初恋は成就しないもの、と言うけれど(金曜日・公園・愛憎)
それは中学のときだった。彼には彼女がいた。もう三年の終わり頃だっただろうか。誰に聞いたわけでもない。女の勘として、いや、わたしだけじゃなかったかもしれない。あれは誰が見ても好き合うふたり同士だった。
卒業式当日、玉砕覚悟で学ランの第二ボタンをもらおうとした。けれどそこにはすでにボタンがなかった。ああ、そうよね。わたしは動く前から動けなかった。気持ちを伝えることすらできなかった。もう、こわかった。
進学した高校はみんなバラバラになった。彼女は県内トップの進学校へ行った。わたしと彼も別の高校になった。これでよかったんだ。まだ残念だと引きずる気持ちを隠したまま、わたしは高校生活を楽しもうと努力した。
ある日のことだった。中学から同じ高校へ進学した友人数人と、母校へ行こうという話になった。先生とちょっと話して帰るだけのつもりだった。
そこに、彼がいた。
正直、嬉しいなんて簡単な言葉では表せないほどだった。彼も友人たちと偶然来ていたらしい。そこでふと、彼のほうから連絡先を交換しようと言われた。わたしはすぐに応じた。
するとそこから、まだ同じ場にいるのにメールの応酬が始まった。わたしは嬉しさと同時に困惑した。なぜ彼はそんなことをするのだろうと不思議だった。
その日から毎日連絡しあった。楽しかった。わたしの想いは再燃していた。ひょっとしたら彼女とも別れたのかもしれない。彼のほうからも好意を寄せてくれ始めたのかもしれない。期待感は高まった。
しかしそううまくいかないのが世の常だった。彼には、まだ彼女がいた。最近うまくいっていないのだと相談を持ちかけられた。
どうしよう。わたしは迷った。このままいけばきっと別れさせることもできる。そうしたらわたしにもチャンスがめぐってくるかもしれない。どれだけ打算的なことでも、もはやわたしには彼しか見えていなかった。甘酸っぱい片想いが、いまこそ成就するかもしれないと。
けれどそんなことはできないのがわたしのバカ正直な性格だった。わたしはメールで励まし続けた。大丈夫じゃありませんようにと思いながら、大丈夫だよ、なんて。
アドバイスをするうち、翌週の金曜日になっていた。唐突に、彼は会って相談したいと言ってきた。なんだろう。そんなに大事な相談なのだろうか。もしかして、ついに別れることになったのだろうか。少々の不安と大きな期待を胸に、わたしは近くの公園へ自転車を走らせた。
そこには先に彼がいた。そばに自転車を停めて、どうしたの、と問うた。彼は植え込みの縁に座っていて、わたしにも隣に座るよう促してきた。
別れることを考えている、と彼は言った。わたしは内心でガッツポーズをした。きた! わたしはこの日をどれだけ待っていたことだろう。
それでもわたしは真摯に相談にのった。ちゃんと話を聞き、相槌を打ち、やはり大丈夫だよと言っていた。
そのうち、彼はなんだかそわそわし始めた。周囲を見渡し、どこか人目を気にしているようだった。わたしはその意味を汲み取ることができず、ただ彼の動向を眺めていた。
「ねえ」
わたしが返事をする間もなく、彼はわたしの腕を引き、そのままキスされた。初めてのキス。頭の中は真っ白になった。ただただ唇の柔らかさが伝わってきた。
そこから先のことは覚えていない。どう別れてどう帰ったのか、とにかく記憶のないまま自宅へ戻っていた。そっと自分の唇に指で触れてみた。ああ、わたし、キスしたんだ。顔があつくなるのが自分でもわかった。
彼とはまた別の日にも会った。今度はわたしからねだってキスをした。慣れてないせいで歯が当たってカチリと鳴った。わたしは完全に酔っていた。
それなのに。彼は彼女と別れることはなかった。遊ばれただけだったんだ。きっとわたしの気持ちに気付いて、間が差しだだけだったんだ。なんて無情なのかしら。初めてなんてこんなものなのかしら。よく、わからなかった。
それから数年後、彼を含めた中学の友人たちと飲みに行くことになった。わたし以外はみんな男の子だった。もうほとんど連絡は取っていなかったけれど、特に気持ちも残っていなかったわたしは話に乗った。先日借りていたCDも返さなければならなかった。
そして帰り道、またそわそわする彼を見た。わたしは察した。だから牽制した。なんとなくでも話を逸らしたかった。けれど彼は言った。
「帰りたくない」
「そんなこと言ったって」
ほら来た。次のセリフはもうわかっていた。
「ねえ、ホテル行かない?」
男ってどうしようもないのね。まだわたしのことを弄ぶつもりなんだ。わたしはすっかり冷め切り、帰る、と言い残して去った。
あなたも随分つまらない男になったものね。
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