第97話 冒険者ギルド。
「そういや聞いたか? ウエートの森に衛兵の部隊が二隊も入ったそうだぞ?」
「ウエートの森? ……もしかして、今年実ったココの実が狙いか?」
「それしかないだろう。この国はどこも財政難……ココの実が稼ぎになると出張ったんだろう」
「普段、魔物の領域で狩りをしてない奴らが出張ったところで成果なんて……しかし衛兵の部隊が二隊って……どのくらいの人数だ? 三十? 五十?」
「二百だそうだ」
「にひゃく……バカな。ウエートの森の魔物を刺激しちまうだろうが……ただでさえココの実の香りには魔物には凶暴化させる効果があるのに痛い目を見るぞ?」
「面倒事に巻き込まれないため、ウエートの森には近づかない方がいいな」
「……そうだな。ただ、さらなる面倒事に巻き込まれなきゃいいが」
これは前に噂になっていた。
では、この甘い香りは……ココの実というヤツか?
それにしても、本当に衛兵を魔物の領域に送ったのか。
いや、魔物相手とは言え実戦経験を積める……魔法使い頼りで弱いと聞く王都の衛兵の戦力向上が望めるのかな?
バカ。それでは多くが死んじゃうだろう。
軍略チェスをやるようになって、いろいろ勉強してみた結果か……思考に偏りができてしまっているのかな?
「そういや、街中で賊「次の人ー」
ニールが周りの冒険者の噂話を聞いていると、受付カウンターの列が無くなって……声を掛けられた。
「あ、ニール君」
受付カウンターに座っていたジェシカがニールを呼んだ。
ジェシカに呼ばれたニールはペコリと頭を下げて、受付カウンターへと近づく。
「こんにちは。ジェシカさん」
「今日はどうしたの? なんか疲れている?」
「ちょっとね。さっきまでバザーで商売していたんだけど」
「え? そうなの? どうだった?」
ジェシカはニールが始めると言っていた商売について興味があったのだろう、受付カウンターに手を置いて身を乗り出して嬉々として問いかけた。
対するニールは微妙な表情を浮かべる。
「まぁねぇ」
「ねぇねぇ、どうだったの?」
「まぁ、客観的に見たら、うまく行ったんじゃないかな。ただ見通しは甘かったけど」
「え? よかったの? 駄目だったの?」
「んーうまく行ったんだよ。一応。なんか……お客がいっぱい来ちゃって、人手が足りなかった。つまり見通しが甘かった。次は……人員を確保するために冒険者へクエストを出そうと思うんだけど、どうかな?」
「ええ、本当なの? すごいわ」
「そうかな? けど、最初だけかも知れないし」
「そうかも知れないけど、冒険者が別の商売を始めて成功するのは限りなく少ないから……まったくニール君には驚かされてばかりよ」
ジェシカが自身を落ち着かせるように胸に手を当てた。そして、ふーっとゆっくり息を吐いて椅子に座った。
ニールは受付カウンターの上に手を置いて、問いかける。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないわよ。まったく」
「それで冒険者へのクエストを発行するにはどうしたらいいのか?」
「分かったわ。別室で説明するからちょっとロビーで待っていて」
「うん」
ジェシカの指示に従ってニールは受付カウンターを離れてロビーへと向かうのであった。
十分もしない内に受付カウンターの引き継ぎを終えたジェシカとニールとは冒険者ギルド会館内にいくつもある会議室の一室へと入って行った。
面談室と書かれてプレートが掲げられた会議室にニールとジェシカが入ってきた。
面談室には三人掛けのソファが二脚、一人掛けのソファが二脚、ローテーブル、デスクなどが置かれていた。
ニールは慣れた調子で、三人掛けのソファに座る。
「ここには入るのは俺が襲われそうになった以来かな?」
「そうね。ある意味……冒険者としては問題児ね。こんな頻繁に面談室を利用するなんて」
