18話 ゴールデン、ウィークポイント

「じゃあウチら買い出し行ってくるから美央っちは下準備よろね?」


「うん」


「優太は大人しくお留守番。今日はウチらが作るって決めたんだから手伝っちゃダメ。オーケー?」


「はいはいオーケーオーケー。いやあ楽しみだな」


 僕の返答に「任せなさい!」と胸を張った理夢は『どうして私まで』感満載の表情の円香の腕を掴んで意気揚々と外へ。見送りの為窓に近付くと、丁度車庫から出て来た車に乗り込んだ2人に手を振った。運転席からは京華さんが何やら親指を立ててウインクをしているが、意味不明の為適当に愛想笑いを返しておく。


 今日の夕食はすき焼きにするらしい。最終日に相応しい豪勢なメニュー。買い出しに向かったのは理夢と円香、そして運転手に京華さん。昨日担当したからという理由で僕は居残り、美央子はつけ併せなどの準備を任されたようだ。


 この人員の振り分けは実に自然、何も無ければそう思える内容。


「さて、一気に静かになっちゃったなぁ」


「ふふっ。そうだね」

 

 相槌を打った美央子はスマホを操作し、台所に置いた。料理は『経験が無い』と言っていたし、どうやらレシピを表示させながら調理しているらしい。しかしながら一々確認している様子はなく、恐らく最初に一瞥しただけで内容は理解出来ているのだろう。テキパキと調理を進める横顔には余裕さえ感じられた。


 窓際から離れた僕はキッチンに一番近いテーブル、その椅子に腰掛け、彼女の後ろ姿を少しの間眺めていた。包丁がまな板へ打ち付けられる音、鍋から上がる蒸気、揺れる髪先、僅かに聞こえて来る鼻歌……そんな平和で、静寂な空間を丸ごと眺めて、深く息を吸った。


「美央子、ちょっと話があるんだけど」


 そして吐き出しながら言った。まさか僕がずっと忌み嫌って来た『ちょっとした話』を切り出す立場になるとはね。しかしこちら側に立ってみると分かる。内容が重たければ重たい程、確信の有無に関わらず『ちょっと』と付けてしまう気持ちが。


「もうなの? 推理を披露したいなら、ちょっと役者が足りないよ?」


「僕は探偵じゃない。したいのは推理ではなく話し合いなんだ。友達として、君と向き合いたいんだよ」


「ふふっ。優太それ、円香ちゃんの受け売りでしょ」


「え」


 僕の言葉の澱みに、彼女の背中が小さく揺れた。


「うん。確かに探偵じゃないね。だってこんな簡単に引っかかっちゃう」


 やられた、また先手を……いや、先程僕と円香が『何か』について話しているのは彼女も知っている筈。殆ど確信があった上で問い掛けて引っ掛けた、或いは騙されたと錯覚させ動揺を得るのが彼女の目的。まだまだ掌の上だと悟らせる為のブラフ。それくらいなら、彼女なら出来てもおかしくない。


「でもそっかあ。とっておきの舞台、用意してたんだけどなあ」


 落ち着け、落ち着け……僅かに肩を落とした彼女はそれから沈黙し、僕はそれを肯定と勝手に受け取っておく。答えてくれるかはさておき、少なくとも話を聞かせる事は可能らしい。なら始めよう。僕予想が正しければ今以外、タイミングがない。


 理夢が居ない今しか、話せないことだ。


「君はどうしてこんな事を」


「それじゃダメだよ、優太」


 彼女は、包丁を少し強めに置いて振り返った。室内に響き渡った音、交わされた視線を僕は逸らせず、刹那にも永遠にも思える時が流れる。


「話し合いをしたいんでしょ? ならちゃんと話してよ」


 こんな時でさえ、彼女は笑っている。


「優太が何を見て何を考え、どうして私を疑ったのか。きっかけからちゃんと聞かせて。そうでなきゃフェアじゃないよ。だって人の告白を断っておいてさ、その理由も聞かせてくれないのに」


