第70話 五カ月。

 悠李がニールの体に転生して五カ月。


 明日、ニール達は一カ月ほど滞在したウィンズ子爵領……つまりクレッセンの街を離れることになっていた。


 その前にニールはフェンリーが作った秘密組織『バッカス』の秘密基地である廃墟の地下室へと訪れていた。


「また。俺もいつか王都に行くから。その時は会おう」


「見てろ? 俺は一流の稼げる冒険者になって見せるから」


 ストリクスとマルタナが別れを惜しむようにニールを握手した。ただ、当のニールは苦笑しながら答える。


「いや。冬になったら、また来るから」


 最後に少し涙ぐんだフェンリーが軍略チェスの駒や盤が入った箱をニールへと突き出す。


「お、お前はまだ俺より全然弱いからな。これで練習しろよ」


「も貰えないよ。フェンリーはどうするんだよ」


「俺はもう一個持ってるから……やるよ」


「……ありがたく貰うよ。練習してくる」


 押し付けられた箱を受け取ったニールがフェンリーの手を握って握手した。すると、フェンリーはそっぽを向く。


「ちょっとは強くなって来いよ」


 ニールは惜しまれながらフェンリー達と別れることに。


 そして、翌日……来た時と同じように馬車に揺られながら王都マタールへと戻ることになるのであった。




 翌日。


「……」


 馬車に乗っていたニールが馬車の窓から小さくなっていくクレッセンの街を眺めていた。


 そのニールの横顔はどこか寂し気であった。


 隣に座っていたシャロンは声を掛けることなく黙っていた。


 クレッセンの街が完全に見えなくなったところで、ニールは馬車の座席に座り直す。


 そして、ゆっくりと口を開く。


「シャロンさんは軍略チェスをやったことはありますか?」


「あるが。私には向いてなかった」


「そうですか。誰か強い人は居ませんかね?」


「アーレスパーティーの時に本陣のテントにいた連中は軍略チェスを嗜んでいるだろうが……お前と関りがありそうなのだと……ミロット隊にいるパンドラと……ミネルヴァのヤツもそれなりにやると聞いたな」


「パンドラさんとミネルヴァさんが……パンドラさんと会う機会は少ないかも知れませんが王都のお屋敷に戻ったらミネルヴァさんに話を聞いてみよう」


「しかしどうしたんだ? 突然……軍略チェスなんて」


「ちょっと次までにある程度強くなるように約束したもので」


 ニールが苦笑しながら視線を窓の外へと向けた。


 そんな、ニールを目にしたシャロンは小さく笑みを浮かべる。


「そうか」


 ニール達を乗せる馬車は王都マタールへと向かって進んでいくのであった。

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