第148話 反省?

 日長亭の中に入ると、席に案内されてリリア、リリアとテーブルを挟んで対面する形でニールとシャロンが並んで座った。


 料理の注文を終えた後、ニールは横に座るシャロンへと話しかける。


「シャロンさん、元気出してくださいよ」


「私は反省しているんだ。飲み会の件……悪かったな」


「はい、許しましょう。ちなみに、ここでお酒買いません?」


「……」


「ん?」


「……ちょ、ちょっとだけだ。夜に飲むためのな。夜に酒がないとよく眠れんからな」


「それは、それで……大丈夫なんですか? 病気では?」


「そんな訳ないだろう」


「実は医者に酒を止められていたりしていませんか?」


「そ、そんなことはないぞ。ちょっと控えた方がいいと言われているくらいだ」


「え、それって……「待って。それも私、聞いてないわよ? お医者様にお酒を止められているの?」


 ニールの言葉を遮るようにリリアが身を乗りだした。


「いや、止められていませんよ。控えた方がいいと言われているだけで」


「それって同義じゃないの?」


「同義ではありませんよ。そ、それに昔に比べたら飲む量は減っているので」


「……本当に? さっき、ニールに……キスをしようとしたのは忘れていたんでしょう? じゃあ、どれだけ飲んでいるか分かる訳ないじゃない?」


「そ、それは……飲みに行く回数を減らしたという意味で」


「ふう。シャロン? 本当に体を大切にしてよ?」


 リリアがシャロンの手を取った。


「はい……気を付けます」


「お酒は一日一杯までにすることは可能?」


「……大きなコップを買えば何とか」


 シャロンが少しの間の後で、視線を漂わせながら口を開いた。


 対して、リリアはシャロンの手をキュッと強く握って声を上げる。


「そういうことじゃないのだけどっ!」


 リリアとシャロンとがそんなやり取りをしていると、ニールが口元に手を当てて笑い出す。


「ふふ」


「ニール、笑い事ではないのだけどね。……ところで、ニールにも聞かないといけないことがあるわ」


「え、何かありましたか?」


「ニールはシャロンと……その……アレ……」


 リリアが視線をきょろきょろと漂わせて、何やら言い難そうにしていた。少しの間の後で、意を決したように続ける。


「キ、キスはしたの?」


「え?」


「だ、だって、言っていたじゃない」


「まぁ、力ではまったく勝てませんからね。飲み会に集まった全員から頬にキスをされたところで……何とか逃げましたが」


「むう」


 リリアが不満を表すように頬を大きく膨らませて、シャロンを睨みつけた。シャロンは視線を逸らす。


「リリア様、料理が来たようですよ」


「むーう。まぁ、この件は後にしましょう」


 ジューッと肉が焼ける音を響く。


 音の方へ視線を向けると、給仕のおばさんが料理を運んできた。


「はいよ。お持ち」


 給仕のおばさんは料理の乗った鉄板をニール達の前に運んでくる。


 ニールの目の前に置かれたのは……鉄板の上には薄く輪切りに切られたオレンジが何枚も乗せられ……そのオレンジに埋もれるように牛の肉が焼かれているという、オレンジステーキなる大胆な料理であった。


 オレンジステーキの他に固いパンとスープが運ばれてきた。


 輪切りのオレンジが肉の上に乗せられている見た目の印象は凄まじく、ニールは目を軽く見開く。


「これは凄い見た目。しかし、これはどうやって食べれば?」


「ふふ、これはね。まず、このハーブソースを回しかけるの。それで、そのまま食べてもいいけど。お肉をオレンジの輪切りで挟んで食べても、オレンジの酸味がお肉を食べやすくしてくれるわよ」


「へぇー輪切りを挟んで……とりあえず食べてみます」


 ニールは使い古されているナイフとフォークを手に取ると、オレンジステーキと向き合う。


 凄い見た目の料理だな。


 こんな料理……初めてみた。


 ステーキなのに、ほのかにオレンジの匂いがすると言う違和感があるな。


 どうしようかな? そう、とりあえず、ハーブソースをかけてみようか。


 ニールは思い出したように、机の上に置かれた瓶を手に取って、オレンジステーキに回しかける。すると、鉄板から白い蒸気が上がって、焼ける音が小さくなる。


 オレンジの香りと共に、肉の香り、ハーブの香りが料理全体から香ってくる。


 その美味しそうな匂いに、ニールはゴクリと喉を鳴らした。


「まずは、そのまま食べてみよう」


 ニールは一旦ナイフとフォークでステーキの上の乗せられたオレンジの輪切りを退かし、ステーキを一口大に切り、食べる。


 ステーキは……まず塩ベースで作られたハーブソースとオレンジの果汁が口全体に広がり。ステーキを噛みしめると柔らかい肉質ながら弾力があり、ステーキの肉汁があふれ出てくる。


 ソースとステーキの肉汁が合わさって、なんとも美味で、さっぱりとしたオレンジの果汁のおかげで肉のくどさはなく、食べやすかった。


「美味しい。ソースもさっぱりして美味しいけどこの肉も柔らかくて……美味しい」


「あぁ、昔聞いた話だと、この辺りの牛はオレンジの皮を食べさせているんだと。だから肉質が柔らかくなるらしい」


 ニールの呟きに対して、同じくオレンジステーキを食べていたシャロンが答えた。


「へぇーオレンジの皮を食べさせると、牛の肉が柔らかくなるんですね」


 ニールはステーキを一口大に切ると、今度はオレンジの輪切りと一緒にフォークで突き刺して口の中に入れる。


 ステーキのおいしさは変わらないものの、オレンジの輪切りを挟んだことで触感とオレンジの酸味と甘みが強く感じられた。


「これはこれで美味しい」


「ふふ、でしょ?」


 リリアは、オレンジステーキを美味しそうに頬張るニールを見ながらほほ笑んでいた。


「美味しいですね」


「それは良かった。ソースをパンに付けても美味しいわよ」


「本当ですか」


「ふふ、いっぱい食べてね」


 オレンジステーキを食べ終えたところで、馬車の出発時間となった。ニール達は再び馬車に乗り込んでウィンズ子爵領へ向かうのであった。

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