第67話 軍略チェス。
「マルタナと言ったか? マルタナは冒険者で稼げていないのか?」
ニールの問いかけに、マルタナはムッとした表情を浮かべて頷き答える。
「俺みたいなガキだと。パーティーに入れてもらえねぇーし」
「同い年くらいで組める人はいないの?」
「居なくもないが。他の街や村から来た奴らで固まっていて……。それに同じ年の奴はひょろひょろした弱そうな奴ばかりでよー」
「けど、何人かでパーティーを組まないと狩り系のクエストには出させてもらえないんじゃ?」
「そうだが……お前は一人で稼いでいるんじゃないのか?」
「俺は……時間の合間に冒険者をしている関係で、パーティーに入るとメンバーに迷惑が掛かっちゃうからね。まぁ、これはフェンリーに言った通り、雑用しかしてないんだよ」
「バカな。雑用系のクエストなんて二十~三十グルドじゃねーか」
「その……雑用系のクエストでも指名がもらえたら……多めにもらえるよね?」
「指名クエストってそんな簡単にもらえる訳がないだろう?」
「雑用系のクエストは丁寧にやっていて、依頼主から信用されたら……意外ともらえる」
「マジかよぉ」
「そして、すごい時間はかかるだろうけど、多くの依頼主から信用されたら……そこらのD、C級の冒険者よりも稼げるようになるかな?」
「スゲーな……お前」
マルタナは尊敬の眼差しをニールへと向ける。
ただ、当のニールは複雑そうな表情を受けばて頬をポリポリと掻く。
「あー尊敬の眼差しをくれているところ悪いけど、この稼ぎ方はあまりオススメしないかな」
「ええ? なんでだ?」
「僻み妬む連中が大量にでてくるんだ。俺は今……いつ帰り道に襲われるかわからない状態になっている」
「僻み妬む連中? 襲われるって?」
「雑用系クエストが簡単だと思われているのかな?」
「……いや、一度雑用系クエストをやってみたが、二度とやりたくないと思うくらいには大変だったぞ?」
「まぁ、命を懸けている訳ではないしね。命懸け且つ苦労して魔物を狩るよりも雑用系クエストの方が稼げているって……不満に思うんじゃない? 逆の立場なら俺も思っていたかも知れないし」
「なるほどなぁ。じゃ、ニールはこれからどうするんだ?」
「俺は……溜まっている指名クエストが片付いたら、冒険者ギルドを一時的に離れて……とりあえず読み書きの勉強などの時間に充てようかなと思っている」
「勉強だぁ?」
「うん、やっぱり読み書きできないのは不便だし。まぁ、マルタナの参考にならないかもね」
「だなぁ。どうやったら、稼げんのかなぁ」
マルタナが渋い表情を浮かべて頭を抱えた。
そのマルタナの様子を目にしたニールは顎に手を当てて考える仕草を見せた後でゆっくり口を開く。
「んー。一人で冒険者は危険が多いから、同世代の奴らとパーティーを組んで。そして、クエストを積み重ねてみんなで成長していくのが、一番の近道じゃないかな? 下手に強いパーティーに入っても荷物持ちや雑用を押し付けられるのかオチじゃないかな?」
「つまり、地道にってことかよ」
「そうだね」
「わかった」
マルタナは何か考えているのか腕を組んで、頷いた。
すると、パンッと手が叩かれた。
手が叩かれた方へ視線を向けると……フェンリーが何かマス目の書かれた板をテーブルの上に置いた。
「よし、やっと話が終わったか。ニールがここに来られるのは……あと二回しかないのに、前の続きやろうぜ。続き」
「お手柔らかに」
「俺は手加減など知らない」
フェンリーはマス目の書かれた板の上に白と黒の駒を並べていく。
白と黒の駒には人が槍を持った形の物から弓矢を持った形の物、馬の形の物など……様々な形の駒があった。
「俺は軍略チェス、初心者なんだからね? わかってる? わかっているよね?」
「分かっているっての。けど、ニールの筋がいいんだぜ?」
「そうかな? フェンリーにハンデをもらいながらも負け越しているんだけど」
「それは確かに途中だった盤面はこんな感じか?」
「はぁ。そうかな? よく覚えていたよね?」
「へへ、軍略チェスはずっとやっていたからな。手順まで言えるぜ?」
「……ここまで並べてくれたのに悪いけど。これは詰みじゃないか?」
ニールはフェンリーの取り出したマス目の書かれた板……軍略チェスの盤面を眺めながら呟いた。
フェンリーはその呟きを否定するように首を横に振る。そして、表情を一変させて真剣な表情で目を細めて口を開く。
「ここの弓隊を右に進めて……騎馬を前に出せば。まだまだ可能性が残るぞ」
「すごく細い勝ち筋なんだけど」
「いいから。いいから。続き。続き」
ニールはフェンリーに急かされる形で、軍略チェスを始めるのであった。
軍略チェスを続けていたニールは次の手に悩みながら視線を巡らせる。
ん? マルタナとストリクスが居ないな。
いつの間にか帰ったか?
