第265話 剣道やってみた。



 三日後。


 ここは悠李達の通う高校の自習室。


 悠李が、机でカリカリと勉強していた。


 一時間が経ったところで、大きく息を吐く。


「ぐはぁー……」


 横目で、周りに人が居ないことを確認して。


 悠李は不満げな表情で愚痴る。


「英語は面倒臭いなぁ。文法もだけど、単語が覚えきれねぇーって。最低限の読み書きができるようになると良いんだけど」


 椅子の背もたれに体を預け……天井を見上げる。


「三日か。寝ても覚めても前の世界に戻らないな……いや」


 悠李は持っていたシャーペンをポイッと机に放って。


「やっぱり日本人に英語は向いてないな。少し気晴らしに散歩するか。昔は帰宅部のエースとして一刻も早く帰宅していたから……学校内はあまり知らないんだよな」


 鞄に教科書やノート、筆記用具を仕舞って、椅子から立ち上がった。


 自習室を後にするのだった。




 悠李はフラフラと、校舎周りを歩いていた。


 不意に校舎を見上げる。


「涼花は委員会をちゃんとやっているかね。しかし、委員会なんて面倒事を良くやるもんだ」


 小さく笑って、歩いていく。


 すると、古びた木造の建物……リリアの屋敷にあった修練場に似た剣道場があった。


「そういえば、うちの高校って剣道部が強豪だったって」


 悠李は剣道場を前に立ち止まった。


 少しの間の後で、左腰のあたり……鈍と血吸を吊るしていた場所あたりをポンと叩く。


「剣豪でも居るかな? ちょっと覗いてみるか」


 剣道場に近付き、扉を開けて中を覗く。


 剣道場の中には誰も居なかった。


 悠李は首を傾げて、腕を組む。


「今日は休みか……うん?」


 何かに気付き、後ろを振り向いた。


 悠李の視線の先には……一言で言うとむさ苦しい男が立っていた。


 そのむさ苦しい男は悠李を見つけて、ズカズカと近づいてくる。


「うぬぅ? 剣道部への入部希望者かな?」


 悠李は圧に一歩下がって。


「おっと……いや、違う。違います」


「なんだ、そうなのか? 残念だ……まぁ少し……少し見学していかないか?」


「えっと……」


「ほんの少しだ」


「え、あ、はい」


 悠李は渋々と言った感じではあったが、頷き。むさ苦しい男に促されて、剣道場に入っていった。




 二十分後。


 悠李は……見学ということだったが、軽い柔軟の後で剣道の防具を着せられ、剣道場に居た。


「……」


「おぉ、似合うではないか」


 むさ苦しい男……先ほど郷田と名乗っていた男は悠李の背中をバンバンと叩いた。


「痛い。痛いって」


「おぉ、悪い悪い」


 悠李は全然悪いと思ってない郷田へと軽く睨み付ける。


「百歩譲って、それは良いんだけどね。いや、なんで、俺は剣道の防具を着せられたんですか?」


「いや、剣道部を見学するには防具を着ないと危ないだろう?」


「? 見学って危ないモノなんです?」


「そりゃ、世の中危ないことだらけだ」


「……そういうモノか。最近、良く同じようなことを聞くなぁ」


「うむ、では、軽く……俺と練習試合しようか?」


「ん? え、いや……俺が練習試合をやるんですか?」


「見学するには手っ取り早いだろう?」


「いや、いやいや……手っ取り早すぎるでしょう。まずは素振りとかからでは? そもそも剣道のルールもよく知らないんですが」


「そうだが。俺が戦ってみたくなった」


 悠李は思わず振り返って、同じく剣道の防具を着ていた郷田を見る。


「え? 俺が郷田先輩と戦うんですか?」


「? 他に誰が居る?」


 過去は強豪とされていた剣道部も部員は郷田だけとなり、廃部の危機であると聞かされ……。


 もちろん剣道場には悠李と郷田の二人だけ。


 悠李は渋い表情で。


「いや。残念ながら、誰も居るようには見えませんね」


「そうだろう? それにやったことがあるのではないか?」


「……木刀で遊んでいたことがあるくらいですよ。だから剣道のルールとか知らないんですが」


「そんなもの、なんでも構わんよ。では、少しやろうか」


 郷田が悠李から距離を取るように離れて。


 竹刀を構えて見せた。


 その構えからは身長が十五センチ以上、体重は二十キロほどの差がある小柄な悠李に対して一切の奢りも油断も感じられなかった。


 悠李はヤレヤレと息を吐き。


「なんだか……無理矢理稽古に付き合わすシャロンみたいな感じ、久しぶり……カルディアもこんな感じだったか」


 竹刀を右手に持ち……構え、郷田を見据えた。


 郷田はニヤリと笑みを浮かべて。


「では、始めようか」


「その前に……さっきも言った通り、剣道のルールは知らないのですが? つまり、なんでもありになってしまいますよ?」


「ハハ、では蹴りと殴り、服を引っ張るのは禁止しようか。危ないからな」


「そうか……じゃあ、やれることも限られますね。では、もう一本竹刀を貸してくれないですか?」


「二刀流か? いいだろう。たしか、それ用の短い竹刀があったはずだ……持ってこよう」



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