第81話 Shall We Dance?(シャル ウィ ダンス?)




 ニール達はリリアの先導で、セントアーベル魔法学園のダンスホールにやってきていた。


 ダンスホールは煌びやかなシャンデリアが中央に鎮座していて……床は赤い絨毯が敷き詰められ……柱や壁にはいくつもの彫刻が刻まれていた。


 ダンスホールの中央では、リリアと同じくらいの年齢の男女が着飾り……楽器の演奏と共に踊っていた。


 その周囲では大量の美味しい料理や酒が並び、その料理や酒を飲み食いしながら歓談していた。


 ダンスホールにリリアが入ると、ホール内がざわつき……リリアへと注目が集まる。


「アレがウィンズ子爵家の」


「なんてお美しいのだ。ぜひともお付き合いしたい」


「あぁ、氷の魔女様だ」


「そういえば、前の競技会ではそれは美しい魔法を披露したとか?」


「私は直接目したが……息をのむほどに美しかった」


「おいおい、それだけじゃないだろう?」


「あの剣……【ファリスの氷剣】は突き刺した物を侵食するように凍らせ、脆く砕き割る。さらに大きさや形も自在に変えて……攻撃も防御も」


「実演を見た時は驚いたなぁ。魔法使いの力量の差を見せつけられた」


「けど、ブルーノが躍起になっていたな」


「例年だったら。学長賞はアイツがもらっていただろうが……」




 リリア達に続いてダンスホールに入ってきたニールは少しげんなりした表情できょろきょろと周りを見回した。


「うぷ、なんか視線が集まっているような」


「そりゃ、リリアお嬢様はこの学園内でも……一、二を争う実力者だからな。注目をあびるだろうよ」


「そうですか」


「大丈夫か? 気分が悪いか」


「ええ、何とか……戦場近くにいるよりかは」


「そうか。倒れる前に言えよ?」


「はい。早めに言います」


 ニールとシャロンがそんな話をしていると、ルドルフとリリアが歩き出したので、それに合わせて後ろに付いていく。


 ルドルフと貼り付けた笑顔を浮かべたリリアは他の父母達へと挨拶まわりをしていっていた。


 ルドルフとリリアが挨拶まわりしていると……。


「では、また」


「ええ、また」


 挨拶し終わったところで、見計らったようにリリアの横から桃色の髪の女の子が姿を現した。


「リリアお姉様~」


「きゃっ! カトレアちゃん」


 突然に姿を現した小さな女の子……カトレアがリリアに抱き着いた。


 カトレアはタレ目ながら大きなクリクリとした瞳。


 長く伸ばした少し癖のある綺麗な桃色の髪。その髪を大きなリボンでまとめていた。


 小柄で……最近少し身長が伸び始めたニールとそれほど変わらない百三十センチ後半の身長の少女であった


「へへ、お姉様」


「カトレアちゃん、ごきげんよう」


「お姉様、ごきげんようですぅ」


「相変わらずね」


 リリアが笑みを深めて、抱き着いてきたカトレアの頭を撫でる。


 突然のことに言葉を失っていたルドルフがカトレアへと視線を向けて問いかける。


「リリア、その子は知り合いか?」


「ええ、この子は飛び級で私と同級生になったカトレア・ファン・シラビルさん。シラビル男爵のご息女です。魔法の天才ですね」


「ほう、この子が……」


 ルドルフが目を細めてカトレアを見据えた。カトレアはルドルフの視線から逃れるようにリリアの背に隠れる。


「お姉様、そちらの男性はどなたですか?」


「あぁ、こちらは私のお父様よ」


「お父様!? お姉様の? そうなのですか……そ、それは失礼したのです」


 カトレアは体を小さく丸くさせながらリリアの背から顔を出した。そして、ルドルフへとペコリと頭を下げた。


「君のことはリリアから聞いているよ。これからもリリアと仲良くしてやってくれ」


「は、はいなのです」


「……そんな怖がらなく良いぞ?」


 ルドルフはビクビクと体を震わせているカトレアを目にして首を傾げた。


 リリアがカトレアの頭をなでる。


 そして、ルドルフの問いにカトレアの代わりに答える。


「お父様、カトレアちゃんは男性が苦手なんです」


「うむ、そうか……ならば仕方ないな」


「いやーうちの娘が突然すみません。ウィンズ子爵ですかな?」


 カトレアに似た桃色の髪の男性が貼り付けたような笑みを浮かべて、ルドルフへと近づいてきた。


「娘……ということはシラビル男爵かな? ちゃんとお話しするのは初めてですな」


「はい。よろしくお願いします」


 ルドルフとシラビル男爵とは挨拶すると、握手を交わした。


 ルドルフとシラビル男爵とは貼り付けた笑顔を互いに浮かべながら、腹を探るように会話を始めた。


 ルドルフとシラビル男爵とが会話をしている中で、リリアがカトレアへと視線を向ける。


「……カトレアちゃん、こういう場に出るのは珍しいわね。男の人が多くて大丈夫なの?」


「うぷ、お父様に出るように強く言われて……。嫌だったけど、お姉様が出ると聞きましたから……それに。それに」


 カトレアはちらりとニールの方へと視線を向けた。


「ん? どうしたの」


「えっと、そちらの方はお姉様がいつも話している? 聞いていた話とだいぶ違う気がするのですけど……」


「え、ええ、ニールよ。ん? 大丈夫? ニール?」


 リリアが振り返ってニールへと視線を向けると、ニールは顔を青くしていた。少しよろめきながらニールは口を開く。


「ちょっと人が」


「そうね。人が多いわよね。どこかで休んでいいわよ?」


「すみません。シャロンさんに護衛を任せて離れ……外で空気を吸ってきます」


 ニールはぺこりと頭を下げると、よろめきながらダンスホールの出入り口へ歩き出した。すると……カトレアがニールを追いかけるように走りだす。


「ちょっと……貴方、アイツよりは大丈夫そうなのです」


「ん?」


 カトレアがニールに追い付いた。そして、ニールの耳元でボソリと小さく呟く。


『Shall We Dance?』(シャル ウィ ダンス?)


 カトレアは英語で『ダンスを踊りませんか?』っと言った。


 ニールは突然のことにきょとんとした表情を浮かべて、カトレアへと視線を向けた。


「……っ」


「……」


 ニールとカトレアは短い刹那の時間の間、黙って見つめ合っていた。


 カトレアはすぐにニールから離れて、リリアのもとに戻って行った。


 カトレアの背を見送った後、少しの間をおいてニールはその場から離れて……ダンスホールを出て行ったのだった。



一話から名前だけは出ていたカトレアさん、ようやく登場させられました。_φ(・_・



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る