第6話 着せ替え人形。



 時刻は日が傾き、夕暮れ時。


 馬車がリリアの住んでいるという屋敷にたどり着き、屋敷の周りを囲む壁……その壁の門を抜けたところであった。


 ニールは馬車の小窓から外を覗く。すると、広大な敷地に建てられた大きな二階建て屋敷があった。


 広大な敷地には大きな屋敷の他に大きな噴水を真ん中に花々が咲き乱れる中庭、木造の道場を思わせる建物が見てとれた。


 大きな屋敷は青い屋根に赤茶色の煉瓦が積まれてできた壁で作られていた。


 その壁には動物や花、綺麗な女性、猛々しい男性などの彫刻が施されていて細部にまでこだわりの感じる豪勢な屋敷であった。


 そんな屋敷を目にしたニールは少し呆けたような表情を浮かべてポツリと呟く。


「はーでかい」


「そう?」


「はい。すごく綺麗で……大きくて比べるのも恥ずかしいけど俺の住んでいた家なら五十……いや、七十は入ります」


「ふふ、こっちの屋敷でこんなに驚いてくれるなんて……これは領地にある屋敷に行ったら腰を抜かすかもしれないわね」


 ニールが呆けた表情を浮かべていると、リリアが口元に手を当てて笑った。


「え、他にも屋敷があるんですか?」


「あるわよ。私が通っている魔法学園が夏の長期休暇の時期に入ったら、帰ることになるから楽しみにしておいてね」


「え、あ、はい。楽しみにしておきます」


「そうね。私は若干数名……顔を合わせたくない人もいるけど」


 リリアは不満げに唇を尖らせた。


 すると、話を聞いていたシャロンが口を挟む。


「お嬢様……もし出会ったとしても顔に出さないでくださいね?」


「分かっているわよ。ニールと一緒なら楽しいかしらね? ふふ」


 リリアは笑みを深めた。そして、ニールへと視線を向けた。




 馬車が屋敷の玄関口にたどり着くと、後方にあった扉からシャロン、リリア、ニールの順で外に出た。


 すると、馬車の外で待ち構えていたメイド服を着込んだ十代後半に見える女性が頭をペコリと下げる。


「お帰りなさいませ。お嬢様」


「ただいま。エミリア」


「はい。シャロンとそれから……そちらの方は?」


 メイド服を着た女性……エミリアは顔を上げるとシャロン、それからニールの方へと視線を向けた。そして、首を傾げて問いかけた。


 リリアは笑みを深めてエミリアの問いに答える。


「ふふ、私が新しく見つけた可愛い子よ」


「……そうでしたか。ぬいぐるみをではなく、今度は生きている人間を連れてくるとは思いませんでした」


「私のだからね? 手を出しちゃだめだからね?」


「もちろんでございます。では、夕食までお部屋に入られますか?」


「んーニールを案内したいんだけど……まぁ、遅いし。それは明日以降でいいかな?」


 リリアが少し考えを巡らせるような仕草を見せた後、ニールへと視線を向けた。突然、話を振られてニールは動揺しながらも答える。


「俺はいつでも、いいです。はい」


「そう? じゃ、まずは私の部屋に案内するわ」


「いえ、まずは彼の体を入念に拭いてからですよ。屋敷に入るのは」


 エミリアがニールの手を素早く掴んだ。


 リリアは不満気に。


「えーあっちで、シャワー浴びているわよ」


「それでもです」


 リリアは不服そうながら、ニールを離した。リリア、ニール、エミリア、シャロンの四人は馬車から離れて、屋敷の玄関口へと歩いていった。


 ただ、その時リリアの父親と思える男性の横を通ったのだが、刺すような視線を向けられているのをニールは気付いていた。




 体を隅々まで拭かれさっぱりしたニールがリリアに手を引かれて一つの扉の前にたどり着く。


 リリアは扉を勢いよく開けて見せる。


「ここが私の部屋よ」


「これは……」


 ニールはリリアの部屋の中を目の当たりにすると、驚愕したような表情を浮かべた。


「どう? どう? 可愛い子達、可愛いでしょ?」


「は、はぁ」


 ニールはご機嫌な様子で問いかけてくるリリアに押される形で頷いた。


 リリアの言う可愛い子達……大量のぬいぐるみが部屋の三分の一ほどを埋め尽くしていたのだ。


 何だ? この部屋は……いや、ここがリリアお嬢様の部屋であることはなんとなくわかるのだが……。


 シャロンさんから聞いていた話の倍ほどぬいぐるみがある。特にベッドなんてほとんどがぬいぐるみに占拠されていて……どこで寝るんだろうと疑問に思うほどである。


 大量のぬいぐるみを前にして黙っていたニールにリリアが声をかける。


「どうしたの? 部屋の中に入ってこないの?」


「あ、はい」


 ニールは促されるままにリリアの部屋の中に入って、ソファ……ソファの上にあったぬいぐるみを横にずらしてソファに座った。


 リリアがお気に入りだと言うクマのぬいぐるみをニールに紹介している中。


 エミリアは何も言われなくとも、手際よくお茶の準備を始めて、ソファのローテーブルの上にお茶の入ったティーカップを置いていった。


 ちなみにシャロンは一度自室に戻ると言って席をはずした。


「お嬢様、お紅茶の準備が出来ましたよ」


「ありがとう。そうだ。エミリア、私の子供の頃の服をこちらに持って来ていたかしら?」


「はい。確か、数着ではありますがクローゼットの中にあったと記憶しておりますが。どうされましたか?」


「ニールをこのままの格好をさせておく訳にもいかないでしょ?」


「そうでございますね。しかし、お嬢様の服を、でございますか?」


「うん。すごく似合うと思うんだー」


「畏まりました。持ってまいります」


 リリアとエミリアのやり取りを聞いていたニールは内心動揺をしていた。


 ちょっと待って。ちょっと待って。リリアお嬢様?


 俺、男なんですけど!?


 お嬢様の子供の時の服って女性モノだろ?


 いや、確かに服なら……今着ているぼろ服よりはマシかも知れないが。


 何もわざわざ女性モノの服でなくても……なんか安物のTシャツとズボンとかで構わないのに……。


 ニールの動揺を他所にエミリアが持ってきたリリアが子供の頃に来ていたという服を数点持って来て……ニールは着せ替え人形のようになっていた。

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