ほんの思い出話(夏休み・拷問・最期)
僕の最期はあっけないものだった。
どうも最近調子が悪いなと思いつつ、病院へは行かなかった。そして休みの日に出かけたとき、横断歩道で財布を落として拾ってみれば、急にぐらっときてそのまま倒れた。最初は熱中症かと思った。救急車を呼ばれ、精密検査の結果、診断は肝臓がんだった。さすが沈黙の臓器。なにも気付かなかったぞ。
幸いまだ転移は見られず、手術と抗がん剤治療で頑張りましょうとなった。頑張りましょうと言われたって。僕は疑っていた。本当に治るのか? これ。
手術自体は成功した。そこからの抗がん剤治療が地獄だった。吐いて吐いて吐きまくって、それでも吐き気は止まらなくて、だるくて動けない。毛という毛が抜けた。鏡を見るたび、これは僕なのだろうかと思うほどやつれた自分が映っていた。
僕には家族というものがいない。自分から飛び出してそれきりだ。だから僕の現状は誰も知らない。孤独な闘いだった。こんなことならこのまま死んだほうがマシだと何度も思った。
そして案の定がんの転移が認められた。おいおい、やっぱり大丈夫じゃないだろ。
抗がん剤の量が増えた。辛さが増した。これ、治療で死ぬんじゃないだろうな?
食事らしい食事をすると吐き気が増すため、まともに食べることもできない。胃から苦いものが上がってきて、氷を舐めて過ごした。腹水が溜まりだして腹はぱんぱんに膨れ上がった。脚のむくみも酷くなってきた。
これは拷問だ。
それでも医者は頑張りましょうとしか言わなかった。だからなにを頑張るんだよ。僕は十分に頑張ってるぞ。
いよいよもって僕はだめそうだ。そう悟って、緩和ケア病棟への移動を申し出た。医者はなにも言わなかった。そりゃそうだ。僕のこんな状態を見て、断るやつなんていないだろ。
終末期医療というのは抗がん剤治療はない。代わりに痛みを和らげるための処置だけをしてくれる。もう、今の僕にはこのほうが救いに思えた。全室が広い個室で、寝たきりとは言えなんだか安心感がある。普通は家族が二十四時間付き添ったり寝泊まりしたりできるようにもなっている。が、僕には関係のないことだ。
おかしいな。弱っているからかな。こんな自分が寂しいと思うなんて。
こうして僕の人生は静かに幕を閉じた。みんな最期なんてこんなもんさ。誰だってひとりなんだ。まあ、ちょっとしんどかったけどね。
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