ジェシカは苦笑しながらローテーブルを挟んでニールの対面に置かれていた三人掛けのソファに腰かけた。
「え? そうなの?」
「そうよ。普通の冒険者は面談室なんて使わないわよ。ここを頻繁に使うのは問題児かもしくは一流の冒険者だけよ?」
「そっか……そういう観点だと俺は問題児かも知れないね」
「私としては一流の冒険者になって欲しいのだけどね」
「ハハ、雑用系のクエストしかできない俺が? いくら稼げても一流と認められることはないでしょ」
「……そうかも知れないわね。みんな、頭が固いのよね」
「まぁ、一流とか肩書に興味ないよ」
「まったく。私の読みでは、ニール君はもう少し欲張ったら一流の仲間入りできそうだけど……それは言っても仕方ないわね」
「ジェシカさんが評価してくれるのはうれしいけどね」
「じゃ、クエストの手続きをしていこう」
「そうだね」
「えっと、クエストの内容としては店の手伝いなね?」
「うん。接客全般をしてもらいたい。条件としては簡単なお金の計算と……接客系のクエストの経験者がいいな」
「条件付きか。少し割高になっちゃうわよ?」
「構わないよ。相場だと幾らくらいかかるのかな? 一人か二人。拘束時間は朝から昼過ぎまでかな」
ニールが冒険者の条件を聞いたジェシカは持ってきていた本をペラペラとめくって説明してくれる。
「……その条件の相場だと三十~四十グルドかしらね。それに二割の冒険者ギルドへの紹介料が発生するわね」
「あ、そっか。冒険者ギルドへの紹介料を抜かしていたな。けど、大体想定内かな?」
「依頼金はニール君が決めるんだけど。どうする?」
「んー四十グルドかな。最初だし」
「四十グルドね。クエストの取り合いになりそうね……」
「なるべくいい人を送ってくれると嬉しいな」
「ふふ、そうね。じゃ、クエストの依頼書を作成しましょうか」
ニールがジェシカに出された依頼書を書き始めた。
五分ほど、ニールが内容をジェシカに聞きながら依頼書を書いていると、部屋の前が騒がしくなった。
「そこは……何か外が騒がしいわね」
「本当だ」
「ちょっと待ってね」
ジェシカは、ニールとの会話をやめて扉へ近いた。そして、扉を開けて外に居た慌てた様子のギルド職員を引き留めて問いかける。
「ねぇねぇ。何かあったの?」
「あぁジェシカ……なんでも、ウエートの森の荒野の奥辺りで冒険者と衛兵がオーガの群れに囲まれていると!」
「オーガ!? 大変じゃない!」
「あぁ。だから、今から救出部隊をという話だ! 俺、急いでいるから!」
ジェシカが引き留めたギルド職員は慌てて、走り去ってしまった。
「……オーガの群れ」
ジェシカは心配そうな表情を浮かべた。
いつの間にかジェシカの隣に立っていたニールが顎に手を当てながら口を開く。
「オーガ、確か……角を生やした巨体の鬼の魔物だったかな?」
「ええ。単体ならB級冒険者パーティークラスよ」
「それが群れだとすると?」
「オーガの数にもよるけどA級冒険者パーティーが二つは欲しいわね」
「そっか。何か手伝えることがあればとは思うけど……ヘトヘトで貧弱な俺は邪魔しないようにさっさと帰ろうかな。クエストの依頼書は一通り書いたんだけど違うところはあるかな?」
ニールはジェシカの前にクエストの依頼書に出してみせた。クエストの依頼書を受け取ったジェシカは素早く目を通して頷く。
「……うん。問題ないわ。あと、ここにサインと依頼金は前金なの」
「んー分かった」
ニールはクエストの依頼書にサインをし、依頼金を支払った。
その後、救出部隊の編成で騒がしくなっていた冒険者ギルド会館のロビーを抜けて屋敷へと帰ったのだった。
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