第7話 夜がやってきた。



 ニールは黄色のワンピースをエミリアに着させられ……自室で紅茶の飲みながら待っていたリリアの前に出る。


 奴隷の首輪を隠すように首元には黒いバンドがされていた。


 そして、ボサボサだった髪は綺麗に整えられ。更に軽く化粧がされたのか……外見は完全に可愛い美少女だった。


 ニールの姿を目にしたリリアはバッとソファから立ち上がって、近づいてくる。


「ニール、似合っているわ。すごく可愛い」


「いや、あの俺、スカートは……ちょっと」


「そう? 舞踏会に参加したら注目されること間違いなしよ? エミリアもそう思うでしょ?」


 リリアはニールの言葉に首を傾げた。そして、ニールの隣に立っていたエミリアに視線を向けて問いかけた。


「ええ、予想以上……すごくお似合いだと思います。思わず少し化粧までしてしまいましたよ。これならば、私の守備範囲に入ってきます」


「エミリア? さっきも言ったけど……手を出さないようにね?」


「はい。残念です」


 エミリアが思惑あり気な表情を浮かべて、ニールに視線を向けた。すると、リリアはサッとニールを引き寄せた。


「ニール、気を付けてよ? エミリアは女の子好きな変わり者なの……食べられちゃダメだからね?」


「たべ……? え、ええ」


「警戒してね」


 動揺しているニールに対してリリアが念を押した。ただ、エミリアは口元に笑い、何か思い出したように口を開く。


「ふふ、そんな警戒せずに。あ……子供用のメイド服があるのですが。着せませんか? きっと、可愛いですよ?」


「う、それは可愛いかもだけど。それはエミリアの居ないところでこっそり着てもらうわ」


「そんな、独り占めなんて……ズルいではないですか?」


 エミリアが少し困ったといった表情で小首を傾げて、リリアに問いかけた。すると、リリアはニールを抱きしめる。


「ズルくない。ニールは私のなんだから」


「そうですか。私もお紅茶の練習とかいろいろ教えることがありますから……その時に」


「え? 聞いていた? ニールは私のだって」


「大丈夫ですよ。手取り足取り教えるだけですから……いろいろと」


「いろいろと? それって仕事のことだよね?」


「さてと……そろそろ、ご夕食の時間ですよ? リリアお嬢様」


「アレ? 私の質問には答えてもらってない気がするんだけど!?」


「ふふ、お仕事ですよ。当り前ではないですか」


「ほんとに?」


「本当ですよ」


「むー」


 リリアはエミリアへと疑いの目を向けるのだった。


 そんなやり取りをしていると部屋の扉がノックされて……シャロンが入ってくる。そして、ニールの姿を目にすると驚きの表情を浮かべる。


「ん、なんだ? ニールか」


「私が子供の頃に着ていた服を着てもらったのよ。可愛いでしょ?」


「ぷふふ、似合っています。はい」


 シャロンが笑うのを堪えながら、頷き答えるのだった。


 エミリアは紅茶のセットを片付け終わったところで、リリアに声をかけた。


「さて、そろそろお食事の時間ですので行きましょうか。リリアお嬢様」


「そうね」


 リリアとエミリアが部屋から出ようとしたところで、エミリアがシャロンへと視線を向けた。


「シャロン、ニールを使用人が使うところを案内してくれるかしら?」


「え、ニールも私と一緒に食べればいいじゃない」


「何をおっしゃられているのですか。奴隷と一緒に食事をする貴族様など聞いたことがありませんよ」


「私は常識を覆していくわ」


「冗談を言ってないで、いきますよ」


 リリアがエミリアに引きずら……いや手を引かれて連れていかれた。






 残されたニールはシャロンに連れられて屋敷の中を案内されることになった。


 シャロンが可笑しそうに笑う。


「ふふ、だいぶ可愛くなったな」


 ニールは少し疲れたように小さくため息を吐いた。そして、自身が着ているワンピースへと視線を落としてシャロンへと問いかける。


「……俺、いつまでもこの服で居ることになるんでしょうか?」


「後でサイズの小さい道着があるから。それを貸してやろう」


「それはズボンですか?」


「? もちろんだが? どうかしたか?」


「いや、なんでもないです。それでお願いします」


 何かに気付いたシャロンはグイッとニールの顔を覗き込んで問いかける。


「てか、化粧までしているか?」


「あぁ、はい。先ほどのエミリアさんに着付けと一緒に少し」


「あーなるほど、エミリアの奴も珍しく気に入ったのか。確かに女の子にしか見えない」


 エミリアの性癖を知っているシャロンは納得したように頷いた。そして、何か思い出したように続けて口を開く。


「あ。そういえば、ニールの部屋は今日まだ準備できないんだが。どこで寝る? 私の部屋か……エミリアの部屋もあの調子なら大丈夫かな? 布団はいっぱいあるな」


「シャロンさんの部屋でお願いします」


