第262話 勉強。



 悠李と涼花がイチャイチャしていると。


「おやー? 可愛い女の子じゃん」


「これから、俺等カラオケ行くんだけど、いっしょしない?」


「いいじゃん。いいじゃん。絶対楽しいぜ」


 ぶつかりそうになった男性達……三人が涼花に近付いた。


「えっと、私達これから学校なので」


 涼花が距離を取るように、後退った。


 悠李達の周りには学生やら社会人やら数人いるものの、少し離れ、我関せずと言った感じである。


「えー今日くらいふけても。楽しませるからさー」


 男性の一人が涼花の肩に触れようとした。ただ、悠李が涼花の服を引っ張って、自身の後ろに……。


「あん?」


「なんだよ。ガキ」


「このお姉ちゃんは俺達と楽しいことすんだから、引っ込んでいろよ」


「汚い手で触れるなよ」


 悠李の顔から表情が消え……三人の男性をギロリと睨みつけた。


 悠李の体は平均的な同年代の男性に比べて小さく、細身。


 三人の男性は自分達よりも十センチも二十センチも低い。ただ……悠李から離れた重い気迫にたじろいた。


 しかし、悠李の小柄な体、三人で囲んでいる状況から、すぐに余裕の笑みを浮かべる。


「なんだ? 調子に乗っているな」


「これは教育が必要だな」


「おら。ちょっとこっち来いよ」


 男性達の一人が悠李の髪を掴もうと手を伸ばした。


 ただ悠李は左に少し避けて躱し、鞄を下に。


「教育の必要なのはお前等の方だろう? 学校行けよ。このまま社会に出たら大変だぞ?」


「ゆ、悠李」


 涼花が不安げな表情で、声をかけた。


 ただ当の悠李は平静であった。


「大丈夫だから、少し涼花は離れて。こういうのは一度分からせないと駄目なんだ」


 涼花を後ろへやると……男性達が近付いてくる。


 男性の一人は拳を振り上げて、悠李の左頬を殴る。


「何を分からせるって、クソガキ!」


 悠李は男性の拳を避けようとしなかった。


 ただ殴られたタイミングで、後ろに小さく飛んで……後ろに倒れる。


「きゃっ!」


 涼花から小さな悲鳴が上がって。少し距離を取って様子を窺っていた野次馬は喧嘩が始まると……ザワザワと騒がしくなった。


「へへ、派手にぶっ飛んだな」


 男性三人は不敵な笑み浮かべて……悠李を見下ろした。悠李は気にする様子もなく立ち上がろうとする。


「これで正当防衛だからね?」


「お、立つか?」


 立ち上がろうとする悠李を男性が踏みつけるように蹴った。ただ、悠李は踏みつけようとした男性の足首を掴む。


「まぁまぁ体が動く。最初……貧弱の時よりは体が動いてくれるが。全然だな」


 悠李が男性の足首を掴んだまま、立ち上がって……残った方の足を払い蹴って男性は転ばせた。


 男性達は悠李へと殴ろうと向かって行く。


 ただ悠李に触れることはできない。


 美しい舞を踊るように、男性達の拳を、蹴りを躱し……その相手の力を逆に利用して倒していった。


「ふう。疲れた。未来は見えないが……。全然体は動いてくれないが」


 戦いを終えた悠李は息を吐いて、服に付いた砂埃を叩き落とす。


「地獄のような鍛錬を積み、死地を曲りなりにも何度か乗り越えた経験はそう簡単にはなくならない……か」


「ぐっ何を」


 悠李の倒した男性の一人が苦し気な声を上げた。


「何を? ただ避けていただけどね」


 悠李は倒れている男性達に気にすることなく、踵を返した。


 置いてあった鞄を拾い……見守っていた涼花へと近づいて行く。


「涼花、怪我無かった?」


「悠李……ど、どうしちゃったの?」


 涼花が戸惑いの表情を浮かべて、悠李の肩に触れた。


「え? 何かおかしかった?」


「えっと……いつもなら、走って逃げる場面だったじゃん」


「そういえば……そうだったな」


 悠李は過去を思い出し、一度言葉を切った。空を見上げて……独白するように呟く。


「ちょっと前にね。高い……それは高い代価を支払って勉強したんだ。強くないと、何も守れないって」


「?」


「あーなんでもない……学校遅れるから、行こう」


 悠李は涼花の肩をポンと叩いて、高校へと向かい歩きだした。涼花も、戸惑いながらも悠李の後ろに続くのだった。


 ちなみに悠李の戦う様は野次馬によって撮影されていた。その動画が世界に拡散され、千万再生されることになるのだが……。それはまた別の話。



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