第80話 舞踏会へ。

 ガタンカタン。


 揺れる馬車の中にリリアとニールの二人が座っていた。ちなみにシャロンが馬車の御者として馬車を走らせている。


 今日はリリアの通っているセントアーベル魔法学園で年に一回開催される舞踏会の日である。


 リリアが淡いピンク色のドレスを着て。


 普段あまりしない化粧が施され、思わず見惚れてしまうほどの美しさに……さらに磨きがかかっていた。


 そして、リリアの隣にはニールは化粧をされメイド服を身に付け……つまり女装した状態で馬車の椅子に座っていた。


 リリアはニパッと笑みを浮かべて隣に座っているニールへと抱き着く。


「あぁ可愛すぎるわ」


「そうですか。それはどうもありがとうございます……ふう」


 ニールの表情は優れない。リリアは首を傾げて問いかける。


「どうしたの?」


「いや、この姿を知り合いに見られてしまったので……精神的にダメージを食らっていまして」


「そうなの? けど、ニールと気づいていないんじゃないかしら?」


「……そうでしょうか?」


「だって、ニールのことを教えた時のお父様の驚き顔と言ったらなかったわよ?」


「確かにリリアお嬢様が話した時には驚かれていましたね」


「ふふ、今思い出しても……ぷふふ、あんなに驚いているお父様の顔は久しぶり、最高だったわ」


 リリアはおかしそうに笑いだした。ニールは心の中で苦笑する。


 ……リリアの笑う姿を見ることができたのだ。


 それなら、恥ずかしさに負けずに女装した価値があったのかと思ってしまうから不思議である。


「ニールは女の子の方が向いているかも知れないわよ?」


「向いているってどういうことですか。俺……いや私は女性に変装することは何とか飲み込みましたが、性別まで変えるつもりは一切ありませんよ」


「そう? 惜しいわね」


「何が惜しいんですか」


「惜しいわ。ニールは貴方がどれだけ可愛いのか分かっていないわよ」


「いや、鏡でみた自分は確かに可愛いです。しかし、その可愛さ、私には必要ないのです。いくら可愛くても自分と付き合うこととかできませんし。男に可愛さは必要ないんですし」


「ニールは知らないのね? 今、可愛い男の子は女の子に大人気なのよ?」


「そうなんですか?」


「そうよ。今日は友達にいっぱい可愛いニールのことを自慢するんだから」


「? ちょ……それって俺……私が男であることを言うんですか?」


「もちろん、ちゃんとニールを紹介しなくちゃ」


「お願いです。それだけはご勘弁を。私は女装する男だとは思われたくないです」


「そっか。けど、ここまで可愛いのなら、誇るべきことだと思うけど。ニールが嫌だというなら仕方ない、ニールのことは女の子として紹介するわ」


「よろしくお願いします」


「けど……」


「何かありましたか?」


「名前……ニールという名前は男の子の名前なのよね」


「なるほど、別に名前を考えた方がいいですかね? リリアお嬢様、何か考えてもらっていいですか?」


「え、私でいいの?」


「お願いします」


「わかったわ」


「……」


「……ダメ、まったく思い浮かばないわ」


「そ、そうですか。ではどうしましょうか」


「まぁ、大丈夫よ。ニールという名前の女の子だって一応いるし」


「なら、いいのですが……いや、そもそも紹介なんてしてくれなくていいですよ?」


 ガタン……ギィ。


 ニールとリリアが話していると、馬車がゆっくりと止まった。


 馬車の窓から見えるのは、大きく堅牢そうな扉で。その扉の向こうに微かに尖がった屋根のお城にも見える建物が見える。


 どうやらセントアーベル魔法学園にたどり着いたようだ。


 すぐに扉の前で警備している兵士が馬車に近づいてくる。


 兵士達がリリアとリリアの父親であるルドルフの身分確認をしたのちに、扉を通過する許可がおりて……セントアーベル魔法学園に入っていった。




 セントアーベル魔法学園は百年を超える歴史を持つ魔法学園で、その校舎にはいくつもの彫刻が施されて、校舎の周りには美しい花々が咲き誇っていた。


「はぁーここが魔法学園ですか」


 ニールはキョロキョロと周りを見回しながらセントアーベル魔法学園の学園内を歩いていた。


 正確には前を歩くリリアとルドルフ、ルドルフの護衛……その後でシャロンと並んで歩いているんだが。


 シャロンはムッとした表情を浮かべて、ニールに近づくと小さく声をかける。


「もうちょっと真剣に護衛にあたれよ」


「あぁ、そうですね」


 シャロンに注意させたニールは納得したように頷いた。そして、鋭い視線を巡らせて続ける。


「今はこちらを監視しているような気配は……五、六ってところですが。悪意みたいなのはないですが」


「本当に……その能力は便利だな」


「だいぶ気配を感知できる範囲と精度は落ちてしまいましたが……まだ十分に護衛では便利かもしれませんね。それでどうしますか?」


「……悪意がないなら放っておけばいいだろう」


「まぁ、対処するにはちょっと多いですしね」


「そうだな……」


 頷き答えたシャロンはニールから少し離れて……ニールの姿を直視して黙った。


「……」


「……」


「ん? どうしました?」


「いや、お前はリリアお嬢様の言う通り、本当に女の方が向いているな」


「な、なんですか? いきなり」


 シャロンの言いようにニールはムッとした表情を浮かべて答えた。


「いや、なんか今回は笑えん。私よりも女っぽいとか……なんかムカつく」


「ムカつくって言われても……すごく困るんですが。逆にいいじゃないですか。シャロンさんは男っぽい感じでカッコよくて……逆に言いますがシャロンさんは男性の方が似合っているかと」


「お、お前は言っちゃいけないことを……言ったな」


 シャロンがニールの頭をガシッと掴もうとした。ただ、ニールはシャロンの手を躱していく。


「何をいきなり」


「私が気にしていることを言ったお前が悪い」


「何を? 先に言ったのはシャロンさんでしょうに」


「なんだと!?」


 ニールとシャロンとが口喧嘩を始めていた。


 ただ、それに割って入るようにニールとシャロンの前を歩いていたルドルフの護衛の一人短髪の男性が咳払いした。


「オホン。うるさいぞ。お前達」


「あ……ブローリーさん。すみません」


 短髪の男性……ブローリーに対してニールは申し訳なさそうに頭を押さえて謝った。そして、横にいたシャロンへと視線を向けて続ける。


「まったくシャロンさんの所為で怒られたではないですか」


「いや、お前の所為だろう」


「いやいや、最初に……」


 ニールとシャロンとはいつの間にか睨み合いながら再び口喧嘩始めていた。


 ただ、その口喧嘩をブローリーが今度は立ち止まってニールとシャロンをキッと鋭く睨み付ける。


「お前らな」


「「すみませんでした」」



本日も小説を読んでいただき感謝です。

少し……少しでもこの小説が面白かったなら、小説の★レビューとフォローを頂けると作者のやる気が爆上がりますので……どうかよろしくお願いします。_:(´ཀ`」 ∠):

作者より

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