元聖女ミリヤ
旧魔王城へと向かう道のりは平和そのものだった。
1つだけ言うことがあるとすれば梨花がまた酒を飲み、俺が一晩中見張りをすることになった日があったということぐらいだろうか。
「あれが旧魔王城か。話には聞いていたが随分と大きいな」
「当たり前でしょ。あそこに昔は魔族が何千人も勤めてたんだから」
そう語る梨花の顔は少し寂しそうだ。
実父ではないとはいえ、親を殺された気持ちは理解できる。
俺も魔族の侵攻で親を亡くしている。
そんな俺が今は元凶である魔王の娘と協力して旧魔王城を取り返そうとしているなんて知ったら、母さん達はどんな顔するんだろうか。
「零?」
「すまんすまん。ちょっとぼーっとしてた」
「作戦中にぼーっとしないでね?」
「それは大丈夫だ。俺だって命が掛かってる時に他のことを考えるほど馬鹿じゃないさ」
「ならいいけどさ」
父さん母さん、ごめん。
俺は目標の為なら手段を選んでられないんだ。
だから今の現状にも目を瞑ってほしい。
俺はそう空へと願った。
◆◆◆
「元々魔族の領地だった割に人が多いな」
「それはそうだよ。真偽はわからないけど元聖女に守られてる町っていうだけで住む価値はかなりあるよ? 王都とかその最たる例だし」
確かにその通りだ。
聖女は聖女という地位に就くと
魔を滅する魔法自体が存在するかはわからないが、噂程度であっても存在するかもしれないという事実は人間の心を勇気づけるといえるだろう。
「ところで前代の聖女について梨花は何か知ってるか?」
「ミリヤとは聖騎士団時代に親交は多少あったからねー……」
「その言い方だとあまりいい思い出はなさそうだな」
「曲がったことを究極的に嫌う人だったからね。ちょくちょくサボってた私とは元々馬が合わななったんだよ。それでもプライペートは別って言ってよくご飯とかに入ってたけどね」
言われてみると聖騎士団に居た頃の梨花はかなりサボり癖があったように思える。
やる時にはやるからマルコスには信用されていたみたいだが、それを気に入らない奴もいるだろう。
それの筆頭が元聖女ミリヤだったということか。
「正直、ミリヤが聖女を辞めたって聞いた時はホッとしたよ。あの子正義感で全ての物事を決めちゃうから聖騎士団の方針もバラバラになっちゃってたし」
「それはなんというか大変だったな……」
「もっとも今はマルコスも死んじゃったし私も居ないしでそれはそれで大変だと思うけど」
そんな雑談をしていると俺達は旧魔王城の入り口まで辿り着いていた。
今回の作戦は梨花が久しぶりに友人に会いに来たという体で話を進めてもらい、旧魔王城へと侵入する。
そして元聖女であるミリヤを殺した後、
城下町を滅ぼさないのは俺達が
勿論、
「じゃあ行くよ?」
「頼んだ。今回の作戦の鍵は梨花が握ってるからな」
「うん。こう見えても隠すの上手いんだ。任せて」
こうして作戦も決まった俺と梨花は旧魔王城の門戸を叩いた。
◆◆◆
「梨花さん久しぶりですわね!」
中で出会った元聖女のミリヤは話に聞いていたよりもかなり小柄で、可愛らしい金髪碧眼の少女だった。
見た目に騙されてはいけないと俺は自分に言い聞かす。
こいつは元聖女だ。
「それでそこの人はどなた?」
「私の護衛を引け受けてくれた冒険者だよ。幾ら私が強いとはいっても流石に1人で野営するには荷が重いからね……」
「確かにそうですわね。そちらの冒険者の方もよろしくお願いしますわ」
「こちらこそ。ミリヤ様」
俺は丁重に挨拶を返す。
別にここで敵意を剥き出しにする必要はない。
殺意や悪意というモノに敏感な人であれば少しでも雰囲気を出すだけでバレる。
慎重に行くべきだろう。
「それで会いにきたってだけが目的じゃないんでしょう? 何しにきましたの?」
「実はもう知ってるかもしれないけどマルコスが死んじゃって……。それを知らせにきたついでに顔を見せにきたんだよ」
「あのマルコスが……? にわかには信じ難いですわね」
「王都ではもうその話題で持ちっきりだよ。どうやって殺されたんだろうって」
「彼は未来を視る
ミリヤはマルコスに思い出も寄せていたのだろうか。
悲壮な顔をしている。
まさかマルコスを殺した張本人と協力者と同じ空間で話しているとは思うまい。
「今日はゆっくりしていくといいですわ。幸いここは広いですから部屋は余ってるんですの」
「助かるよ。すぐ閉め出されたらどうしようかと思ってた」
「まさか。私は仕事中の貴女は好きではありませんが、プレイベートの貴女は結構好きでしてよ?」
そうして俺と梨花は部屋へと案内された。
暫く見てみたが、どうやら旧魔王城には元聖女のミリヤしか住んでいないようだ。
「作戦は簡単に実行できそうだがどうする?」
「私が後で部屋に行ってサクッと殺してくるよ。零が行くよりは警戒されないと思うし」
「わかった。俺は部屋で待機してるから何かあったら呼んでくれ」
◆◆◆
私はミリヤの部屋と教えられた部屋へと向かっていた。
そこは私が元々魔王の娘として暮らしていた時に使っていた部屋だ。
自嘲の様な笑いが漏れる。
義理とはいえ父を殺した勇者と協力することになるなんて、数年前の私が聞いたらどういう顔をするのだろう。
だが今は目的の為に手段は選んでられない。
私は元の世界に帰ってお母さんと妹に会うんだ。
もう数100年も前のことだから名前は忘れてしまったが、あの優しさと温もりだけは忘れた日はない。
「だからごめんね。ミリヤ。私の為に犠牲になって」
ポツリと呟いた言葉は暗闇の中へと消えていった。
◆◆◆
「あらこんな夜更けにどうされましたの? お肌に悪いですわよ?」
「うん。ちょっとだけ話したいことがあってさ」
私は口ではそういいながらミリヤの心臓をめがけてダガーを突き立てる。
手応えは正直あった。
友人とまでいってくれた人間を殺すのは少し悲しいし寂しさもある。
だけどやらないと私の物語は進まない。
「ど……うして。梨花は……私は秘密を守りました……のに……」
「ごめんね。ミリヤが悪いわけじゃないんだよ。だけどどうしてもこうしないといけない理由が私にもあるんだ。大丈夫、近いうちにまた会えるよ」
私はミリヤが完全に息を引き取ったことを確認し、目をそっと閉じさせる。
人間の関係はとても脆い。
だからこそ人は何かに縋るのだろう。
私はそんなことを考えながら零に報告するべく部屋へと戻ったのだった。
——
いつもご覧頂きありがとうございます。
よろしければ星、ハートブクマ等頂けますと嬉しいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます