神ルシフェル

「とりあえずミリヤは殺したよ。明日の朝には次元の狭間ディメンションウォールへと旅立てると思う」

「わかった。梨花、何かあったか? 顔色が優れないが」

「いや何もないよ。ただ今夜は1人にしてほしい……かな」


 元聖女のミリヤを殺した梨花の顔色は優れなかった。

 だがミリヤが不審な動きをしたらすぐに動けるように俺も準備はしていたが、特に異変はなかったはずだ。

 精神を揺さぶる系統の才能ギフテッドではないとすれば、久しぶりの実家で何か思うことがあったのだろうか?

 俺にはいまいち理由がわからないまま世が明けた。


◆◆◆


「昨日は大丈夫だったか?」

「うん。もう大丈夫」

「それならいいが……」


 何か微妙にシコリの残るやり取りだ。

 1つ1つの言葉には何もないが、纏まると棘があるように感じる。

 もし仮に梨花が次元の狭間ディメンションウォールで裏切ったらという考えも頭をよぎった。

 そうなれば俺は次元の狭間ディメンションウォールに取り残されるだろう。

 そうなれば俺の目的は達成されない。

 もしそれが梨花の目的であるならば、俺はここで次元の狭間ディメンションウォールに行くことをやめるべきだ。

 全てが俺の考えすぎだといいのだが。


「零、準備はいい?」

「あ、あぁ。頼んだ」


 そう伝えた瞬間、俺と梨花の体は光に包まれる。

 視界が失くなる。

 俺は思わず目を覆い、梨花の服を掴む。

 程なくして体が宙に放り出される感覚に襲われる。

 まるで世界が神がそうしろと強制しているような力すら感じる。

 これが上層世界と下層世界を隔つ空間次元の狭間ディメンションウォールへと至る感覚なのだと確信した。

 

◆◆◆


「……ろ、零……!」

「すまん。少しぼーっとしてた」

「初めてここに来る人間で10分以内に話せるようになるだけ零は強いよ。普通の人間なら足を踏み入れた時点で存在が、消えてなくなる可能性すらあるんだから」

「梨花やっぱりお前……」


 俺の推測を確かなモノにする為、梨花に問いかけようとしたその時、地面が揺れ煙が舞う。

 次元の狭間ディメンションウォールは下層世界とは少し違い、上下左右に結界のような壁があり、地面が揺れると空間ごと揺れているように錯覚する。

 煙がはけ、俺と梨花の視線の先に写ったのは6対の羽を持つ、何かだった。

 その何かはゆっくりと口を開く。

 まるで自分がこの空間の主役であると理解しているかのような振る舞いだ。


「ようこそ。今代の勇者と魔王ドブネズミの血統よ」

「か、神……ルシフェル」


 梨花が震える声でそう捻り出す。

 王都の文献で神については少しだけ学んだ俺はルシフェルという名前に心当たりがあった。

 通常、神は羽の数に応じて力の強さが変わる。

 1対から始まり、最高は6対。

 つまり目の前にいるルシフェルという神は神の中でも最上級の存在といえる。


「さて、今代の勇者は許すとしてだ。そこの魔王ドブネズミの血統は我らの庭への侵入を許した覚えはないが?」


 言葉の端から怒気を感じる。

 だがそれは本気のニュアンスではなく、例えるなら夏に蚊に絡まれうざいと思っている程度でしかない。

 うまく梨花が言葉を切り返せれば特に何事もなく、物事は進行する。

 暫しの沈黙を破り、梨花が口を開く。

 

「神如きに口出しされることじゃない。それに私はまだ神が作り出した勇者というシステムを許してないよ」

「貴様が許す許さないではない。世界を正しい方向へと戻すシステムが勇者だ。貴様ら魔王ドブネズミの血統が余計なことを考えなければ勇者に目をつけられることもなかっただろう」

「それは……でもそれじゃ魔王の血統はあまりに救われないじゃないか!」

魔王ドブネズミの血統は勇者という物語を動かす舞台装置に過ぎん。貴様らは我ら神の情けで生かされ、勇者の気分次第で滅ぼされる。そういう存在だ。なぁ今代の勇者、貴様もそう思うだろう?」

「俺はそうは思わない」

「何? 我らが力を与えたが故、強くなれた貴様が魔王ドブネズミの肩を持つと?」

「そうじゃない。それこそ俺も魔族には腐るほど恨みはあるよ。だが全員が全員、同じじゃないってことだ」

「零……」


 俺は神に意見する。

 もしこれで俺の勇者としての才能ギフテッドを全て奪われたとしても仕方ないという覚悟を持って。

 別に俺だって魔族が好きなわけじゃない。

 ただ梨花は別に魔王として力を振るったこともなければ世界に何かをしたわけでもないはずだ。

 そんな魔王の血を引いているだけ、魔族にたまたま生まれだけの子にまで罪を被せるのは絶対に違う。


「ほう。では我は今代の勇者諸共殺さねばならぬ。さらばだ、名も知らぬ勇者と魔王の娘よ」


 刹那、ルシフェルの羽が発光する。

 どんな攻撃をしてくるか全くもってわからない。

 俺はとりあえず剣を構える。


「零、気をつけて。あれは魔を滅する光フォトンゲイザーキャノンと呼ばれている魔族を滅ぼす為だけの光の魔法なんだ。私は当たったら死ぬけど零にはどんな効果があるかわからないから」

「そんな器用な魔法あるのか。神の場合は才能ギフテッドじゃないのか?」

「違うね。私達が使える才能ギフテッドは神のスキルを分け与えられてるに過ぎないから……」


 それを聞き、合点がいく。

 人類は基本的に才能ギフテッドを1つしか持てない。

 つまり裏を返せば神に気に入られれば2つ以上所持することができるということだ。


魔を滅する光フォトンゲイザーキャノン


 詠唱もなく放たれた純白の光は辺り一帯を白へと染めた。

 

———

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