「それは……だから、僕には恋人なんて」


「面倒だから? 喧嘩をしたくないから? 友達のままでいた方が気楽だから? 本当にそんな理由で私をフッたの?」


「そうだよ。僕はそういう最低の人間なんだ。君だからどうこうの話じゃない。これは僕の問題で」


「ふふっ。あはははははっ」


 高らかに笑う彼女の声色は鋭く、僕は思わず話の腰を折られてしまった。そして飛んで来た短い嘲笑。似合わぬ顔色を浮かべた彼女は視線を切ると、調理を再開した。


「……うん。まあ、優太ならそれでも良いかもね。今はそういう事にしておいてあげる」


 蛇口を捻って水を出し、野菜を洗っていく彼女の手際は素早く、しかしながら未だに小刻みに背は揺れている。

 

「じゃあ話そう? ちゃんと最初から」


 思わぬ角度から詰められたな。まさか真正面から相対するとこうも恐ろしい相手とは……しかし最初から、ね。僕がこの旅行、或いは美央子を疑った原因は数多くあるけど。


「まずはこの旅行。君が計画を立てたのはいつなんだ」


「うーん、えーっと4月の頭くらいかなあ」


 そんなに、前からか。


「僕の一番聞きたいのはそこだ。理夢は知っているのかい? 君が旅行の計画を事前に立てていたことを」


 ここだ、ここさえ違ってくれれば……と、そんな僅かな願いでさえ、でも当然叶わない。


「言ってないから、知らないよ?」


 軽く鼻を鳴らした音が僅かに聞こえて、視界が揺れた。


「ねえ、どうしてそれを一番に聞きたかったの? まだ不十分だよ。ちゃんと説明して? 私を疑った理由、私とこうして話し合いなんて始めた理由は何?」


 スマホの画面を操作しながら、レシピに目を通しながら、こんな瞬間でも鼻歌混じりで調理を続けている……意図が分からない。表情が見えないからじゃない。どうしてわざわざ僕の口から説明させる? 何故そんな回りくどい事を。


「……理夢の行動は明らかに不自然だった。アウトレットや人力車、今日のこの空間も。他にも何度か僕達を2人きりにしようと、彼女は動いていたように思う」

 

 僕は他人の恋愛感情に少し疎いが、そこまで鈍感でもない。あれだけ2人きりの場を設けられれば嫌でも分かる。


「そう。そうだね。理夢ちゃんはちょっと気を遣い過ぎてたね。ふふっ、あんなにあからさまじゃあ誰でも気が付いちゃうよ」


 友達に好きな人が居れば、応援するのは当たり前の事。とは言っても確信を持ったのはさっきだけど……きっかけは人力車だ。この旅行、僕は『気遅れする』と一度断っている。円香は露骨に嫌がった。しかし理夢は『みんなで何処か行こう』と。それだけ『みんな』に拘る理夢が別行動を選ぶかというのは考え難い。


「ずっと疑問だった……どうして理夢と美央子は、出会ってから一ヶ月程度でここまで仲良くなれたのか」


「うん。どうして?」


 思わず言いかけて、口を塞いで、また美央子の背中が揺れる。


「ああ。言えないよね。言い難いよね。同じものが好きだからなんて」


 僅かに彼女の手が止まる。


「優太が好きだからなんて」


 そう、そうだ……共通の趣味でもあれば関係が進展する速度は早い。やはり理夢と美央子はお互いに知っていたのだ。互いが誰を好きであるか……その上で理夢は美央子を手助けしようとしていた。恐らくカラオケで僕に言った『気になっているだけだから』という言葉を使って、自分の気持ちは殺して、美央子に先を譲った。