結構時間が経っているようだし仕方ないな。
それはいいとして、次はどうするか。むむむ。
これ負ける未来しか見えないんだけど。
とりあえず、フェンリーが強すぎるな。
俺が初心者なので……どのくらい強いか測れないものの。
フェンリーは手加減など知らないと言いつつも、ちゃんと俺に手加減をしている。
正直、出会った時に『戦うのなんてバンて、ドンて剣で殴ったらいいんだろ?』っといった人物と同一人物とは思えない。
さて、どうしたものか。
これが昔爺ちゃんに習った将棋なら……ってなんだか負け惜しみ臭いな。
この盤面、俺が選べる選択肢は……最後の一勝負。
ニールは馬の形をした黒色の駒を手に取ると、前のマスへと動かした。
すると、フェンリーがニールの一手を目にして小さく笑い出す。
「ふふ」
「……何かおかしかったか?」
「いやいや、俺でもその手を選んだなぁーと思っていたぜ」
「そうか。それはよかったが……ここからどうしようかな?」
「そこは自分で考えろっての」
「最初は教えてくれたのに……」
「教えてばっかりだと面白くないだろう? それに強くなれねー」
「まぁ、そうなんだが」
「俺も騎馬を進めさせてもらおうか」
フェンリーが馬の形をした白色の駒を手に取って、一マス前へと動かした。
対してニールは難しい表情を浮かべて口元に手を当てる。
「うぐ……そう来るよね」
「当たり前だ」
「んーどうしようかなぁ」
「もう突き進むしかないだろ?」
「……そうなるか」
ニールは頷き、先ほど動かした馬の形をした黒色の駒を取って進める。
ただ、結局その……ニールの攻めをフェンリーにいなされて、フェンリーに逆襲を食らってニールは負けたのであった。
「ぐあー負けたぁ」
敗北し、悔し気な表情を浮かべたニールが頭を抱える。対してフェンリーは軍略チェスの盤面を片付け始める。
「へへ。次やろうぜ。次」
「もう片付けているし……どうして負けたのか感想戦したかったんだけど」
「大丈夫、俺がやってから」
「負けた俺がやらないと意味がないだろう」
「そうか? しかたねぇーな」
フェンリーはしぶしぶと言った様子ながら一度片付けた駒を再び並べていった。
「本当に手順まで覚えているんだな」
「覚えた方が後で感想戦しやすい」
「そりゃ、そうだけど……普通の人にできることじゃないよ」
「そうか? 意外と簡単なんだけどな」
駒を並べていくフェンリーを感心した様子で見ていたニールが不意に呟く。
「軍略チェス……フェンリーは戦士として戦場で戦うよりも、軍師とかになった方がいいかもな」
ニールの呟きに、フェンリーの手が止まる。
「はぁん? 軍師ってのはスゲー頭のいい奴じゃないとなれないんだぞ。俺なんかが軍師なんてなれる訳ないだろう? いくら軍略チェスが好きだからって」
「そうか……」
「それよりも、さっきのヤツの感想戦をするんだろ?」
「あぁ、そうだった」
「まず、俺が気になったのは……この歩兵隊を動かしたところだな」
フェンリーは人の形をした駒を指さしながら軍略チェスの感想戦を始め。ニールはその感想戦を頷きながら聞いていた。
それから、空が暗くなるまでニールとフェンリーは軍略チェスを打ちながら過ごしたのだった。
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