第69話 メイド長はメイド長。

 ◆


 シャロンは力尽きて転げ倒れてしまったニールへと駆け寄って、抱きかかえる。


「大丈夫かっ」


「はぁはぁはぁ……もう無理ぃ」


「ニール」


「……きゅう」


 ニールがシャロンに抱えられながら、意識を失ってしまった。


 そのニールの様子を目にしたシャロンは表情を緩めて、ふーっと息を吐く。


 ……ニールの身体能力と体力だが、ほとんど向上が見られないな。貧弱のままである。


 戦えて脅威を感じるは最初の十分くらい。


 その後は……動きが鈍くなっていくから攻撃に出ることができずに、回避……逃げに回らざるを得なくなってしまう。


 それでも剣を持って戦うことのできる活動限界は三十~四十分くらい。


 確かに剣の稽古は期間が開いてしまったものの、その分いろいろ大変だった。もっと身体能力と体力が向上してもいいように思うんだが。


 もはや、それは……力を持ちすぎてはいけないと神様がニールに制約を与えているようだ……っていうのは我ながら突飛な考えか。


 シャロンはニールを抱えると、修練場から出て行ったのであった。


 ちなみに、その姿は王都のお屋敷ではよく見慣れた光景であるのだが、ここウィンズ子爵領内にあるお屋敷では見慣れぬ光景でメイド達によってシャロンとニールの熱愛の噂が一気に広がったという。




 ニールとシャロンの二人は修練場で剣の稽古を終えた後、シャワー室で汗を流し……朝食をとるために食堂を訪れていた。


 ちなみに剣の稽古とシャワーを浴びたことで、時間が遅くなったのもあって、食堂には座席数に対して半分くらい席が空いている状態であった。


 食事をしながらも疲労をまったく隠せていないニールはぐったりとしていた。


 その様子を対面で食事を取っていたシャロンが小さくため息を吐いて、パンを齧った。


「はぁ、お前にもう少し体力がついたら……」


「久しぶりの剣の稽古だったんで仕方ないですよ。……すごく疲れました」


「そんなにキツイことはやっていないんだが……」


「シャロンさんはもう少し手加減してくれていいんですよ? シャロンさんが振るう木刀を食らっていたら相当に痛かったと思います」


「手加減しては稽古にならんだろう」


「そうですかね。たまに生命の危機を感じる時もあるんですが……気のせいですかね?」


「気のせいだな」


「そうですか……まぁいいです。そうそう、さっきの剣の稽古で聞きたいことがですが」


「ん? なんだ? わからないことは何でも聞け」


「あの俺が最初にシャロンさんに切り掛かって行ったヤツ。虚を突いて、死角に回って、気配を消せていたと思ったのに……なんで気づいたんですか? 前……暗殺者のリーダーにもあんな感じで防がれたんですよねぇ」


 ニールの問いかけにシャロンはムッとした表情を浮かべる。そして、少しの沈黙の後で口を開く。


「……自分で考えろ」


「え?」


「自分で考えろ」


「ええ、シャロンさんがなんでも聞けって言ったばかりじゃ……」


「なんでも甘えるな。お前に成長はないぞ」


「……わかりました」


「そういえば。武器屋には行ったのか?」


「あ、はい。なかなか武器を売ってくれなくて困りましたが」


「あー……そういえば、そうだったな。ストーリアは頑固だからな。ただ、腕は間違いない。買えたならいいな」


「そうそう、すごい短剣が売っていましたよ? 価格が確か……金貨二枚で俺には手がでませんでしたが」


「ほぉー新作だろうか? どんなんだった?」


 シャロンが興味深げにスープを啜りながら問いかけた。ニールは口に放り込んだパンをむしゃむしゃ食べながら答える。


「えっと……金の龍が塚のところに装飾の施された黒い短剣でした。……黒色の刀身が寒気のするほどに鋭い刃でしたよ」


「黒い短剣……龍の装飾か。ではストーリアの新作だな」


「龍の装飾が施されていると……ストーリアさんの作品なんですか?」


「いや、アイツのとは限らない。アイツは百年以上……代々続いている鍛冶師の家系でな。いつの頃からか龍の装飾やら掘り込みを作品に入れるようになったんだと。ただ、盗作も山ほどなると……前にぼやいていたが」


「へぇー」


 ニールとシャロンが話していると、ニールの隣に誰かが近づいてきた。


「隣は空いていますか?」


 ニールが隣に視線をやるとトレイを持ったメイド長がいた。


「いいですよ。どうぞ。どうぞ」


「失礼します」


 メイド長はトレイをテーブルに置くと、ニールの隣の席に座った。


「メイド長も今からなんですね」


「ええ、朝にいろいろやることがありましたので、遅れてしまいました。そうそう、私はここではメイド長ではありませんので、出来たら変えて欲しいのですが」


「……」


 ニールは黙った。そして、頭をフルに回転させて過去の記憶を紐解いていった。


 ……え?


 ええ? メイド長の名前ってなんだ?


 メイド長はメイド長じゃないのか?


 いや、哲学的な話じゃなくて……。


 メイド長の名前はメイド長じゃないのか?


 ええ、みんな、そう呼んでいたではないか? そもそも、俺はメイド長の名前を聞いたかな?


 忘れた。


 ここでメイド長に名前を分からないので、教えてくださいというのは失礼でなるべくは避けたい道である。


 どうしよう。


 どうしよう。


 そうだ。シャロンさんに……。


 ニールはサッとシャロンの方へと視線を向けた。ただ、シャロンはスイッと視線を逸らしてパンを齧った。


「……」


「……」


 くっ、シャロンさんは肝心なことは教えてくれないようだ。


 ニールとシャロンが黙ったことに、メイド長が怪訝な表情を浮かべて口を開く。


「えっと、どうされたんですか?」


「すみません。メイド長をメイド長としか呼んでこなかったので……出来たら」


「最初の顔合わせの時に言っていたと思うのですが……残念ですね」


「ほ、本当にすみません」


「仕方ありません。シャロンさん、教えてあげてくださいよ」


 メイド長は……ニールからシャロンへと視線を向けた。


 唐突に話を振られたシャロンは食べていたパンを喉に詰まらせる。


「私ですか? んあっ! ごほっごほっ!」


「冗談ですよ」


 普段は無表情であるメイド長なのだが、微かに口角が上がって小さく笑みを浮かべているように見えた。


 それから、ニール達は談笑しつつ、朝食を進めていったのだった。


 ちなみにメイド長のお名前はセレティア・スカラーさんでございました。今後ともよろしくお願いいたします。

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