第68話 剣の稽古。

 アーレスパーティーが終わって二十日。


 時刻は朝食前。


 ここはウィンズ子爵領内にあるお屋敷の修練場であった。


 修練場の場内は朝早いこともあり、夏であるにも関わらず若干の肌寒さを感じる。


「……」


「……」


 修練場の真ん中で、ニールとシャロンが真剣な面持ちで黙りながら五メートルほどの距離を開けて向き合っていた。


 二人はそれぞれ武器を構え……ニールは刀身を短く作られた木刀を両手に持ち、シャロンは木刀を左手に持っている。


「先手必勝……速攻」


 ニールが呟きと共に……ダンッと床を強く蹴って、前に出る。それと同時に左手に持っていた木刀をシャロンへと投擲した。


 さすがのシャロンも武器を手放すということは予想していなかったのだろう一瞬木刀への反応が遅れた。


 ぐっと表情を歪めながら、木刀を振るって投擲された木刀を弾き飛ばす。


 一瞬だった。


 シャロンがニールから視線を外したのは木刀を弾き飛ばした一瞬の間にニールの姿はシャロンの視界から消えていた。


「っ」


 シャロンは目を瞑った。


 視界を閉じて……感覚を研ぎ澄ませる。


 この時、シャロンの視界から消えたニールはシャロンの左斜め後方……完全に死角へと回り込んで、右手に持っていた木刀をシャロンへと振り上げた。


 ニールが振るった木刀がシャロンへと達しようとした寸前のところで、シャロンが木刀で受けた。


 ニールとシャロンの木刀がぶつかり合うとカンッ! と甲高い音が修練場の中に響いた。


 まさか、受けられると思っていなかったニールは驚き、多少の動揺が生まれた。


 ニールは今まで無意識で気配を消していた。


 ただ、最近になって気配を消すという機会が増えて、ニールは自分なりにより良く気配を消す方法を検証していた。


 その検証の結果、自身から感情を無くした時に最も自分から気配が消えることに気づいていたのだ。


 つまり、今驚き動揺してしまったニールは気配を消せていない状態にある。


「マジかっ!」


「捕まえた」


 シャロンが腕力にものを言わせてニールの木刀を押しやると、一歩前に出た。


 対して一旦間合いを開けたいニールは後方へと飛ぶ。


 ここで残念なことに体格の差が表に出てくる。


 どう考えてもニールに比べてシャロンの方が大きく、それは一歩の歩幅も腕の長さも……。


 つまり、ニールが急ぎ逃げようとしたところで、シャロンの木刀は届いてしまう。


 シャロンは上段の構えに木刀を構え直す。そして、ゴッと風を切る音と共にニールへと振り下ろす。


 おそらく、ちょっと前のニールであったら、ここで勝負はついていたかも知れない。


 ただ気配過敏症を経て、相手の気配を読むことでほんの少しだが動きを予測できるようになっていた。


 シャロンの木刀を肩に掠らせながらも、寸前のところで躱してみせた。


「あぶなっい! 手加減がまったくないんだけど!」


「っ!?」


 避けられるとは思っていなかったシャロンは驚き、ニールへと詰めるのが一瞬遅れた。


 その間にニールは地面を強く蹴って、シャロンと距離を取りつつ、先ほど弾き飛ばされた木刀を拾っていた。


「はぁーさっきのはよかったと思ったのに……アレが受けられたら俺に勝ち目がないんですが」


「……そんなことより、最後のよく躱せたな」


「アレ、当たっていたら……痛かったですよ。もう少し手加減をお願いしたい」


「いや、そうじゃなくてなんで躱せた?」


「なんで? んーこれは不安定なんですが……気配から動きを読み取れる時があって、それで何とかギリギリ躱せました」


「そうか……続きをやろうか」


「え、ちょっと疲れて……少し休憩しませんか?」


「いや、始まって十分も経ってないから……続きをやるぞ。今度は私から行く」


 シャロンは木刀を構えるや、ダンッと地面を強く蹴って、ニールとの間合いを詰めていく。


 しばらく、ニールと戦いながら、考えを巡らせていた。


 戦いながら考える余裕があるのかと思うかも知れないが、残念ながらニールの動きは鈍くなり始めていて……もはやシャロンが遅れを取ることはない。


 なるほど……昔師匠が言っていた意味がようやく分かった気がする。


 気配過敏症を発症した人間は別世界の強さを持つ人間となる。


 ニールは私に比べて一回り以上の体格差がある。さらに剣自体の腕前に関しては比較するのが困難なほどに差がある。


 それらの圧倒的に優位な要因があるにも拘わらず、容易に倒すことができなかった。


 先ほどの気配消し一つにとってもそうだ。


 気配過敏症になる前の気配消しは不安定なところがあったと思う。しかし、気配過敏症を経た後……完全に気配が消えていた。


 実際に床を蹴る音や風の微かな動きを感じ取っていなければ、ニールの最初の一刀を受け止めることはできなかった。


 もしかしたら、前にニールが撃退した暗殺者のように私も条件さえ揃ってしまえば負けるかも知れない。


 これで、身体能力と体力が備わったらと思うと……寒気がする。


 戦いながら考えを巡らせていたシャロンは向かってくるニールを見据える。


 その動きから完全に鋭さが消え……足元がふら付かせていた。


 戦い始めて三十分を超え、ニールは息が上がっていて、大量の汗をかいて修練場の床を濡らしていた。


「ぐあつ!」


 ニールは踏み出そうとした足に力が入らずに……グエッと蛙がつぶれたような声を上げて派手に転げ倒れた。




本日も小説を読んでいただき感謝です。

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作者より(´∀`*)

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