第150話 報告・連絡・相談。
ニールも他の護衛と同じく雪かきに戻ろうとしたが、馬から降りたミロットに呼び止められる。
「ニール、お前は特に動きが遅いからな。もっと顔を隠した者が来たら警戒しろ」
「え? 近づいてくる途中で気配が消えてびっくりしましたが……ミロットさんだと分かっていたんで、警戒する必要性がないと判断したんですが」
ニールが首を傾げた。
ミロットは誰にも聞こえないほどの小声で「結構離れた位置で気配を消していたはずなんだがな。どれだけ広い距離の気配を読んでいるんだ? しかも、気配で個人を特定できるようになっているだと?」とブツブツと呟いた後で、ため息を吐く。
「はぁ、広範囲に気配を読める分、気が抜けてしまうのは分からなくもない。これは何度も言うよ……気配がすべてではないんだからね。過信は良くない。世の中には気配を偽る技能を持った者も居るし、生まれつき気配のない者も居るし、気配では力量の強弱を計りにくい魔法使いが居るんだから。近づく者に対して等しく警戒しないと駄目」
「……はい。心掛けます」
「難しいかも知れないけどね」
「凄く難しいですねぇ。見たモノを信じるなというのと同義。つまり、疑いは常に持てってことですよね……ところで、ミロットさんが来た方に誰かいませんでしたか?」
「いや、誰も居なかったよ」
「そうですか」
「何か気になることがあったのか?」
「んーいや、誰かついて来ている気配があるような?」
「お前な、それ……誰かに報告したの?」
「いや、報告はしていません。気のせいかも知れないんで……。それに気のせいじゃなかったとしてどうするんですか? 相当に気配消しが上手いですよ? 気配を消すと、周りの気配をより敏感に察することができる……つまり気配読みも上手いと考えるべきでしょう? そんな相手、見つけるとかできませんよ?」
「自分で勝手に判断するな、気づいたことは報告連絡相談をしろ」
「分かりました。では、どうしますか?」
「……はぁ、放っておくしかないんだろ? お前は尾行者を警戒しつつ、雪かきをしてくれ」
「はい」
ニールはミロットに指示を受けると、雪かきへと戻っていった。
ニールを見送ったミロットは一つの馬車に近付き、馬車の荷台の扉をノックする。
「失礼します。ミロットです」
馬車の荷台の中から「入れ」という言葉が聞こえてから、ミロットは馬車の荷台の中へと入っていく。
馬車の荷台の中には、リリアの父親のルドルフ、リリア、メイド長、エミリアが乗り込んでいた。
ミロットがルドルフへと視線を向けて、頷く。
リリア、メイド長、エミリアの三人は腰を上げて、馬車の荷台から出ていこうとする。ただ、ルドルフが静止するように声を掛けた。
「外の空気を吸いたい……私が出よう」
ミロットとルドルフが馬車の荷台から出て……少し離れた場所まで移動した。
「お館様、あまり気を落とさず……メリッサお嬢様の件は」
「分かっている。しかし、気力が戻らん……夜はうなされて眠れない」
「……」
「当主の座を三男のトリスタンに譲ろうと、思う」
「!?」
「ミロットもそのつもりで動き」
「トリスタン様はやる気ないですが、聡明ですからね。使用人達の人気も高い。ただ……」
「あぁ、長男ビルヘルムと次男マーシャルとその二人に付いている家臣連中の調整をする。あとで出すリストの家臣に接触してくれ」
「分かりました……それから長男のビルヘルム様と次男のマーシャル様の動きを注視するようにしますよう。人員配置を見直します」
「頼む。それで報告を聞こう」
「まず、ナイトメアによるアイカシア王国の王族襲撃に関わった者達を事故に装って大量死させたので、怪しみ嗅ぎまわる者が居ました。おそらくはエービス侯爵の手の者かと」
「エービス侯爵ならば察してくれるだろうが。弱みを見せたくない。……外に漏らすなよ。絶対だ」
「はい。それで……これを私が王都の屋敷をでる時に届いていたものです」
ミロットがサイドバッグの中から、手紙を大量に取り出してルドルフへと渡した。その手紙を受け取るや、ルドルフは顔を顰める。
「これは」
「差出人の貴族を見る限り、おそらくリリア様へのパーティーの誘いかと。今、貴族内でリリア様の美貌が……アイカシア王国の王子様に求婚されたことと合わせて広まっているようです」
「公爵から男爵まで……断れんものあるだろうな」
「ええ。それで……これはあくまで噂なのですが、クリムゾン王国の第二王子がリリア様に興味を持たれたとか」
「は? 何を言っているんだ?」
「あくまで噂です。時間がなく真意は調べられていません。ただ、噂として片付けるには……」
「……噂の件は置いておく。それしかない。今は家の問題を片付けるので手一杯だ」
「そうですね。……っと」
ミロットが何者かが近づいてくるのを感じ取り、警戒するように視線を向けた。すると、雪かきしていた護衛の一人が近づいて来た。
「すみません。失礼しました」
護衛が申し訳なさそうに、ペコリと頭を下げた。
ルドルフは護衛に視線を向けて、問いかける。
「どうした?」
「いえ、雪の除去が終わりました」
「そうか。行くか……ミロット、今日の宿泊地の村に入ってから。続きを話そう」
ルドルフは馬車の荷台へと向かい歩き出した。ミロットと護衛もルドルフに続く。
ニール達が乗る馬車は宿泊地の村へと向かって走り出した。
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