 何も知らないままで。


「アウトレットで君は言った。『理夢には告白の事を何も話していない』って。それは言葉の通りの意味なんだね。君は確かに話していない。でも」


 それなのに。


「うん。ただ『好き』ってだけ伝えたの。面白いよね。伝えることと伝えないことを選ぶだけで、人って思い通りに動いてくれる」


「告白の件も、旅行の計画も、全部話していたって何にも問題無かった筈だ。理夢なら、あの子ならそれでも君に協力してた筈だって分かるだろ、美央子。なのに……」


 どうして。なんでまだ、悠々と調理を続けられるんだ? どうしてそんな風にレシピを眺めて、変わらず手を動かせる? いつも通りでいられる。


「そうかなぁ? だって私が旅行を思いついたのはね? 4月5日なの」


 何だ。急に。彼女が手を止めて振り向いた。


「それでも問題ない? それでも理夢ちゃんは私に協力してくれたのかな?」


 4月5日? どうして何故か妙に覚えがある。何の日だったか。春休みじゃない。春休みはもう明けていて……そうだ。


 始業式、当日。


「美央子、君はもしかして、」


「理夢ちゃんの行動を一目見て分かったの。この子も私と同じだって。まあ私はもう諦めていたんだけど、取り込めば変化は期待出来るかなって。ほら、それ自体は悪い事じゃないよね?」


 彼女は続ける。そこに僕の、皆の良く知る美央子の姿はもうない。


「初めて会った時、この子は優太が好きなんだろうなあって分かった。話していて、友達が欲しいんだろうなあって分かった」


 聞きたくない、やめてくれ……駄目だ、これ以上折れるな。


「ゴールデンウィーク、優太は私を誘ったりしないだろうけど、この子ならもしかしたらって期待した。私が優太を『好き』だと言えば勝手に協力してくれるって期待した。転校を繰り返しているあの子なら、元からある繋がりを優先するだろうなあって期待してね。勿論、円香ちゃんにも京華お姉ちゃんにもね。そうして色んな事を期待して、結局大体その通りになった。あの子は私が望む結果を与えてくれたの。だからすごく感謝してる」


 これは、僕がどうにか出来るのだろうか。


「友達になって良かったって」


 僕が、やらなきゃいけないの?


「なんで、そんな」


「優太が好きだから。全部優太のせい」


 間髪の無い返答、目が眩みそうになる。


「その為に、そんな事の為に、君は理夢と友達になったっていうのか。だってそれじゃ……それならあの子の気持ちはどうなる? 理夢が君を思う気持ちは」


「そう。気持ちの問題だよ?」


 ああ、頭が痛い。


「実際に私が何かした? してない。私は理夢ちゃんと友達になっただけ。確かにこうして好きな人と旅行出来たし、メリットはあったよ? でも私は何もしてない。ただ期待しただけ。伝える事とそうでない事を選んだだけ。全部を打ち明けていないだけ」


 一体何が、彼女をここまで変えてしまったのだろう。宙を優雅に舞っていたその視線が、鋭く僕に叩き付けられる。


「でも優太は違う」


「な、何を」


「優太はさ、私を疑ったよね。それも心の中だけじゃなくて、こんな話し合いの場なんて設けて、直接私に疑いを告げた。私と違って打ち明けちゃったんだ」


「それは君が」


「私が思わせぶりな事を言ったから? 京華お姉ちゃんに何か言われたから? 円香ちゃんと話したから? 理夢ちゃんの行動が不自然だったから?」


 詰め寄った口調だが、彼女の足取りは軽く、後ろで手を組んでこちらへ歩き出した。その姿はとても楽しそうで、僕はもう何が何やら。


「全部優太から始まったんだよ」


「……僕から?」


「そもそも優太が私を疑わなければ、そもそも優太が何も疑わなければ、優太が優太でなければ何も起こらなかった話なの。優太が疑い、考え、行動し、不安に思って疑念を抱いて……要するに、そうだろうと『期待』した結果」


 この話を、理夢に聞かれていない状況で出来た事だけが幸いか。


「君の目的が分からない。これは、何がしたいんだ」


「何度も言ってるよ。優太の為だって。後は、私の為、かな」


 遠くから、帰宅にはやけに早いエンジン音が聞こえた。視界の端に、遠くから、誰かが駆けているのが見えた。


「私が優太に期待したのはたった1つだけ」


 彼女が後ろで組んでいた手を、


 スマホを、僕に向けた。


「みんなが『優しい優しい』って言う優太に自覚して欲しかった。些細な事で人を疑って、色んな事を探って、知らなくて良い事まで知ろうとして、秘密を暴いちゃう。そんな人間だって知って欲しかった。だって、そうじゃなきゃ優太はさ……」


