第256話 ランドの鞄。
周りが宴で騒ぐ中で、馬や人間の木彫りの置かれたマス目の書かれた木の板を挟んでニールとジンが真剣な表情で向き合っている。
ニールは白く塗られた人間の木彫りを手に取って、一歩前に動かす。
「歩兵を」
「そう来たか。じゃあ騎馬を二歩進めてくれ」
「んーそういえば、小人の国……ノルマンド王国は俺のことを探している?」
「探しているぞ。ニールがイグナルとエルフィーを誘拐したとか大義名分を作ってな」
「そりゃお疲れだな。そういや、見ないがイグナル達は元気しているのか?」
「魔導具開発部隊でダーリラムの鞄の製作を徹夜で手伝っているからな。元気そうに、死んでいたぞ」
「そりゃお疲れだな」
「そうそう。そのダーリラムの鞄について一つあった。高品質な魔石があるのでユーリィ・ガートリンの魔導書に書かれていたもう一つの魔法袋……『ランドの鞄』にも出来るらしいんだが、どうする?」
「どうするって……そのなんタラって鞄はどんな違いがあるんだ?」
「うむ。細かいことはいろいろあるが、大きなところで言うなら。ダーリラムの鞄は息ができないとかで、生きている生物を入れると死んでしまう。鞄の中は時間の流れが止まって……入れた肉や野菜が腐ることがない。対してランドの鞄は死ぬことはなく。鞄の中は時間が止まらず流れている。つまり、入れた野菜や肉は時間と共に腐る。それから、ランドの鞄の方が消費するマナは多い」
「……同じように物を入れることはできるのか?」
「同じように使える」
「同じように使えるなら……マナの消費量が少ないダーリラムの鞄がいいと思うが。ジンならどちらにする?」
「俺ならか? 戦略の幅を広げることが出来るから……ランドの鞄を薦めたい」
「戦略の幅? 例えば?」
「ニールに作られるランドの鞄はかなり大きい。その鞄の中に我々が潜み隠れ……戦いの途中で奇襲することも可能だろ?」
「?! なるほど、なんか面白いことに使えそうだな」
「だろう?」
「あ、それに……ランドの鞄にしたら、アレだな。非戦闘員の奴らも多めに連れて行けるな。例えば歩くのが遅いヤツとか」
「……」
「連れて行くのは二百といていたか? 本当はもっといるんじゃないか?」
「増えると食糧問題がある」
「食糧はこの地下迷宮ではあまり困らないぞ? まぁ階層によって異なるが」
「ニールに迷惑が掛かる」
「魔法の鞄ということは鞄自体が重たくなんじゃないだろ? それに、これから先、夜に周りを気にせずにグッスリ眠れると思えば安い」
「……感謝するよ。伝令」
「しかし、いきなり変更はできるか?」
「伝令を走らせれば。間に合う。素材は同じだし、魔法式の構造自体は似ているそうだから」
ジンが頷き近くにいた小人を呼んだ。いくつか伝えて走られる。
走っていった小人を見送った後で、ニールは思い出したように口を開く。
「……そういえば、イグナルの魔導具はその魔導具開発部隊で何か言われていたか?」
「あぁ。多少の欠陥はあったが、面白い魔導具だ。ただ魔導具開発部隊の連中が騒いでいたのは魔晶石を繋げて使用する方法だったな。詳しくは俺にも分からんが繋げて使っている割にかなりエネルギー効率がいいようだ」
「へぇー、それってすごいの?」
「もっと多くのマナの出力が必要となる魔導具も作りだせるんじゃないかと、興奮しながら話していたぞ。凄く長々と……本当に長々と」
「うん、なんかお疲れ様。弓隊を」
ニールが盤上に置かれた弓を持った木彫りを持って、一マス前に出した。
ジンはフフッと笑みを浮かべて、腕を組む。
「ニールは面白い手を打つが、まだまだ甘いな。騎馬を二歩」
「むーう、軍略チェス……奥が深いなぁ」
ニールが顔を顰め、唸った。
黒に塗られた馬の木彫りを二歩進めた。
ニールは髪をクシャッと握って、難しい表情を長考しはじめた。
「おーニールは飲まへんのかぁ」
顔を赤くして、酔っ払ったシルバーが近づいてきた。胡坐を組んでいるニールの太もも辺りにぴょんと飛び乗る。
「せっかくの狩り後の宴やぞ?」
「成人してないからとお嬢様に止められているし。てか、俺が飲んだら、すぐになくなるぞ」
「おぉ、それは増産せえへんとなぁ」
「おいおい。簡単に言ってくれるな。まぁ……ミモザのヤツがやる気になっていたから、何か考えるだろうが」
ジンが苦笑した。対してシルバーは深く考える風なく頷く。
「ミモザが考えてんなら、大丈夫やなぁ」
「それにしても、シルバーあまり飲み過ぎるなよ。王宮側だって何か動きだしてもおかしくない」
「けど、今日くらいええやろー」
「今日くらいって、お前はいつも記憶をなくすくらいに飲んで……大体お前は」
「ほな、ニール、またなぁ。俺は口うるさいジンさんから逃げるわ」
シルバーがフラフラと離れ……行ってしまった。
ジンは不満げに鼻を鳴らす。
「まったく……まぁ何も言わないのは」
「ハハ、歩兵を」
苦笑を浮かべたニールが盤上に置かれた人型の木彫りを進めた。
ジンは盤上に視線を落とし、思い出したように口を開く。
「お、そう来たか」
「ノルマンド王国側が何か動いてくる? さっき探していると言っていたが」
「正直、俺でも読めないんだ。ニールが見つからなかった場合、アイツ等がどう動くのか。あきらめて現状維持とするか。何か手があるのか。一応アジト周辺に結界魔法を組んでいる。不意をつかれる心配はないというだけだが、被害は最小限にできるだろうなぁ。……弓隊を前に二歩進める」
「なら、大丈夫か。それより、俺の駒が死ぬ」
ニールが軍略チェスの盤上を見て、難しい表情を浮かべ唸り声をあげていた。
◆
悲報ストックゼロ。
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