「そうか? エミリアの部屋の方が綺麗で広かったりするんだが、いいか?」


「はい。迷惑でなければ、よろしくお願いします」


「私に迷惑とかはないが。汚いので……後悔しないように」


 しばらく屋敷の中を歩いていると、ガヤガヤと賑やかなところに辿りついた。


 シャロンと同じ軍服を着た者、メイド服を着た者、執事服を着た者までさまざまな人達が出入りしていた。


 更に美味しそうな食事の香りが、ニールの鼻腔をくすぐり、腹の虫が小さくなるのだった。


「ここが使用人用の食堂だ。私たちは街で食べることもあるが、大体ここで食べる」


「お腹が空きました」


「ふふ、お前の服で入って行ったら驚くかもな」


 シャロンが食堂に入ると木のお盆を二枚手に取った。そして、お盆一枚をニールへと手渡した。


 食堂内に掲げられた看板へと視線を向けて続ける。


「ほら。あそこの看板……そういえばニール、文字は読めるか?」


「いえ、文字を読むのはあまりできません」


「そうか。食堂ではA定食とB定食の二つあってどちらか選び注文する。今日は……A定食がベーコンの野菜炒めとパン、野菜スープでB定食が川魚の塩焼きとパン、野菜スープ……川魚か」


 シャロンがメニューを目にしたうわっと嫌そうな表情を浮かべた。すると、食事を配膳しているカウンターに居た中年女性が口を挟む。


「好き嫌いせずにちゃんと食べな」


「ハハ……そうそう、コイツ。ニールって言うんだが新入りで私の部下だ」


「コイツって……どこかのご令嬢じゃないのか?」


「リリアお嬢様とエミリアの奴に着させられたんだよ」


「あーなるほど。それで? 何を食べるんだい?」


「じゃ、A定食で」


「B定食かい?」


「A定食で」


「なんだい。B定食が余っているんだが?」


「そんなの知らないよ。私は絶対にA定食」


「ふん、使えないね。それで、そっちの子は何にするんだい?」


 中年女性が鼻を鳴らすとシャロンからニールへと視線を向けた。そして、ニールは深く考える事無く、即答する。


「俺も同じA定食でお願いします」


「ふん、わかったよ。今日は献立間違えたかねぇ」


 中年女性は嘆くように声を上げると、木の皿にベーコンの野菜炒めをよそいでニールとシャロンのお盆に置いたのだった。


 ニールとシャロンが食事をした。


 その時、周りに居た使用人達が美少女で且つ可愛過ぎるニールの姿を目にして少し騒がしくなっていたのだが……当の本人は気付いていないようだった。




 時刻は日が完全に沈んだ夜。


 ここはリリアの寝室である。


 そこには多くのぬいぐるみに囲まれる中でリリアとニールの二人だけでいた。


 リリアはベッドの真ん中に腰かけて座り本を読んでいて、ニールはベッドの端でちょこんと座っていた。


 なぜ、ニールがリリアの寝室にいるか?


 それはリリアがごねにごねたことで今夜はリリアと添い寝することが決まってしまったのであった。


 リリアは読んでいた何やら難しそうな本を閉じて、ニールへと視線を向ける。そして、ベッドをポンポンと叩く。


「ニール、そんなところで座ってないで……こっちにきて」


「えっと……」


「えっとじゃないのよ」


 もじもじしていたニールはリリアに軽々と持ち上げられて、強制連行されてしまう。


 そして、ベッドの真ん中ではニールとリリアは向き合うように横になった。


「……」


「ふふ、可愛い」


 表情が硬く黙ってしまったニールに対して、リリアは笑みを浮かべていた。


 う……すごくいい匂いだ。


 そして何よりも柔らかいモノが当たっているんだけど。


 シャロンさんエミリアさんに釘を刺されているし。もちろん、俺が何もすることはないんだが……。


 据え膳が過ぎるんだ。


 もう頭がおかしくなりそうだ。


 ニールの悶々とした感情を知ってか知らずか、リリアはニールの頭を抱きしめる。


 そして、優し気な声色で呟く。


「今日は疲れたでしょ? ゆっくり眠りなさい」


「……っ」


 ニールは抱えていた悶々とした感情がスッと消え去っていた。その代わりに……グッと涙が込み上げてくる感覚に襲われる。


「ん? なに?」


「……ありがとうございました」


「どうしたの? 突然」


「奴隷となった俺によくしてくれて……このご恩はいつか必ず返します」


「ふふ、大人ぶっちゃって可愛い。私もニールの可愛さに癒されているんだから、そんなこと考えなくていいのに」


「そういう訳には、俺の気が収まりません」


「ニールって結構頑固なの? まぁいいけど……お休みなさい」


「いつか……必ず」


 ニールがそう口にするや、気を失うように小さく寝息をたてて眠りについた。


 そして、リリアはしばらくニールの寝顔を見ていたが、彼女もいつの間にか眠りについていたのだった。

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