 しかし表示されていたのはレシピなどではなく……理夢と、通話中の画面。


 いつから? いや、いつから聞かれていたのかなんてこの際どっちでもいい。


「ふふっ。そんな顔しないで、実際楽しかったでしょ? 私を疑っている時の優太、凄く良い顔してたんだから。充実していたでしょ? あれこれ考えて気を回して、普通の旅行じゃきっと優太は満足しなかっただろうから」


 鼓動が高鳴る。心臓がこんなに激しく……違う。


 これは地面を素早く踏み鳴らす音、ウッドデッキをどたばたと駆け上る音か。


「美央っち」


 勢い良く開いたドア、上がった息や挙動とは裏腹に理夢の声色は低く、その目線は真っ直ぐに美央子を突き刺すように。


「今の話、ほんと? 嘘だよね? またウチを、からかってるんだよね?」


 でも美央子の目線は、ずっと僕から変わらぬままだった。


「優太が私を最後まで信じてくれていたら、こんな事起きなかったのに」


 その言葉を皮切りに、室内の空気が冷えた気がした。


 一歩踏み出し、こちらに近付いた理夢の視線が揺れ……いや、瞳が動いていた。目で追い、捉えたのは玄関に置かれた1つの陶器の花瓶。理夢は迷いない手付きでそれを掴み歩き出す。


 早くなく、しかし決して遅くない速度で。


「理夢っ」


 僕は叫び、理夢は応えず、美央子は、まるでこれも『期待通り』だと動かずにただ笑っているだけ。


 当然僕は間に入った。なのに、


「どいて」


 理夢は低く呟いて振り下ろした。僕が間に入ってるのに、僕なんかには目もくれず、一切躊躇無く恐らく力一杯振り下ろしたのだろう。


 咄嗟に上げた両腕、右腕の手首から肘にかけての何処かに直撃し鈍い音がして、思わず息が漏れた。痛みに息が止まり、反射的に身を屈めた。そうして視界に入って来たのは、落下し、割れずに形を保ってしまっていた花瓶。そしてそれを拾い上げようとしている誰かの……理夢の腕が、溢れた水に映った。


「だめだっ」


 足で花瓶を払い、出来る限り遠くへ蹴飛ばす……顔を上げると理夢の目線は僕ではなく、既に背後の美央子を真っ直ぐに見定めているようだった。そうして理夢の、花瓶を拾い上げようとして空を切った腕が、美央子へ向け持ち上げられ、伸ばされて、突き出されようとしているのが嫌でも分かってしまった。


「理夢、落ち着いてっ」


 辛うじて動いた左腕で彼女の腕を掴む。残された手段はそれだけで、後は全身で目一杯、動きを押し留めるしかなかった。


 凡そ少女とは思えぬ咆哮が聞こえた。獣のような嘆きが聞こえた。密着した衣服から、アウトレットで、2人が『良い匂いだね』と笑い合っていた香水が僕の鼻先を通っていく。


「な、なに、これ」


 視界の端で、円香が硬直している。助けを呼ぼうと声を出そうとして、でも出来ない。理夢の腕を痛めないよう掴むのすら不可能な程だったから。既に相当の力で、爪だって食い込ませてしまっているかもしれない……これ以上押しているだけなんてとても耐えられなかった。


 ごめん。


 決して後頭部を打ち付けないよう、僕は理夢の足と自分の足を引っ掛けて、手前に、腕を掴んだままで引き倒す。そんな事くらいしか出来なかった。


 ごめん。


 僕が馬乗りになっても、尚も暴れ続ける彼女に、ずっと謝り続けた。


「ごめん」


 理夢はまだ僕を見てくれず、その視線は美央子へ突き刺したまま。伸ばされた腕が、指先が、爪先が僕の視界に入ってくる。本当ならこれも甘んじて受けるべきだったのに、僕は何処までも人間だったから反射的に顔を逸らしてしまった。


