31 モスク


「さて、僕らはこれからモスクに行きますが、よかったら一緒にいかがです?」


「あ、今から?」


「モスクにはいつ行ってもいいんですがね。金曜の午後のお祈りはジュムアといって、特別なんですよ。男性はモスクでこれをやるのが義務なんです」


「あ、女性は違うの?」


「女性はジュムアも家でやってかまいません。それでもモスクに来る人も多いですけどね」


「私も今日は、長めのお昼休みをもらいました」


と、サフィナ。なるほど、それで病院にも寄ってくれたわけか。




 サフィナが運転するオデッセイを、我々が借りているアキュラで追う。今日は一緒ではないが、リサのソラーラも含めて日本車ぞろいだ。これは決して彼らが日本びいきだからではないだろう。病院やホテルの駐車場でも、ハイウェイでも、アメリカにおいて日本車は少数派ではない。


 三十分ほど走り、住宅街に開けた駐車場に入った。五十台分ほどのスペースが八割方埋まっている。


「ここがそうなの?」


「みたいだな」


 モスクと聞いて思い浮かべていた外観は、麻子も私と大差ないだろう。アラビアンナイトの絵本に出てくるタマネギみたいなドーム状の屋根と、それを囲んで立つ数本の尖塔せんとう。大小の差はあれど、おおむねそんな形をしているものだと思い込んでいた。


 ところが、目の前に建っているのは、何の飾り気もない二階建ての木造建築に傾斜した屋根が載っただけの代物。小さなアパートか、町民の集会所といったムードだ。


 それでも、サフィナは空いているスペースに駐車しようとしているし、何よりそれらしきよそおいの人々が建物に向かっているから間違いない。この町のどこにそんなにいたのかと驚くほど、褐色の肌の男性たちがぞろぞろ。


 それに、数は少ないが、ヒジャブ姿の女性たちも。スモックを足元まで長くしたようなゆったりとした服もあるが、若い子などはジーパンにワンピースを重ねたような格好だったりもする。いずれにしろ肌の露出は控え目だ。


 車を停めて外に出ると、ファイエドが声をかけてきた。


「部屋が男女で分かれてまして、入口も別々なんです」


 おのずと、私はファイエドに、麻子はサフィナに付いていくことになる。


「あ、でも頭、被ってないけどいいのかしら?」


 麻子のジェスチャーで察したサフィナが、


「中で貸してもらえますから大丈夫。さあ、どうぞ」


と促す。


 外階段を上がり、靴を脱いで入ると、中はすでに混み合っていた。年齢層はお年寄りから子供まで幅広い。部屋の広さは三十畳ほどだろうか。右手には女性陣の部屋に通じているのであろう廊下があり、男子トイレに人が出入りしているのが見えた。


「トイレの中に手足を洗う場所がありましてね。お祈りの前には決まった作法で身を清めるんです」


「へえ」


 それは知らなかった。寺や神社の手水舎ちょうずやみたいなものか。


「私は家で済ませてきましたんで」


「ふーん」


「モスクに着いたら最初に各自でお祈りをします。これは義務じゃありませんが、やった方がいいとされてますんで、ちょっと失礼」


 そう断ると、ファイエドはしかるべき方向を向いて目をつぶり、祈り始めた。建物自体がうまいこと建てられているらしく、壁の一つにまっすぐ向き合う形だ。そのとき私は、床一面に敷き詰められたカーペットの模様もお祈りの方角を示していることに気付いた。


 周りにならい、床にじかに腰を下ろす。


 見回すと、他にも各自でお祈りをしている人が何人かいた。大半はファイエドのように襟付きシャツとジーパン、もしくはスラックスといったごく「普通」の服装だが、中には、膝下まである白い上衣に、コック帽をうんと低くしたような白い帽子を被り、いかにもムスリム然としたで立ちの人もちらほら見られる。面白いもので、町中や空港とは打って変わって、見事に白人がいない。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る