第170話 失礼しました。

 場面が変わって、リリアが連れていかれた二階建ての建物の下の路地。


「こ……これは」


 建物から出てきた短髪の男性は目にしたあまりの光景に驚き、一歩後ずさった。


 多くの仲間がうめき声を上げて路地に伏せていたのだ。


「ぐあっ足が」


「おい……大丈夫か?!」


 短髪の男性は倒れていた仲間の一人に駆け寄った。


「ぐ……ガガーランか」


「誰にやられた?! まさか、ミロットか?!」


「……違う……」


「では、誰がやった」


「気を付けろ。これをやったのは……メイド」


 その時……ヒュンっと風が切る音が響き、断末魔に近い声が上がる。


「ぐああ!」


 短髪の男性……ガガーランが声の聞こえてきた方へと視線を向けると、路地から少し離れた場所にあった空き地で巨体の男性が倒れた。


「アレは……メイド?」


 血に濡らしたメイド……ニールが辺りが暗くなっている中、火炎を纏った血吸によって照らし出されていた。


 次いで、倒れた巨体の男性へと視線を向ける。


「まさか、あのメイドが……ランディック様を」


「はぁはぁ……疲れた」


 戦いを終えたニールが大汗をかきながら……肩で息をしていた。


 倒れそうになるのをグッと堪えて、サイドバックに手を乗せる。


「兵糧薬を……いや、まだ早い」


 ニールは体をよろめかせながら、リリアが連れていかれた建物へと歩きだした。そこで、ガガーランへと視線を向ける。


「もう一人居たか」


 ニールに睨みつけられた……ニールの見た目は子供に過ぎないのだが、それでも大の大人を恐れさせるだけの殺気が放たれていた。


 ガガーランは恐怖に顔を歪めて、後ろに尻もちをつく。


「ひっ」


「アンタは……リリアお嬢様を連れて行ったヤツだな」


「あ……あぁ」


「リリアお嬢様はどこに連れていった」


「うああ!!!」


 ガガーランが声を上げ、逃げ出して行ってしまった。ニールはガガーランを追いかけようと一歩足を踏み出したところで苛立ちの声を漏らす。


「くそ、逃げるヤツを追いかけるほど体力は残っていない……どうするか……リリアお嬢様の気配が運ばれた建物の中に探しに行くか。いや、とりあえず、ミロットさんを起こすか?」


 ニールは眠っているミロットを起こすために、自身が乗っていた馬車へと歩いていった。




 マーシャルとモルガン、眠っているルドルフが居る……クレッセンの街の廃墟が建ち並ぶエリアにある二階建ての建物の部屋へと話を戻す。


「起こせ」


「はい」


 マーシャルの命令を受けたモルガンは何やら液体が塗布された白い布をルドルフの鼻先に当てた。


「んっゴホゴホ」


 ルドルフが眉間に皺がよって、咽ながら目を覚ました。


 モルガンは白い布を仕舞うと、ルドルフから離れた。


「おはようございます。お父様」


 マーシャルが声を掛けると、ルドルフは多少の動揺の色と顔に滲ませる。


「マーシャル……」


「なんで、このような場所にお連れしたのか、分かりますよね?」


「あ、あぁ」


「私は……貴方を殺します。もちろん、トリスタンやリリアも一緒にね」


「お前にミロットを出し抜く手があるとはな」


「お父様は私を甘く見過ぎなんですよ」


「あぁ、お前を甘く見ていたようだ」


「……貴方はいつも俺のことを見てくれていない。なぜ、次期当主がトリスタンなんですか?」


「ふっなんでだと思う?」


「状況が分かっていないのか? 殺されたいのか? 答えろ」


「それが分からないから、お前等が次期当主に相応しくないのだよ。性格に難があるのもあるが。それ以上にお前……部下の名前を何人言える?」


「それが……俺が選ばれなかった理由ですか? 部下など入れ替わり、多数いるもの一々覚えることではないでしょう」


「部下すら大切にできないものに領民を任せられんよ」


「なるほど……しかし、私は生きるために貴方の意向には従わない。貴方……貴方達には死んでもらう」


「……私一人の命でどうにかならないか?」


「ならないですね。後の憂いはここですべて断ちます。正直、リリアは惜しいですが……今更私に従うか。どうか」


「そうか。そうか。そうか……あぁ、これは天罰か……」


 悲愴な表情を浮かべたルドルフが項垂れると、小さく呟いた。マーシャルは怪訝な表情を浮かべて問いかける。


「? 何の話だ?」


「……」


 ルドルフとマーシャルが話をしていると、何の前触れもなく部屋の扉がバタンっと音をたてて開く。


 開けられた扉の隙間からニールが覗きこむ。


「リリアお嬢様っ!」


 ニールは部屋の中にいたマーシャルやルドルフ、モルガンと目が合った。


「「「「……」」」」


 キョロキョロと室内を見回してリリアの不在を確認すると、すぐに顔を引っ込めて扉を閉める。


「えっと、リリアお嬢様は……居ないですね? すみません。失礼しました」


 突然に現れたニールに、マーシャルもルドルフも……更にはモルガンさえもあっけに取られていた。


 扉の向こうから、何やら会話が微かに聞こえてくる。


「おい。今」


「ん? なんですか? 残念ながら、リリアお嬢様はいませんでした」


「いや、他に誰か居たんじゃないか?」


「ん? さっきの部屋ですか? お館様が居ましたね。後はマーシャル様が居ました」


「おい!」


「どうしたんですか? ミロットさん、襟のところ掴まないでください」


「バカ、お館様を助けるぞ」


「そんなことよりも、俺は一刻も早くリリアお嬢様を探さないといけないんです」


「おーい!」


「分かりました。リリアお嬢様を助けた後なら」


「優先するのはお館様だろう」


「え? 何言っているんですか? 俺にとってはリリアお嬢様以上に優先されることはほとんどありませんよ?」


「いいから。おそらくマーシャル様が主犯。とりあえず、捕まえれば……リリアお嬢様も助かるだろう。ひいてはリリアお嬢様のためにもなる」


「本当ですか?」


「本当だ。私は今までの人生で嘘をついたことがない」


「……ちなみにマーシャル様の近くに強い気配の人が居ましたけど。誰が相手をするんですか?」


「おいおい。私は重傷で……血をずいぶんと流したからクラクラするんだが」


「あの俺はさっき十分に頑張ったと思うんです。やはり……強い気配の人との戦闘は避けてリリアお嬢様を優先した方がいいのではありませんか?」


「……いや、助けるぞ。二人でやれば早いだろう」


「はぁーリリアお嬢様はどこに」


「ほら、行くぞ」

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