第261話 死んだ日。
◆
「……」
悠李は母親に抱き付いていたことに気恥ずかしくなっていた。母親が準備してくれていた朝食を黙って食べている。
悠李の母親はエプロンを脱ぎながら口を広く。
「ふふ。高校生になってからそっけなくて」
「……」
「久しぶりに甘えてきてくれて嬉しかったのに……もう大丈夫なの?」
「ぐう……ありがとう。もう大丈夫だから……さっきのには触れないで」
「そう。可愛かったのに」
「お願い触れないで……ごちそうさま」
悠李が急ぎ朝食を食べ終えて……食卓の椅子から立ち上がった。母親は思い出したように口を開く。
「そうそう。今日は早めに帰ってきなさいよ?」
「ん? 何かあったかな?」
「お父さんが久しぶりに帰ってくるからね」
「そう……早めに帰ってくるよ」
悠李は頷き答えて、食事をとっていたリビングを後にした。
リビングの扉を閉じて……一人になったところで重い溜息を吐く。
「はぁー……母さんと父さんは中学の時には死んでいたはずなんだけど……夢? それともタイムパラドクスした異世界? また異世界転生? いや、あの鏡の影響で?」
悠李は自問自答するように小さく呟いた。少しの間の後で頭を抱える。
「もう何が何だか……」
家の玄関からガチャリと音が聞こえてきて、扉が開く。
「涼花っ」
玄関と悠李のいる廊下は繋がっていて、扉を開いた人……涼花と目があった。
「悠李、まだパジャマなの? 早く行かないと高校遅れちゃうよ?」
「……」
悠李が涼花を前にして固まっていた。涼花は怪訝な表情を浮かべる。
「どうしたの? 固まって」
「いや、あの……」
「待っててあげるから、早く着替えてきて」
「あ、あぁ……うん」
涼花に急かされ悠李は高校の制服に着替えに部屋へと戻るのだった。
十五分後。
高校の制服に着替えた悠李と涼花が高校へと続く通学路を並んで歩いていた。
悠李はキョロキョロと周りを見回す。
今日は……そう、トラックに轢き殺された日だ。
この世界で住んでいる家と前の前の世界で住んでいたアパートでは通学路は違うが、警戒しなくては……またトラックでって言うのはなんとしても避けたい。
いっそ、今日くらいは休んで、家で引きこもっていた方がよかったかも知れない。
「そういえば、今日の歴史の課題やった?」
「結構量多くて大変だったよね?」
涼花がいろいろ話しかけるものの、悠李には届いていなかった。
ムッとした表情を浮かべた。
悠李の制服の裾をキュッと掴んで引っ張る。
「ねぇ、悠李? 私の話、聞いてる?」
悠李は我に返って。
「え、あ……悪い。なんだった?」
「なんだよ。本当に聞いてなかったの?」
「悪い。それでなんだって?」
「あぁうん……歴史の課題はやったって聞いたの」
「……歴史の課題?」
悠李はキョトンとした表情を浮かべて、涼花の顔を見た。少しの間の後で、持っていたバッグを開け……歴史のノートを取り出して開く。
「課題って……このあまり知られていない偉人について調べて来いってヤツか?」
「うん。うん。歴史教諭の完全に趣味の課題の癖にウィキを写せないで文字五千字とか鬼じゃなかった?」
「はぁ……なら、やってある」
「なんで、焦ったの? なんか変だね。今日の悠李」
「そ、そうかな? ハハ……」
悠李は誤魔化すように苦笑を溢した。
進行方向、十字路に差し掛かったところで。
悠李と涼花から見て、右側の通路から制服を着崩した三人の男性が現れた。
右側に居た涼花が男性達の一人とぶつかりそうになる。
悠李は周囲を警戒していた分、早く反応して涼花の服の袖を掴み……引き寄せる。
「ん」
「きゃ」
涼花が悠李に抱き付く形になった。
少しの間、二人は顔近く見つめ合っていた。自分の状況を理解した涼花は顔がカッと赤くして、パッと離れる。
「あ、ごめん。人にぶつかりそうだった」
「気を付けろよ。トラックが来たらヤバいからな」
「? 何を言っているの?」
「あ、こっちの話。もしもの時は全力で守るから」
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