第255話 宴の準備。



 ここは琥珀一家の隠れ家から少し離れた位置で、ニールと十五人ほどの小人達は焚火をしていた。


 焚火では平べったい石の上で巨大な肉がジューっと音をたてて焼かれていた。


 辺りには肉の香ばしく香りが漂ってくる。


 肉の表面からぷしゅっと肉汁が飛んだ。


 肉の様子を窺っていたオレンジ色の尖がり帽を被った小人が口を開く。


「ニールさん、お肉にハーブと塩をまぶしてください」


「はいよ」


 オレンジ色の尖がり帽を被った小人の指示に従って、ニールはハーブと塩を肉へと振りかけた。


「体が大きいと、料理が一気にいっぱいできていいですね」


「ハハ、人をうまい具合に使いやがって」


「まぁまぁ、ニールさんが一番いっぱい食べるんですから。ニールさんも美味しいステーキが食べたいですよね?」


「少しでもうまいものが食べたい。絶対に食いたい……もう海の階層で手に入れた塩かけて焼くだけの肉は辛い」


「ハハ……相当に飢えていましたね。まぁ今日はステーキですが。そうだ。昼間に焼いたアップルパイがあるのですが。食べますか?」


「食べる」


「分かりました。準備します。あ……肉をこっちの大きな葉っぱの上の降ろしてください。後は葉っぱに包み余熱で熱を肉の中まで通しましょう」


「分かった。アップルパイかぁ」


 オレンジ色の尖がり帽を被った小人は他の小人達に指示して、アップルパイの準備を始めた。


 十分後、ニールの前には白い布の上に、直径四センチほどのパイがいくつか並んでいた。


「あーんっと」


 ニールがパイを手に取って、口の中に放り込んだ。


 サクッとしたパイ生地を噛みしめると、ねっとりとした甘く煮込まれたリンゴが口の中に広がる。


 ニールは表情を綻ばせ、咀嚼する。


「んー甘くてうまい。久しぶりの甘い菓子」


「よかった。美味しいですか」


 オレンジ色の尖がり帽を被った小人が、安堵するように溢した。


「美味しい。ただ残念に思うのは小人達の料理の小ささか」


「ハハ、それは仕方ないですよ。人間サイズで作っていたら、物を余らせてしまうから」


「まぁそうだな。うん。このアップルパイは本当に美味しい。いつか、お嬢様に食べさせたいな」


 ニールが布の上に置かれたパイをもう一つ手に取った。


 オレンジ色の尖がり帽を被った小人が首をひねる。


「お嬢様?」


「俺のご主人様だ。そのお嬢様はアップルパイが大好物でな。まぁ、ここを出えないと会うことはできないが」


 ニールがパイを見ながら、目を細めた。


 寂しげな雰囲気を感じ取ったオレンジ色の尖がり帽を被った小人が胸の辺りでグッと握る。


「わ、私……調理部隊隊長ミモザが責任をもって、大きなアップルパイを作れるよう、考えておきます」


「そうか? 楽しみにしておく」


「お任せてください」


「外に出るまで時間が掛かりそうだから、じっくり考えてくれ」


「それはニールさん、次第でしょう? がんばりましょうね」


 オレンジ色の尖がり帽を被った小人……ミモザの言葉に、周りに居た小人達もウンウンと頷いた。


 ニールはミモザ、そして小人達へと視線を向けて、目を細める。


「そうだな……。しかし、いいのか? 確かにここは魔窟のような場所で住みにくいかも知れないが、お前等にとって故郷じゃないのか? 戦闘要員じゃないお前達が命がけで俺に付いてきたとして、外の世界はそんな良いところではないぞ? 例えば、そうだな。珍しい種族である……小人を捕まえようとするバカが居るかも知れない」


「確かにここは私達が生まれ育った故郷、思うところがない訳ではありません……お頭よりそう言った懸念があることはニールさんが姿を表した時に集められて聞きました。その上で、自分達で決断したんです」


「自分達で決断したなら」


「気にしてくれるなんて、ニールさんはいい人のようですね」


「それは、どうかな?」


「まぁ……このノルマンド王国に残されても困るんですよね」


「そう言えば、琥珀の一族は……小人の国では恐れられるテロリストか」


「それは……私達は普段ノルマンド王国に潜入して、普通に暮らしていますよ?」


「あ、チューズがそう言ってたっけ」


「私は食堂を経営しています」


「食堂を経営していて、何が困るんだ?」


「それは……ノルマンド王国の深刻な食料問題と住居問題ですね」


「食料問題と住居問題? 小人の国にも軍があるんだろ? そいつらがさっきのお前等の軍みたく魔物を狩って、肉を取って……住居エリアを増やしていけばいいだろう?」


「残念ながら、ノルマンド王国の軍はそれほど強くないんですよね。その理由は軍の上層部の天下り、優秀な指揮官不足、性能の良い魔導具不足、精鋭部隊の温存……人減らしのための強行軍」


「人減らしのための強行軍? なんだそれ?」


「人減らしのための強行軍……お頭の言葉を借りるなら悪手。ノルマンド王国、食料問題と住居問題を抱えています。それを解決するには先ほどニールさんが言った通り、魔物を狩って、肉を取って……住居エリアを増やしていけばいい。けど、魔物討伐が出来なかった場合は? 正確に言うなら……大量の犠牲なしに討伐することが出来ないと」


「……食い口を減らすか。つまり、魔物討伐を強行して」


「そうです」


「なんか、人間臭いなぁ。小人って言ったら、もっとなんかあの……ファンタジーな感じでかと思っていたんだけどなぁ。夢がない。ということは……嫌だ。嫌だ」


「それはお互い様ですよ」


「ん?」


「私達にとって、プロリアの月(moon)は語り聞いた英雄様です。その英雄様が生きた外の世界には夢を持っていましたよ」


「まぁーそうだな。お互い様だな」


 ニールは苦笑を浮かべ、納得したように頷いた。


 ニールとモミザ達とが話していると、ジンが先ほどドズン・ライノスと戦っていた琥珀一家を引き連れてやってきた。


 ジンは鼻をスンスンと動かす。


「おー今日はいつにも増して良い匂いだな。モミザ」


「もう来たんですか?」


 モミザが呆れた様子で、腰に手を当てた。


「皆が急かしてな。さあ、宴にしよう」


 ジンの命令で急ぎ宴の準備をその場に居た二百人ほどの小人で始めたのだった。



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