第64話 気配が宿る物。
女性の店員が並べたナイフやレイピアを眺めていたニールの視線が一本の黒色のナイフで止まった。そして、目を細めて凝視する。
……このナイフ。
ほんの微かにだが気配があるな。
これは気配過敏症になって以降に微かに見えるようになったのだが……。
どういう理屈か分からないけど、気配が宿っている物がたまにある。
今まで見た中で言うならばリリアお嬢様が右薬指にしている古ぼけた指輪やミロットさんが持っているレイピア、マーシャル様の小指にはめられていたゴツイ指輪、トリスタン様の右手手首にはめられていたブレスレット、お館様の人差し指にしている紫の宝石の指輪……そして、白髪の老人からもらった短剣……鈍などなど。
鈍か……本来なら鈍が気軽に使えれば……ここで買い物する必要ないんだけど。
この鈍は魔導具で……魔法が使えない俺が使用するには魔晶石を準備する必要があるらしいんだよ。
まぁ、魔導具として使えなくても……鈍の刃は鋭いんだけど。
その刀身が短すぎるのが欠点だな。
……そういえばミロットさんに鈍を魔導具として使った時、どんなことができるのか聞いてなかったなぁ。
……って今はそんなことはいいとして、目の前の黒色のナイフだ。
長さは三十センチ前後。
塚や鞘、鍔が黒く、塚のところに金の龍の装飾が施されている。
うむ、ナイフの刀身は分からないが……とりあえずすごく高そうだ。
黒色のナイフを凝視していたニールを目にした女性の店員は感心したように口を開く。
「ほーう、そのナイフに目を止めたか」
「このナイフはいくら?」
「ふん、ガキの癖に見る目はあるみたいだな。絶対にお前に買えるようなもんじゃねーよ」
「それは分かっているけど……いくら?」
「二百万グルド……金貨二枚だな。高いと思うか?」
女性の店員が黒色のナイフをニールの前に突き出した。
黒色のナイフを手に取ったニールは、塚を握り……鞘からナイフを抜いた。
ナイフの緩やかな曲線の黒い刀身は薄く濡れたよう。
刃は寒気がして息をのむほどの鋭利さがあった。
ニールはナイフを鞘に戻して、女性の店員に黒色のナイフを返し、口を開く。
「……俺は武器とかに詳しくないけど。金貨二枚か。そのくらいするだろうね。いや、安いくらい? けど、残念ながら今の手持ちではその金額は払えないなぁ」
「ふはは。そうか。そうか。まさか、こんなガキに気付かれるとはなぁ」
「もしかして、試されていた?」
「売るか、売らないかを決めるためにな。やはり名刀は価値が分かる人間にしか持ってほしくないからな。まぁーお前は合格かな? 買えるようになったら、また来い」
「んー分かったよ。なぁなぁやっぱり数打ちも売ってもらえない?」
「……仕事って何に使うんだよ?」
「言って信じてくれるかな?」
「まぁ、お前が普通のガキではないことはわかった。言ってみろよ」
「護衛」
「ご、護衛だぁ?」
「そう。この街を統治しているウィンズ子爵家の第三女リリア・ファン・ウィンズの護衛についているよ」
「っ!? バカ言うんじゃねぇよ。誰がお前みたいなガキを護衛に付ける貴族がいるんだ」
「確認してくれてもいいが……リリアお嬢様に迷惑をかけるのは嫌だから。シャロンさんに確認をしてみて……いや、シャロンさんは今リリアお嬢様の護衛についていて離れられないか。じゃ、メイドのエミリアさんに聞いたら」
「待て、待て、シャロンだと?」
「え、ええ、一緒に護衛をやっているので」
「信じられない……お前はシャロンに認められたということか? どうやって?」
「どうやって? どうやって認められたか? 難しいことを聞くなぁ」
ニールは顎に手を考える仕草を見せた後で……ふーっと長く息を吐いた。
そして、懐に手を入れて……銅貨を一枚取り出してピンッと弾いた。
その銅貨は空中でクルクルと回転しながら……武器屋の床に落ちてカランカランと金属がぶつかった時の甲高い音が響いた。
女性の店員は不可解とも言えるニールの一連の行動を目にしていた。そして、銅貨が床に落ちたところを目で追う。
「何がしたんだ……ッ」
女性の店主の目の前に居たはずニールの姿が消えていた。
女性の店員は驚き……座っていた椅子から立ち上がる。カウンターに手をついて身を乗り出した。
きょろきょろと周りを見回してみるも、ニールの姿はどこにも見当たらなった。
「こんな感じですね?」
ニールの声が背後から聞こえ……女性の店員が視線を声が聞こえた方へと振り返る。
ニールはカウンターの内側に入り込み……女性の店員に鞘に収まったままのナイフを向けていた。
「っ!」
「俺がこんな感じで戦うんですが……どうですか? ただ、殺すのはアレなんで……両足を切り裂いて動きを封じていく感じですかね?」
ニールはそう言いつつ、カウンターの内側から出ていき、先ほどまで立っていた場所に戻った。
そして、手に持っていたナイフをカウンターの上に置き、床に落ちていた銅貨を拾い上げる。
女性の店員はニールを目で追いつつも、驚きのあまりに声が出せずにいる。
「……」
「……えっと、どうでしたか」
女性の店員からまったく反応がなく、再び問いかけた。そこでようやく我かえった女性の店員が口を開く。
「あっあぁ……すまない。驚いた」
「影が薄くて人の後ろに立つのが結構得意なんですよね。ハハ」
「影が薄い……そんなレベルではないと思ったが……分かった。分かったよ。お前の実力は痛いくらいに分かった。ガキには武器を売りたくなかったが……特別に売ってやるよ。予算はいくらなんだ?」
「えっと……大銀貨二枚かな。それで予備を含めて三つほど」
「分かった。お前の戦闘スタイルを見聞きした限り……やはりナイフがいいな。あ……そうだ。お前の戦闘スタイルに合ったナイフがあるな。しかし、予算が……まぁいいか」
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