長い夜(夜・読書・苦痛)

 秋の夜長は人肌恋しくなる。誰か求めようにもわたしに今そういう相手はいない。自分で自分を慰めるしかなく、恋しさはさらに増す。毎日がその繰り返しで、自分のことながらむなしくなるばかりだ。

 事の終わりはなにもしたくなくなる。ぼんやりベッドに転がり、目を閉じて余韻に浸る。このまま寝てしまおうかと脳裏をかすめるが、せめてシャワーは浴びたいなと重い感情が頭をもたげる。

 ああ、動きたくない。

 食事を摂るのも面倒だが、せめて水分は補給しようとベッドサイドに置いてあるグラスに手を伸ばした。

 冷たいものを用意していたのにすっかりぬるくなっていて、怠惰な自分を連想させた。いつもそうだ。わたしには変わらないものしかない。朝起きる。仕事に行く。適当にこなす。ラッシュ帯の電車に揺られて帰宅する。そして、日常から逃げる。

 これが若い女のすることだろうか。物足りなさは慰めだけでは埋まらない。

 せめて親しい友人でもいたらなにか変わったのだろうか。それはたらればなのだろうか。からだをあたためてくれるだけの関係でもいい。わたしは今、ぬくもりに飢えている。

 からだは重かったが風呂場に向かうことにした。たまにはシャワーだけじゃなくちゃんと湯船にでも浸かってみよう。ちょっとした気分転換を期待して、下着を脱いだ。

 まずは立ったまま頭からお湯をかぶる。少し肌寒かった皮膚は水滴をしたたらせ床を濡らした。そしてゆっくりと湯船に沈んでいく。

 じわじわとからだの芯まで熱が伝わり、お湯と自分の境界がわからなくなる。まるで誰かに包まれているようだ。擬似的な人肌のぬくもりを感じて、わたしは自分で自分を抱きしめた。


 風呂から上がって髪の毛まで乾かし終わると、冷蔵庫から新しいお茶を取り出して一息に飲んだ。喉から冷たいものが中を通っていくのがわかる。もう一杯おかわりして、部屋に戻った。

 さてどうしよう。まだ夜は長い。

 ふとベッド下に積み上がっている本たちが目に入った。最近は気力がなくてどれもこれも買ったままになっていたのだった。わたしはその中から適当に一冊を引っ張り出し、読んでみることにした。

 それは悲恋の物語だった。主人公の女性がどれだけ相手を想っても、そのひとには決まったひとがいた。結婚を控えて嬉しそうに笑う彼に、主人公は胸を痛める。

 過去、わたしにもそんなひとがいた。違うのは、彼には家庭があったということだ。今でこそただの思い出話だが、当時は苦しくてしょうがなかった。思ったように連絡もできなければ、会うこともできない。すべては相手の都合で決まる。

 次第に想いが苦痛を上回り、わたしから別れを告げた。よくある話だ。ありふれていて笑ってしまう。若気の至り。自分は特別だという思い上がり。

 それでも、肌を重ねているときだけは幸せだった。頭をからっぽにできるあの瞬間が好きだった。昼間からの情事は秘め事を助長させた。今はわたしだけのものだと主張できる唯一の行為。

 馬鹿な女だった。なにかを期待するだけ無駄なのに。


 秋の夜長は余計なことを考えさせる。

 わたしは今のわたしに満足している。そういうことにしておけばまだ救いもある。本を閉じて布団にくるまると、まだ引かない熱が冷たいシーツをあたためた。

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