「ごめん」


 左の頬に鋭く、強い痛みが走った。


 その瞬間、理夢の瞳が見開かれて、ようやく僕を見つめてくれた。ピタリと停止した動き。だから僕はゆっくりと掴んでいた腕を離す……流れた血、その一滴が、僕が覆い被さっているから理夢の頬に垂れてしまって、また謝る。


「なんで……なんでっ」


 理夢の滲んだ目を見てしまって、また……そうして乗りかかった理夢から降りた時、彼女の呆然とした表情で全身から力が一気に抜けていく。手を差し出して起き上がってもらおうとしたけど、どうやらまだ、彼女の受け取る準備が整うまでには時間が掛かりそうだった。


「何してるの、理夢」


 誰かが、酷く低い声で呟いた。


「優太に何をしたか、分かってるの」


 その、円香の声に理夢の体が強張っていくのが分かる。続いて僕の目を、頬を見上げた理夢の瞳に、明らかな後悔と恐怖が滲んでいた。


「良いんだよ。僕は平気だから」


 僕はこれ以上場を混乱させぬように、穏やかに告げ、円香はただ一言だけ、「そう」と息を吐いて……花瓶を手に取る寸前で収めてくれたようだった。そんな静寂が訪れたのも束の間、

 

「ふふっ。あーあ、優太はこんな時でも優しいだね」


 美央子がぽつり、どうやら平和な解決はお気に召さなかったらしい。


 その言葉に理夢が上半身が飛び起きる。食いしばった歯、歪んでしまった横顔はこっちまで音が聞こえそうな程で……理夢は美央子を睨んで、それから僕を見ていた。早まっていく呼吸、上下する肩と動揺。


 理夢は頭を強く掻き毟って、大きく息を吐いた。


「もういい」


 そうして力無く立ち上がって、ぶら下がった腕を……いや僕は今度こそ、掌をしっかりと遠慮して握って止める。


「離して、ウチに触らないで」


「駄目だ」


 言うと理夢が大きく短く、息を吸い込んでまた力んでいく。破裂寸前の感情を必死に押し殺しているのが分かってしまった。


「っ……外の空気を吸いたいの。このままここにいるなんてウチは、耐えられないから」


 震えた声で、


「お願いだよ優太。今だけは、離して」


 でも僕は、強く首を横に振る。


「離せないんだ、どうしても」


「離して、離して、離してってば!!」


「今ここで君を離せば、そんな状態の君はまた迷子になるよ。街中とは訳が違うんだ。今度は君を見つけられないかもしれない。そんなのは絶対に嫌だ。お願いだから今は、ここにいて欲しい」


「っ……もう、いいからっ!」


 理夢はやはり暴れたが、先程の勢いは感じられない……本当は優しい子なんだ。だって多分、もう僕を傷付けないように丁寧に、こうして躊躇して暴れてくれているのだから。


「いい加減にしろやッ、こんクソガキ共がッ!!」


 玄関から、聞き慣れない声量。僕だけじゃなく全員の動きが一時停止する。


「はぁ……あー、喉痛っ。もー慣れんことさせんで」


 見れば、どう見ても億劫そうに面倒そうな顔をした京華さんが、僕達をじっくり眺めて思い切り溜息を吐き出している。


「ったく、若者のいざこざに首突っ込むんはおばちゃんやめとこ思っとったけどな? 怪我人が居るようじゃあ口出すしかないやん。どアホが。バカたれ。アホんだら」


「へえ、意外だなあ。京華お姉ちゃんがそんなことを」


「黙っとき美央子」


 短く吐き捨てるように告げた一言。その冷徹さはたちまちこの空間を支配し、京華さん以外の人間は口を開く事はおろか、指先一つ動かす事を許されない威圧感を放っていた。


「はい。よろしい」


 パチンと京華さんが手を叩く音が室内に響き渡った。すると弛緩した空気の中、先程と打って変わって陽気で親しみ易く、見知った様子で、京華さんは美央子を指差す。


「まず美央子は私の部屋で反省。円香ちゃんと理夢ちゃんは2階で待機や」


 そうして最後に、


「ほんで優太くん」


「は、はい?」


 僕を指差して、こう言ったのだ。


「ちょーっと、お話しよか」

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