第99話 ローズミラー。



 王都タマールを囲む城壁には東西南北にそれぞれ大きな門がある。


 シャロンとニールが乗っている馬が王都タマールの西大通りを走り抜けると西門へとたどり着く。


 その西門を抜けたところでシャロンは三人の女性が集まっているのを見つけると、近づき馬を止める。


「少し遅れた」


「いや、時間通りだろう」


 三人の女性の中で、目つきの鋭い女性が首を横にふって答えた。


 女性は見つめられたら男でも尻込みであろう鋭い目つき、スッと高い鼻……何よりも印象的なのがおでこから左頬にかけて大きな傷跡を始め、彼女を体のいたるところに傷跡が見て取れ歴戦の戦士……いや、歴戦の冒険者であることが分かった。


 スラっとしたスレンダーの体つきの女性である。


 ただ、スレンダーな体つきの女性が扱うには不釣り合いに見える身の丈ほどある大剣を背負っていた。


「急ごうよ。ベレッタのヤツが死んじゃう」


 三人の女性の中で茶色い長い髪をお団子髪型にした女性が進み出て、口を開いた。


 お団子髪の女性は愛らしい顔立ちで大きくクリクリした瞳。小柄で可愛らしい女の子。


 ただ身に付けている小さな傷がある冒険者服、腰に吊るしているエイピアと片手剣が何ともミスマッチだが……彼女が冒険者であることが分かった。


「うん。リーダー、急ごう」


 三人の女性の中で一番後ろに控えていた黒に近い茶色の髪を長く背に付くくらいまで伸ばした女性がお団子髪の女性に肯定するように頷いた。


 長髪の女性はキレイ系の顔立ち、それでも冷たいといった感じはなく。細目で優し気な雰囲気のある女性であった。


 長身でスレンダーな体つきであった。


 彼女の装備としては背中に弓矢を背負い、おそらく予備武器としてナイフを冒険者服のいたるところに仕舞われていた。


「そうだな。馬を走らせながらしゃべろ……いや、待て」


 リーダーと呼ばれた女性は、先を急ごうとするお団子髪の女性と長髪の女性の二人を止めた。


 シャロンの後ろで寝こけているニールへ視線を送ると、目を細めて続ける。


「シャロン……まさか、その後ろの子供を連れていくんじゃないだろうな?」


「あぁ連れていく。私の弟子だ」


「バカな。新たに得た情報ではオーガの群れだと聞いている。危険だ」


「それは聞いた。ただ、ウエートの森を広範囲で捜索するのにはコイツの力が必要だ。コイツの気配読みだけは私の師匠をしのぐほどだから」


「お前の師匠は……ミロットさんが? 本当か?」


「私の師匠本人が言っているんだからそうなんだろう」


「信じられないな」


「ふん、ブリトニー、不満があるなら後で試してみると良い。言っておくが……くれぐれも負けないようにな」


 シャロンがニールをバカにされたことにか、それとも話を信じてもらいなかったことに対してか、不満げに鼻を鳴らした。


 対して、リーダーと呼ばれた女性……ブリトニーはバカにしたように鼻で笑う。


「ふん、私がそんな子供に負けるだって? ありえねぇ」


 シャロンとリーダーと呼ばれた女性……ブリトニーが少し険悪な雰囲気で話していた。


 その横で、ニールのことが気になったのだろうお団子髪の女性がニールの顔を覗きこんだ。


「ん? この子、ニール君じゃん? アグアグ、そうだよね?」


「ボニーズ、何度も言うが、私はアグネーゼだ。……む? 本当だな」


 お団子髪の女性……ボニーズに手招きされて、長髪の女性……アグネーゼもニールの顔を覗き込んだ。


「にしし、寝顔可愛い」


「……本当だな」


「女性冒険者に大人気の男の子が……食べちゃって良いかな?」


「なな、何を言っているんだ」


 ボニーズはじゅるりと口舐めずりした。対してアグネーゼは顔を赤くしていた。


 ボニーズとアグネーゼとの会話を耳にしたシャロンが険しい表情を浮かべながら忠告する。


「お前らな、絶対手を出すなよ?」


「なになに? シャロンの男なの? 弟子って言っていたけど。こんな可愛い弟子を食べちゃったの? 男にはまったく興味なさそうにしていたのに……」


「……詳しく話を聞きたい」


 シャロンの忠告空しく、ボニーズとアグネーゼは興味津々と言った表情を浮かべていた。


 そんな二人に対してシャロンは頭を抱えて小さくため息を漏らす。


「はぁ……」


「なんだ。そのガキ……ニールと言ったか? ニールは冒険者なのか?」


 ブリトニーがシャロンへと問いかけた。すると、シャロンではなく、ボニーズが驚きの声を上げる。


「え、リーダー知らないの? ギルドで今一番話題に上がっている冒険者じゃない。十五人の冒険者達がニール君を囲んで可愛がりしようとしたら、逆に返り討ちにされて冒険者ギルドを追放された」


「?! その噂は聞いたが、助太刀する者がいたと聞いたぞ?」


「私も噂で聞いたに過ぎないから……真偽は分からないけど。シャロンの言っていたことが本当なら噂もまんざら嘘ではないのかも知れないわね」


「……」


 ボニーズの言葉を耳にしてブリトニーは黙った。


 冒険者の間で噂されていることをシャロンが知る訳もなかった。シャロンは驚きの表情を浮かべて呟く。


「こいつ……そんなことをしていたのか?」


「え? シャロンも知らなかったの?」


 シャロンの呟きが聞こえてきたアグネーゼが問いかけた。


「……雑用系のクエストを受けているとしか聞いて言っていないな」


「シャロンは子爵家令嬢の護衛だったはず……じゃニール君も?」


「あぁ。そうだ。子爵家令嬢の世話係で私の部下に当たる」


「じゃ、冒険者は?」


 シャロンは顎に手を当てて思い出すようにアグネーゼの問いに答える。


「冒険者は休息日にやっていたな。ここ最近は図書館に籠ることが多かったみたいだが」


「すごい」


「うげーそれ大変じゃん」


 アグネーゼでは関心したようにニールへと視線を送り、ボニーズがげんなりした表情を浮かべた。


「まぁ、程よく休んでいたようだが」


「ふーん、冒険者を片手間でやっているんだ。噂がと可愛がりの原因はずいぶんと稼いでいたから……これは唾を付けておいた方がいいかな?」


 ボニーズは思惑ありげな笑みを浮かべて、ニールへ視線を向けた。


「バカ、ニールはリリアお嬢様のお気に入りだ。変な女に手を出させたら私が怒られるだろう」


「ひーどい。私も変な女枠なの?」


「どう考えてもそうだろうに」


「むーう」


「無駄口はこのくらいで……私達は急いでいるんだからな。聞きたいことは馬を走らせながらにするぞ」


 ニールを乗せたシャロン、ローズミラーの三人はウエートの森へと馬を向けて走らせたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る