第3話 奴隷オークション。

 悠李がニールの体に転生して四日が経った。


 ここはニールが寝泊まりしている部屋。


 周りで大男達が馬鹿話に興じている中でニールは一人毛布に包まり蹲っていた。


「……」


 ニールの寝起きした部屋へ眼光鋭い厳つい男が姿を現した。


「A-1の奴隷共、集まれ!」


 厳つい男の声で、部屋の空気がピシッと緊張したものに変わって……部屋に居た者達が急ぎ彼の前に集まった。


 ニールも突然のことに戸惑いながらも他の者に続いて集まる。


「これからオークションの顔見せだ。ちゃんとしろよ? 今日は上客が来ているんだからな」


 厳つい男はニール達……奴隷達が集まったところで腕に付けていた手錠を鎖で繋げて……引き連れる形で連れ出した。


 それから、シャワー室に行って体の汚れを洗い落とすと中庭に連れていかれた。


 中庭にはニール達の他にも男女合わせて三十人ほどの奴隷達が集められて等間隔に並ばされた。


 しばらく待てと言われると、ニール達奴隷はその場で座っていた。


 座り始めて十分した時、閉じられていた中庭正面の扉が開いて……身なりの綺麗な人々が続々と姿を現した。


 その身なりの綺麗な人々はオークションの参加者達のようで、彼等は奴隷達の顔を見て回って行った。そして、気になった奴隷にはいくつかの質問などをしているようだった。


 この時、ニールは人気がまったくなかった。


 オークションの参加者達はニールを目にしてもすぐに通り過ぎてしまう。


 どうやら男の奴隷に期待されているのは純粋な労働力で、幼い子供のニールは人気がなかったようだ。


 まぁ、更に言うならニールは俯き、あからさまに落ち込んでいる様子から敬遠されたのかも知れないが。


 しばらく、オークションの参加者への顔見せが続いたところで……ニールの周りが騒がしくなった。


 騒がしくなったことに気付いたニールは顔を上げた。


 ……すると、ニールの目の前には長く綺麗な金色の髪をなびかせた女性が立っていた。


「君の名は?」


 その金髪の女性は笑みを深めてニールに問いかけた。


 金髪の女性は大きく吸い込まれてしまいそうな青く綺麗な瞳。


 スッと伸びた鼻。


 ほのかに赤く柔らかそうな唇。


 それらが造形美を感じるほどにバランス良く配置された美しい顔立ち……それはもはや神話の絵画から飛び出してきたのではと思えるほどに、神聖な美しさを秘めている女性だった。


 十五、十六歳だろう。小柄でフワッとレースがふんだんに使われた桃色のドレスを着こんでいた。


「もう探しました。リリアお嬢様。急にいなくならないでください」


 金髪の女性……リリアの後ろから深青色の髪を長く伸ばした女性が姿を現した。


 深青色の髪を長く伸ばした女性は一見美青年にも間違えられそうな中世的な美しい顔立ち。


 そして、彼女が着ていた軍服に見える……黒のジャケットに青い長ズボンと体系が分かりにくくなる服装でもわかるほどのプロポーションの良さがあった。


 魅力的な女性が二人も現れたことで……周りの男は皆、彼女達に見惚れているようだった。


「ねぇねぇ、シャロン」


「ん? どうかされたのですか?」


「この子可愛い」


「確かに可愛い。男の子ですが……どうされたので?」


 深青色の髪を長く伸ばした女性……シャロンがニールを見ると、首を傾げた。


 きょとんとした表情を浮かべていたニールを目にしたリリアはしゃがみ込んでニールと視線を合わせる。そして、微笑んで再び問いかける。


「ねぇねぇ、君の名を私に教えて?」


「え、あ、俺はニール・アロームス……」


「そう、ニール・アロームスね。君、可愛いね」


「かわ……何を言って」


「ふふ、またね。行くわよ。シャロン」


 リリアは、ニコリと笑みを浮かべるとシャロンを伴って離れて行った。


 リリアの背中を追いながらニールがポカンとした表情を浮かべる。


「なんだったのか……」


 言葉を途中でニールは悪寒のようなものが走り、ブルリッと体を震わせた。


 そして、周囲に視線を向けるとその場に居た男全員から殺気が込められた視線がニールへと向けられていたのだった。





 二時間ほど中庭で座っていたニール達奴隷は、扇型の会場……その舞台へと繋がる控室に連れてこられていた。


「……」


 ニールは黙っていると、他の奴隷達の声が聞こえてきた。


「おわー緊張してきた」


「建築は嫌だぁ」


「毎日、荷運びはキツイよな」




 建築か。


 いっそ、キツイ仕事をして死んだら……元の世界に戻ることはできないだろうか?


 ……そんな上手く行かないよな。


 俺が前世の記憶を持ってニール・アロームスとして生きているのもおかしなことだ。


 この世界に居ることは俺にとって……試練となるのかな?




「おい。次の奴、来い!」


「痛いな! 引っ張るなよ!」


「黙って従え!」


「ごっがは!」


「おいおい、あまり商品を傷つけてくれるなよ」


「いつもの通り見えないところを」


「そうか。ならいい。さっさと連れてこい」




 乱暴なやり方だ。


 まぁ、奴隷は……他人に所有される存在だ。


 そうだよな。


 俺もその内同じようになるのか。


 ニールは周りの音を遮断するように塞ぎ込むのだった。






 オークションが進んでいったところでニールは顔を上げた。すると、控室の出口からオークションの様子を覗くことができた。


 オークション会場である舞台には奴隷達一人一人が呼ばれて……オークションにかけられる。実際に男の声が聞こえてきてくる。


「三十五番一万アップ! 三万グルド! おぉーこちら七十八番ダブルアップ! 六万グルド! ……他に居ないか? 他に居な……三十五番一万アップ! 七万グルド! おっと即座に返す七十八番二万アップ! 九万グルド! ……他に居ないか? 他に居ないか? それではハンマーセッション!」


 カンカンカン!


 男のハンマーセッションと言う言葉の後で、木と木がぶつかるような音が響いた。そして、どこか熱狂したような声と拍手が聞こえてくる。


 そのままニールは黙っていると、呼ばれて……舞台の上へ。


 そして、舞台の真ん中にまで引っ張り出される。


「あ」


 舞台の上に立ったニールが、大衆の目に晒されてビクンと体を震わせた。


 そんなニールの様子など関係なしに司会していたオールバックの男が陽気に声を上げる。


「それでは次の奴隷の出品です。名はニール・アロームス……若いですが将来有望な働き手になることでしょう。価格は一万グルドから……他に居ないか? 他に居ないか? 他に居ないか? ほ……他に居ないか?」


 オールバックの男は笑顔を引き攣らせながら、オークションの客へと問いかけ続けた。ただ、オークションの客から入札を意味するハンドサインが上がらなかった。


「他に居ないか? 他に……おぉ一番……一番十万グルド!」


 オールバックの男もオークションの客もいきなりの高値の落札価格に驚きの声を上げていた。


 おそらく最低落札価格でも人気がなかったニールを落札できたかも知らない。


 それなのに最低落札価格の十倍の落札価格を提示したのだ……そんな酔狂なことをするのは誰かとニールは落札者に視線を向ける。


 すると、五十代の男性、その隣に先ほどニールに話しかけてきたリリアとシャロンがいた。


 ニールと視線が合ったリリアは小さく手を振ってニコニコと笑っていた。

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