?」


「あぁ……いや、似ているだけかな? かなり似ている……ただ、宝石の色が違うんだよな」


 俺が……昔、エービス侯爵で溝掃除をした時に見つけた指輪と似た作りだ。


 ただ、指輪に埋め込まれている宝石は確か赤色だったが。これは黄色……。


 指輪の内側にはジェミニと刻まれている……。確かあの指輪の内側にも何か書かれていたような? なんだったかな?


「そう? それは良かったね」


「? どういう事だ?」


 悠李の問いを聞き流して、金髪の少年は続ける


「良いから。良いから」


 金髪の少年は瞬間移動のように一瞬で悠李の目の前にまで近づき、悠李の左の薬指に指輪を通してしまった。


 悠李は突然の出来事に一瞬反応が遅れて。


「お、おい」


「君には期待しているよ」


「何をっ!?」


 悠李が金髪の少年へと手を伸ばそうとしたが、姿を消した。少し離れた場所で、姿を表して、金髪の少年はケタケタと笑う。


「ハハハ、この世界で僕は捕まらないよ」


 悠李は目つきを鋭くして、金髪の少年を見る。


「何をしたんだ」


「怖いなぁ。褒美をあげただけー」


「褒美ってなぁ。外せないようだが」


 悠李が指輪を外すことを試みるも、指輪は外せなかった。


 悠李の苦情に対して、金髪の少年は笑う。


「ハハハ、いつか外せるよー」


「いや、外せないとかなんか……気持ち悪いんだが」


「現時点で、外したいならジェミニ様に会うしかないねー」


「会うしかないって……地下百一階に居るんでしょ? 無理だって」


「じゃ無理だねぇ。ハハハ」


 金髪の少年がケタケタと笑った。


 悠李は機嫌を悪くし……ムッと顔を顰めて、拳を構えて戦闘態勢に。


「……」


「僕は戦闘とかしないよ?」


「戦うんじゃないのか? じゃあ、どうするんだ? どうやって、ここから出るんだ?」


「あーそこの鏡の鏡面に入れば。出られるよ?」


「……本当に戦うことはないのか?」


「あぁ、この階はそういうヤツじゃないからね。いや、鏡の外では戦っているようだけど、君が外に出たら消えるよ」


 悠李は鏡の前に移動した。恐る恐るといった様子で、鏡の鏡面へと手を伸ばした。


 手は鏡の鏡面に吸い込まれる。


 一度、手を引っ込めて。


「……」


 金髪の少年はいつの間にか悠李の後ろに、立っていて問いかける。


「帰らないのかな? 更に言うと、君が攻略したら他に囚われている者達の精神も戻るだろう」


「あぁ……帰るよ」


 悠李は一回自分の家があった方へと視線を向ける。


 奥歯を強く噛みしめて。


「さよなら。父さん。母さん。涼花……」


 一言残して、悠李は鏡の中へと消えていった。悠李が鏡の中に消えると、鏡が光と共に消える。


 金髪の少年は空を見上げて。


 周りに光が集まって……姿が消えると、次に姿を表したのは地面につくほどの長い金色の髪のそれは美しい女性であった。


 美しい女性は笑みを深めて。


「ふふ。どうやら素晴らしい勇者が誕生してくれそうだ。……そう、昔のユーリィ・ガートリン達を見ているようだった」


 美しい女性はスタスタと歩き。踊るようにクルリクルリと回る。


「しかし、間に合うかな? もうそろそろ、ユーリィ・ガートリンがオラクル……トワイニの杖を使った封印も解けてしまうだろう」


 踊りをピタリとやめた。美しい女性は悲し気な表情を浮かべて。


「すまないな。私の兄弟が迷惑をかける」




本日も私の小説を読んで頂きありがとうございます😊

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作者太陽



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