決着と王政の崩壊


 消えたはずのナルサスの足音が私のすぐ隣を通る。

 

「これは幻影イリュージョン才能ギフテッド……かしら?」

「せいかーい。侵入者インベーダーさんは博識なようだ。これはもう1つの才能ギフテッドを使わざるを得ないかな?」


 幻影イリュージョン才能ギフテッドの効果は単純で対象1人の前から消えるというものだ。

 他の人間からは視認できるが選んだ対象からは絶対に見えない。

 例えその対象が魔法中和の才能ギフテッドを持っていたとしても打ち消すことはできない。

 幻影イリュージョンは幻影魔法とは違い、魔法ではないから。

 つまり1対1においては打ち破る手段のない最強の性能を誇るというわけだ。

 

 幸い私は魔族で魔王の娘だ。

 幻影イリュージョンぐらい使う魔族は沢山いた。

 それらを全て薙ぎ倒し、従えていたからこその魔王。

 私は直系の娘で弟子だ。

 

『深淵よりきたりし 我が暗黒よ 影を使いし 全てを拘束する闇の魔力を!』

暗すぎる束縛ダークネスマターバインド


 暗闇が世界を支配する。

 静寂すぎる暗闇は影のあるもの全てを飲み込む。

 幻影イリュージョンの弱点は影が消えることだ。

 闇属性魔法の影を全て飲み込む《暗すぎる束縛ダークネスマターバインド》を唱えれば、自然と影の消えた幻影イリュージョンの使用者が浮かび上がる。


「これはちょっと僕、ピンチかも?」

「まさかこのぐらいで驚くとは思ってませんでした。もう1つの才能ギフテッドが何かは存じ上げませんが、死んでくださいませ!」


 さっきグラス王に突きつけた剣の炎は消えてはいない。

 ならばこそこの刃をナルサスに突き立てれば勝ちだ。

 私は素早く《回る炎の剣グラディウスロタンスフランマエ》を動かす。

 グラス王への反省を活かして首元を直接狙うのではなく、防御されにくい足元へと誘導する。

 機動力を奪ってさえ仕舞えばもう一度|暗すぎる束縛《ダークネスマターバインド》の再発動も必要ない。

 捉えた。

 確かな手応えを感じる。

 間違いなく、足の腱を切った。

 鮮血が舞い散る。


「ぐっっっっっ!!!」


 実体が見えるようになったナルサスから苦悶の声が聞こえる。

 私は続けて顔を狙う。

 別段、美形だから傷つけようとかそんなことを考えているわけではなく、狙うのは顔の中でも目だ。

 目も奪って仕舞えば、脚を奪われたことと合わせてこちらを攻撃することは叶わないはず。


!」

「!?」


 不意に聞こえたナルサスの声に驚き思わず後ろへと飛び退く。

 未来予知の才能ギフテッド……?

 いやそんなはずはない。

 未来予知の才能ギフテッドは人類で1人しか授かれないもののはず。

 ということは未来予知の下位互換である察知の才能ギフテッド……?

 それなら何故さっき幻影イリュージョン才能ギフテッドを見破られるのを察知しなかった?

 

侵入者インベーダー、今君はこう思ってるだろ? 『何故幻影イリュージョン才能ギフテッドを見破られる時に察知をしなかったのか』と」

「それは……」

「答えは簡単だ。これだよ」


 ナルサスが指をパチリと鳴らす。

 指を鳴らした途端、グラス王の羽織っていたマントが剥がれ落ちる。

 私は思わず息を飲む。

 それは美しかったからではない。

 ホムンクルスの頭がグラス王の胸に埋め込まれ、手足は腹から生えている。

 私はそんな醜悪な姿を見て息を飲んだのだ。

 化け物としか言いようがない。

 だけどこれでカラクリはわかった。

 埋め込んだホムンクルスに搭載されている叡智の書アカシックレコードの対象を私に指定したのだろう。

 そして私の未来を足を切られた瞬間に垣間見た。

 だからこそ私の攻撃の狙いが読めた。


叡智の書アカシックレコードですわね」

「よくご存知で。グラス王はもう実は死んでいるのだよ。僕が殺した。これは器として優秀だったからね」

「随分と得意げにいいますね。初めの怒声も貴方が作った幻聴か何かということでしょうか?」

「あれは録音の魔法だよ。そこの埋もれてるホムンクルスの才能ギフテッドさ」


 こいつは悪という言葉で収めていいレベルを超えている。

 零なんて比じゃない。

 ここで殺さねばならない人間だ。

 私は人類がどうなろうが知らないが、私達の邪魔をされたら困る。


「そうだ、侵入者インベーダー君提案だ。君、こっちにつかないか?」

「何を言ってるんですの?」

「あんなバカみたいな目標を掲げてる勇者につくよりも遥かに僕についた方が有益だと思うんだけど」

「それは……」

「それに僕は人類を滅ぼせるプランを持っている。新世界の王になる器ってわけだ。もう一度聞こう、こっちにつかないか? 侵入者インベーダー君」


 心が揺らいでると見て畳み掛けてくるナルサスに私ははっきりと拒絶を叩きつける。


「それは嫌です。貴方は確かにプランはあるのかもしれませんわ。ただ私は人類を滅ぼしたいわけではありません。私がやりたいことは零のやりたいことのサポートに過ぎませんわ」

「この尼……! あんなチンケな勇者について行くなんてふざけてるのか! この僕の計画は完璧なんだ! お前ら如きには邪魔はできない!」

「本性が出ましたわね。これだから零以外の人類はダメなんですよ?」


 私は零から借り受けた炎魔法の詠唱を行う。

 《回る炎の剣グラディウスロタンスフランマエ》よりも速い一撃を。

 《レーヴァテイン》よりも威力の高い一撃を。

 私は神に祈る。

 どうかこの男を一撃で消し飛ばす一撃を。


『世界を照らせし焔の神よ 我が剣 我が足 我が手 全て捧げ彼の者を 消し飛ばす一撃を!!!』

炎の聖焔剣デュランダリングレーヴァテイン


 私は体の中の全ての力を使い、炎の聖剣を作り上げる。

 この城全てを焼き尽くし全てを吹き飛ばす。

 私の命をかけた一撃。

 

「はぁぁぁぁ!!!」


 振り下ろすのにすら一苦労だ。

 振り下ろされた《炎の聖焔剣デュランダリングレーヴァテイン》は城中全ての酸素を一瞬にして奪い、全てを燃やす。

 零のことはきっとセシアが守ってくれている。

 そう確信して。


「お前……お前……お前ぇ!!! やってくれたなぁ!」

「『やってくれたな?』違うわね。貴方が私より弱かったのが悪いの。悔しかったら今度は私より強くなることね」


 城が世界が焔へと沈む。

 それはグラス王もナルサスも聖女マリーの死体も全てを包み込む。

 それは王政の終わりを告げると同時に世界を変える一撃になる。

 

「か、勝てた。に……逃げないと……」


 全てを使い尽くしたせいで体がうまく動かない。

 私もここまでかも。

 ごめんね、零。

 来世ではもっと上手くやるから。

 そんな呟きと共に私の身体は消えるはずだった。

 

——

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