第5話 リリア・ファン・ウィンズ。

 ◆


 しばらく気を失っていたニールであったが、馬車がガタンと揺れて止まったところで目を覚ました。


「ん……っ」


 ニールが目を覚ますと、目の前にリリアの顔があり、状況としては今リリアに膝枕されていたようであった。


「え……っと、すみません。俺」


 すぐに体を起こそうとしたが、リリアの手によってそれを阻まれる。


「あら、起きたのね。けど、もう少し寝ていていいのよ? 今は王都マタールの周りを囲む城壁を通るところで……まだ屋敷まで少しあるから」


「そ、そういう訳には……」


「ダメ、休みなさい」


「はい……」


「えっと、それでだいぶ話が逸れてしまっていたけど、今度はニールの番ね。私達に何か聞きたいことはあるかしら?」


「聞きたいこと」


「そうよ」


「じゃあ、まず聞きたいんだけど……名前を聞いてもいいですか?」


「あら? いけない。言ってなかったかしら? 私の名前はリリア・ファン・ウィンズよ。軽く自己紹介もしようかしらね。ウィンズ子爵家の三女として生まれ……歳は十五。今はセントアーベル魔法学園高等部で勉強しているわ。趣味は可愛いモノを集めること」


「では私も……私はシャロン・ファン・ディーテだ。ディーテ男爵家の三女として生まれ……歳は二十になったか? そして、今はリリアお嬢様の警護を行っている。趣味は……狩りに出かけることとお酒を飲むことだな」


 ニールの質問にリリアとシャロンがそれぞれ答えてくれた。


 リリアとシャロンは互いの自己紹介を耳にして苦笑する。


「そうね。シャロンはお酒飲み過ぎよ。それで騎士団をクビになってしまったってね」


「むむ、最近は控えていますよ。お嬢様も……倉庫と寝室がぬいぐるみでいっぱいなので」


「うー」


 少し、リリアとシャロンのやり取りを見ていたニールは体を起こすと頭を下げる。


「えっと……俺はニール・アロームス。歳は八。ソンル村で生まれ、戦争で両親を失い……どういう訳か奴隷となって今に至ります。趣味は……特にありませんが料理を少しやっていました。……よろしくお願いします」


「そう、よろしくね。ニール」


 リリアが横からニールに勢いよく抱き付くと、ンチュッと頬にキスをした。


 そしてニールは顔を赤くすると、再び気を失うのだった。





 ここは王都マタール。


 中央には遠くからでも見ることができるほどの大きな城が鎮座して、その城から蜘蛛の巣のように通りが作られていた。


 ニールの乗っていた馬車もその通りの一つを走っていた。


 馬車に付いていた小窓からニールは王都マタールの様子を興味深げに窺っていた。


 ニールにとって日本で暮らしていた時もソンル村で暮らしていた時も見ることはなかった中世ヨーロッパを思わせる建物が建ち並んでいた。


 人間、動物の耳や尻尾を持った者、極端に背の低いが老け顔の者……さまざまな人種が王都マタールの通りを行き交い……とても賑やかで楽しげな雰囲気であった。


「アレ……猫の耳が付いている。え、背が低いけど、アレって?」


 王都マタールの様子にニールは驚きを隠せぬままに、ボソボソと呟いていた。


 その呟きを耳にしたリリアがニールに近づき耳元でささやく。


「初めて見るのかしら?」


「うわぁ」


 奇声を上げたニールは耳を押さえて、リリアからバッと離れようとした。ただ、リリアによっていつの間にか肩を掴まれていて阻まれた。


「ふふ、ごめんなさいね。ニールの反応が可愛いからつい」


「あの……耳元でささやくやつ、やめて欲しいです」


「耳が弱いの? 先に謝っておくわ。ごめんなさい。今後もやるわ」


「え、いや、先に謝られても……」


「可愛いニールが悪いのよ? 諦めなさい。それでニールは獣人とドワーフを見たことなかった?」


「獣人とドワーフ……」


「何、本当に見たことなかったの? まぁソンル村ってかなり田舎にあったんだっけ?」


「うん……初めて見ました。他にもいるんですか?」


 ニールの問いかけにリリアは考えるように首を傾げた。そして、指を折りながら口を開く。


「獣人族とドワーフ族、エルフ族、巨人族。それから……ま……いや、それはいいわね。他にも幻と言われる種族小人族、妖精族が居ると言われているわ」


「へーそんなに……」


「何、驚いているの? 私が言ったのはおそらく一部よ。この世界は広いのだから」


「世界は広い……そうか。やることが無くなったら、見て回るのもいいかも知れないですね」


「むー何よ。私の世話係が終わったら、どうしようか考えているの?」


「あ、すみません……そういう訳ではないです」


「ん? んん?」


 リリアが何かに気付いたのか、ニールの体を弄っていく。ニールは抵抗しようとしたが敵わずに着ていたぼろ服が脱がされてしまう。


「え、な、いきなり、なんですか?」


「んーなんか背中に……あった。これは何?」


 リリアがニールに上半身を倒させるとニールの背中に何か円と星の図形……幾何学模様が刻まれているのに気付いて指示した。ただ、ニールは首を傾げる。


「ん? え? 背中ですか? ごめんなさい。ちょっと見えないんですが……」


「あぁーそうよね」


「何かありましたか?」


「うん。これって魔法陣よね? シャロン?」


 リリアに問いかけられたシャロンはニールの背中に刻まれていた魔法陣へと視線を向ける。


「本当ですね。なんでしょう? 見覚えのない魔法陣ですね?」


「これは……かなり古い魔法陣よ? 昔、一度だけ似ている魔法式を使った魔法陣を見たことが……そう中央図書館で読んだ禁書に書かれていた魔法陣に似ているわ。これはニールじゃないわね。さすがに……自分の背中に魔法陣を書くことは出来ないわよね? ニールの両親が? けど、ソンル村でそんな著名な魔法使いが居るなんて聞いたことはないわ……そもそも魔法使いなら戦争なんかで死ぬことはないわよね? んーわからないわ」


 リリアはニールの背中に刻まれた魔法陣を見ながら目を細めた。そして、考えを巡らせながらブツブツと呟いていた。


 少しの間をおいて、ニールが言いにくそうに口を開く。


「あの……そろそろ上着を着ていいですか?」


「あ、あぁ、ごめんなさいね」


「いいですけど……」


 ニールはいそいそとボロ服を着なおした。そして、リリアへと視線を向けて続ける。


「俺の背中に何かあったのですか?」


「そう。魔法を行使する上で必要となってくる魔法陣っていうのがあるんだけどね? その魔法陣が君の背中に刻まれているのよ。何か身に覚えはあるの?」


「その魔法陣ってのが、俺の背中にあるんですか? 身に覚えはないですけど」


「そうならいいわ……あ、もう少しで屋敷よ」


「本当ですか? 見てもいいですか?」


「ええ、もちろんよ」


 リリアの許可をもらうと、ニールは再び馬車の小窓から外を覗く。


 街の様子は変わっていて、何やら豪華そうな屋敷が建ち並んでいた。そして、建ち並ぶ屋敷の中で一つの屋敷へと馬車ははいっていた。

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