第100話 魔物の領域。

 ニール達は王都タマールを出て、一日経ってウエートの森にたどり着いていた。


「うわーうわーここが魔物の領域か……」


 ウエートの森の中を覗きこみながら、ニールはなんとも微妙そうな表情で声を漏らした。


 ニールの隣に立ったシャロンが問いかける。


「何か気配を感じるか?」


「そうですね。これが魔物気配なんですかね? っ!」


 ニールは何かを感じ取ったのか目を見開いた。


「どうした?」


 シャロンの問いかけに、ニールは苦笑を浮かべる。そして、ウエートの森の奥……方角的には南……少し上の方を指さす。


「いや……かなり奥の方に一つ。驚いちゃうような気配がありますね。出会ったら、命を諦めるレベルです」


 ニールの呟きに対して、シャロンではなくボニーズがニールの背後から抱き着きながら答える。


「にしし、それは主かな? ここはこのウエートの森の主はジャイアント・グロリーコングっていう魔物で……手が六本あるでっかいゴリラがなんだよ?」


「そうなんだ」


「けど、よく気づくね。ジャイアント・グロリーコングはウエートの森の奥にある山をなわばりにしているの……方角的にドンピシャ」


「……これだけ強い気配だとボンヤリとね」


「ふーん。惜しいな。本当に冒険者休業しちゃうの? 気配読めたら魔物とか居場所が分かって狩り放題じゃん?」


「誘ってくれるのはうれしいけど。俺は荒事があまり好きじゃないし、貧弱だからね」


「好きじゃないって……けどけど、今日の朝やったリーダーとの模擬戦で勝ってたじゃん」


「アレは運がよかったのもあるし。俺の戦い方は言わば初見殺し。強い人に対して次に戦ったら勝てるか分からない。それに本気で戦えるのは十分くらいで……そこから先は体力が切れちゃう。……そもそも、今回は特別なだけで、俺は本来リリアお嬢様の世話係だから、七日に一度しか冒険者やれない。日帰りできる魔物の領域はないよね?」


「そっか、残念だぁ」


 残念だなぁと言いつつボニーズは体を押し付けるようにニールを抱きしめる力を強めた。


 ニールがボニーズの女性らしい柔らかい感触に反応するより前にシャロンがニールとボニーズを引きはがす。


「いい加減離れろ」


「シャロン、私の恋路の邪魔をしないでよぉ」


「バカ。何回も言っているだろう。ニールはお嬢様のお気に入りだ。手を出すな」


「えぇー」


「私がお嬢様に怒られるんだ」


「ぶうー分かった。じゃシャロンがいない時にするよぉ」


「私がいない時もダメだ」


 ニールをカヤの外に置いてシャロンとボニーズが言い争っていると、ブリトニーとアグネーゼとが連れ立ってやってくる。


 言い争っているシャロンとボニーズを目にしたブリトニーが呆れた様子で口を開く。


「何、バカな言い争いをしているんだ。さっさと行くぞ」


 ニール達はウエートの森の中へと入っていくのだった。




 ウエートの森に入って四時間。


 ウエートの森は強い魔物が点在するものの、なわばりがある程度決まっている。


 そのため、強い魔物のなわばりの位置さえ把握していれば比較的中級の冒険者が挑むことのできる魔物の領域であった。


 ただ、ココの実が実ったこと状況は異なっていた。


 ココの実の甘い香りはその強い魔物達を狂暴化させて、なわばりがあいまいになっていた。


 ニール達はブリトニー、シャロン、体力がないということで馬に乗せられたニール、ボニーズ、アグネーゼの順で隊列を組んで森の中を歩いていた。


 ニールは進行方向へ視線を向けて、目を細めた。そして、前を歩くブリトニーへと声を掛ける。


「ブリトニーさん、こっちの道が近道なのかな?」


「そうだが……何かあったか?」


「少し行ったところに……それほど強くないかもだけど魔物の気配が三つある。迂回する?」


「それほど強くないとは先ほどのゴブリンと同じくらいか?」


「うーん、同じくらい。魔物種類までは分からないけど」


「ならば……迂回も面倒だ。戦い抜ける」


 ブリトニーは背負っていた大剣を抜いて構えた。それに合わせてシャロン、ボニーズ、アグネーゼの三人がそれぞれ武器を構えた。


 ニールは馬から静かに降りる。


「まだ、少し先なんだけどね」


「不意をつく……静かに近づくぞ」


 ブリトニーを先頭に魔物へと向かって物音を立てずに進んでいく。


 少し行ったところで三体のゴブリンが芋虫の魔物を倒していた。


 ニール達は馬を隠し、ゴブリン達へと静かに近づいていく。草むらの中に入ってゴブリン達の様子を窺う。


「アグネーゼ、けん制」


 ブリトニーの合図で、アグネーゼは草むらから少し体を出して弓を構えた。矢の三本を手に持ち、弓の弦をギリギリと引いていく。


「っ!」


 アグネーゼが三本の矢を離す。ヒュンッと風を切る音が響き、矢がゴブリン達に向かって飛んでいく。


 三本の矢はそれぞれ真ん中のゴブリンの左目、左のゴブリンの右肩、右のゴブリンの左の手の平に突き刺さった。


 アグネーゼの矢が突き刺さり、ゴブリン達の悲鳴が上がる。


「「「ぎゃ」」」


 ゴブリン達の悲鳴と同時にブリトニーとシャロン、ボニーズが草むらから飛び出てゴブリンへと向かっていく。


 ブリトニー、シャロン、ボニーズを見送ったところでニールが草むらからひょこっと顔を出す。


「うお、皆さん早い。俺の出番はないな」


 ニールの隣にいたアグネーゼが構えていた弓を下した。そして、癖になっているのか周囲警戒のためかきょろきょろと周りを確認し始める。


「何、言っている。ニールのおかげでこんな楽に魔物を倒せている。それに何より魔物との遭遇回数が格段に少なくていい」


「まぁ、不意打ちができる魔物には有効だね。人間にも気配を消すことができる人がいるんだから、魔物だっているかも? あと遮蔽物の多い森の中だと不安定だね」


「そっか、やっぱり警戒は必要なんだ」


「うん」


「多分、私よりも役に立っている」


「そんなこと、さっきの弓はすごかったよ? 三本の矢をそれぞれゴブリンに当てちゃうなんて」


「そ、そうかな?」


「弓の使い方を教えて欲しいところだよ。俺、超近距離の戦闘手段しか持ってないから」


「いいよ。教える」


「え、本当? けどA級冒険者パーティーなら忙しいんじゃ? なんか悪いな」


「気にしないで良い」


「まぁ、俺とアグネーゼの休息日があったらだけど……いや、商売を始めたから……次に休めるのはいつになるか……」


「ふふ、ニールは私よりも忙しい?」


「……そうかも」


「じゃ、今日の休憩時間に基礎を教える」


「本当? それはうれしいな……っ!」


 ニールが何かに気付いて視線を前に向けると、ボニーズが不服そうな表情を浮かべて立っている。


「あのー私達が頑張っている時になにイチャイチャしているのぉ」


 ニールとアグネーゼがしゃべっている間にブリトニー、シャロン、ボニーズの三人がゴブリン達を切り倒していたようだ。


「ご、ごめん」


「私もニールともっとイチャイチャするぅ……うぐ」


 ボニーズは勢いよくニールに抱き着こうとした。ただ、残念ながら……それはいつの間にかボニーズの後ろに立っていたシャロンによって阻まれる。


「バカやってないで、先を急ぐぞ」

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