第149話 雪かき。

 ニール達がウィンズ子爵領へと向かい始め、二日目。


 薄暗く厚い雲に空が覆われていて分かりにくいが、昼過ぎた辺りの時間。


 雲から雪がシンシンと降り……地面に薄く積る中をニール達が乗っている馬車が走っていた。


 執事見習いの服に厚手の上着を着こんだ格好のニールがポツリと呟く。


「雪か、通りで寒い訳だ……」


「この辺りは……雪はめったに降らないはずなんだが」


 シャロンが渋い表情を浮かべた。


「へぇー」


「拙いかも知れないな」


「え? どうしました」


「いや、この先……山道になるんだ」


 シャロンが言わんとしていることを察したニールは渋い表情を浮かべる。


「俺は戦いで神様に祈ったことはありませんが……今は神様に祈りたい気分ですね」


「残念だな。この世に神などいない」


「まぁ、そうかも知れませんが……山道は拙いのでは?」


「山と言っても丘くらいの高さで、整備されていて……そこまで険しい道ではないんだが」


「それでも、山道に雪……引き返すということも?」


 シャロンは腕を組んで考える仕草を見せる。


「引き返すにしてもなぁ。ずいぶん、進んでいる……山道を行った先にある村に向かった方がいいとも思える」


「なるほど……すぐ先に村があるんですね」


 ニールとシャロンとがそんな会話をしてから一時間が経った頃、進んでいた馬車がギーッと木の軋むような音を響かせて止まった。


 眠気に襲われて、うつらうつらしていたニールがビクンと体を震わせる。


「んあ? 馬車が止まりましたね」


「ニール、降りるぞ」


「え?」


「雪かきだ」


「……」


 意識がボーっとしているニールは、シャロンに促される形で馬車から降りた。


 馬車は山道を進んでいて……。


 馬車から一歩外に出ると、ブルリと体を震わせるほどに寒く……雪が降り、地面には七センチほどの層ができていて、靴がキュッと音を立てて少し沈んだ。


「空気が張り詰めている」


「ほら、スコップ……」


 シャロンが常備されていたと思われるスコップをニールへと手渡した。


 ニールにとってはずっしりと重いスコップを受け取って、ため息を吐いた。そのため息は白くなって……空へ消えていった。


「はぁー本当に山道登るんですかねぇ」


「登る判断をしたんだろう。先頭の馬車に行くぞ」


「はぁーい」


 先に行くシャロンに、ニールは渋々と言った様子で続き、一団の一番前の馬車に向かうのであった。


 一番前に行くと、小さな雪崩が起きたのだろう、雪が山道を塞いでいた。


 シャロンはスコップを雪に突き刺して、呟く。


「ふう……もう少しで宿泊地である村だというのに」


「え、そうなんですか」


「ほら、あそこに見えるだろう」


 シャロンが指さした方には、村の建物が微かに見ることができた。


「ほんとだ……ここを抜けたらいいんですね。最悪、遭難することはないのか」


「一応な」


「つまり、暖かいベッドで早く寝たいなら……早く雪を退かしたいところですか」


「そういうことだ」


 ニールやシャロン、護衛を務める者達はスコップを持って除雪を開始するのであった。




 三十分後。


 サク……サク……。


 スコップで雪かきする音のみが辺りに響いていた。


 ニール達による除雪はまだ続いていたのだ。


「雪かきは大変だ。明日、筋肉痛で手が上がらないかもなぁ……ん?」


 不意にニールがスコップを止めた。


 ニールがスコップを止めたことに、隣で雪かきをしていたシャロンが気づいて問いかける。


「どうした?」


「まだ付いてきている? 気のせい?」


「ん? 何の話だ?」


「いや……ミロットさんがこちらに向かっていますよ」


「ん? そうか?」


 ニールの言葉のすぐ後に、馬に乗った顔を隠すほどのカッパを着ていた人が近づいていた。


 周りの護衛達は警戒して、動かしていたスコップを止めて……馬車を守るように陣形を組み始めた。


 カッパを着ていた人は護衛達の前で馬を止めた。カッパのフード部分をバッと上げ……顔を出したミロットが声を上げた。


「動きが遅いよ。まったく……ブローリーが予選会の準備でいないとはいえ」


「「「「!?」」」」


 ミロットのお説教が一言二言続いて護衛達はガッグリと肩を落として雪かきに戻っていった。

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