第98話 起こされる。

 ここはリリアの屋敷に帰ったニールは自室。


「ふぁー疲れたなぁ」


 ニールはクッションの上に座りながら、大きな欠伸をした。


 目の前のローテーブルには少し膨らんだ巾着袋と水が注がれた木のコップが置かれていた。


 巾着袋の中に手を突っ込んで、丸い何かが茶色い紙に包まれたモノを五つほど取り出す。


「これが……本当の強化薬か?」


 ニールは丸い何かが茶色い紙に包まれたモノの中から一つをつまみ上げた。


 んー効き目を確認しておくかな?


 しかし、高かったから一つしか買っていない。効き目を確認するのに使うと……もう無くなってしまう。


 魔法薬……あんな副作用があるとは。


 俺にとって切り札……効き目の確認は必要か。


 まぁ、強化薬や兵糧薬は次の日に何もない日に俺が試せばいいが……。


 いやいや、待って? 俺、次の日に何もない日なんてなくない?


 ま、まぁどうにかするとしてもだ。


 痺れ薬などの殺傷系の薬はどうするかな?


 どうやって効き目を確認するかね?


 金縛り薬の……あの効き目を見てしまうと、俺は自分の体で痺れ薬の効き目を確認するのは嫌だ。かと言って……野良の動物で試すというのも気が引けるし。


 んー喧嘩の仲裁に使うのも何か違う気がする。んー……。


「ふぁー」


 考えを巡らせていたニールであったが、大きく欠伸を漏らす。うとうとした様子で船をこいで……気を失うように眠った。




「ニール。おい。ニール。起きてくれ」


 シャロンに体を揺らされ、ニールはうっすら目を開ける。ただ、まだ意識がはっきりしない状態で口を開く。


「うあん? シャロンさん……? にゃむにゃむ」


「おい。起きてくれ」


「んー……なんですかぁ? ふぁー」


「お前に頼みことがあるんだ」


「頼みたいことぉ? シャロンさんが?」


「あぁ、その前に起きているのか。ニール?」


 シャロンの懸念通り、ニールはいまだトロンと気の抜けた表情を浮かべている。


「んー何とかぁ」


「おい。起きてくれ」


「起きていますよぉ。なんですか?」


「私の飲み仲間が衛兵に居るんだ」


「……衛兵に?」


 衛兵と言葉を耳にしたニールは寝起きでぼやけていた意識が徐々に覚醒していった。


「その飲み仲間が、上の無知な命令でウエートの森に任務で入っていた。聞いた話では今大量の魔物に囲まれているいという話なんだ。私は何とか助けたい」


「……その話は冒険者ギルドで聞きました。囲んでいる魔物はオーガの群れだとか」


「オーガの群れだと!?」


「ええ、確か場所はウエートの森の荒野の奥辺りと言っていたような?」


「ウエートの森の荒野か……だいぶ奥の方だな」


「冒険者ギルドで聞いた情報は以上です。にゃむにゃむ。んー」


「寝るな。本題はここから。お前の力を借りたいんだ。私と一緒にウエートの森に来て欲しい」


「ん……ん? んん? えええ? 俺も? 俺も行くんですか? シャロンさんが一番分かっていますよね? 俺、貧弱ですよ? 魔物の領地でなんの役に立つんですか?」


「確かにお前は十分くらいしか戦えない貧弱だ。しかし、お前は気配が読める稀有な才能を持っている。それは魔物の領域では役に立つんだ」


「ふー……ん。世話になっているシャロンさんの頼みです。いいですが……その、できるのは気配による道案内くらいだと思いますよ? それ以外、役に立たないと思いますよ? 多分、荷物持ちにもならないかも……」


「それを頼みたいんだ」


「他のメンバーはいるんですよね?」


「もちろんだろう。また別の飲み仲間の冒険者パーティーに入れてもらう話はついている」


「シャロンさんの知り合いは飲み仲間ばかりですか? シャロンさんは禁酒した方がいいですよ?」


「うるさい。それでパーティー名は『ローズミラー』だったかな? 五人メンバーのA級冒険者パーティー……ただ今は二人欠員があったんだ」


「なるほど、ちょうどよかったと……じゃ。リリアお嬢様に許可を取りますか」


「リリアお嬢様の許可ならもう取ってある」


「そうですか。よっと、なら早く仕度しないとですね」


 ニールは重い体を起こして、立ち上がった。それから、素早く装備を整えるとニールとシャロンはリリアの屋敷を後にした。


 ここは王都タマールの西大通り。


 夕暮れ時の時間帯で……馬車の通り道も馬車が行き交って込み合っていた。


 ただ、その馬車を縫うようにシャロンが走らせる馬が走っていく。


「今日は一日が長いなぁ」


 馬を走らせるシャロンにしがみ付いて後ろにいたニールが呟いた。


「お前の出番はもう少し先だ。寝ていろよ」


「俺がいくら寝るのが得意でも、こんな体を揺さぶられる状況ではなかなか寝れんて!」


「がんばれ」


「がんばれって言われても……まぁ、そのうち眠れるか」


 ニールはシャロンにしがみ付きながら、流れる街の風景へと視線を送る。


 ぶるぶる震えるダイエットマシーンの上で、眠ることができるのか。


 しかし、俺が魔物の領域であるウエートの森へ行くことになるとは思わなかったな。


 オーガ。


 一体を狩るのにB級冒険者のパーティーが必要になるとジェシカさんは言っていた。


 しかも、群れ……数は不明。


 群れがいる場合はA級冒険者のパーティーが二つ?


 もちろん、A級冒険者のパーティーの中にもさまざまいるだろうが……。冒険者ギルドではトップクラスの実力者のパーティーである。そんな、トップクラスの冒険者パーティーが二つも必要……。


 オーガに襲われている冒険者と衛兵のメンツは不明ながら……冒険者ギルドに救援の知らせを送るくらいだ。


 あからさまな、死地であることは想像するのに難しくない。


 俺達が向かったところで冒険者や衛兵を助けられることは可能なのか?


 ……いや、俺が助けられないかもと考えて、勝手に絶望するのをやめよう。


 俺がウエートの森へ行って冒険者や衛兵を助けに行くのは世話になっているシャロンさんの頼みだからだ。


 それ以上でも以下でもないよな。


「ふぁふぁ……にゃむにゃむ」


 考えを巡らせていたニールであったが大きく欠伸をする。疲れがドッと襲ってきたのか……意識を手放すのだった。



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