勇者と人造勇者と

 俺は次に向かうべき町を探すべく、王都を訪れていた。

 いずれはここにいる住人も勇者学校の連中も王も全て殺し王都を滅ぼしたいが、今はまだその時ではない。

 さらに気掛かりなことがある。

 それはヨルについてだ。

 俺はあまりにヨルという勇者の傍観者について情報を知らなさすぎる。

 彼女のような存在が沢山いるのか。

 それとも彼女1人なのか。

 そもそも勇者は1人なのか。

 そもそもヨルはどこへ消えたのか。

 考え始めるとキリがない。

 それに聖女であるマリーのことも気掛かりだ。

 あれだけ俺に固執していた人間が俺のやったことに気がついていないわけがない。


 ◆◆◆


 変装の魔法を使い顔を変え、王都へと侵入した。

 実際俺は一度王都で勇者学校へ通っていたのでそのまま入ると間違いなくバレる。

 幸いなことに王都の入り口で変装の魔法がバレることはなかった。


「しかし久しぶりに来てもこの町は変わらないな……」


 俺はぽつりと呟く。

 この町は奴隷制度を良しとしている。

 敗戦国の人間を引っ張り、馬車馬の如く働かせてそれを正しいと勘違いをしている——王都とはそういう町だ。

 今も至る所でムチを使い同じ人類を引っ叩き、悦に至っているゴミが沢山見える。

 昔の俺はこの光景を見下ろしながら平和とか宣っていたと思うと吐き気がしてくる。

 これは偽りの平和だ。

 心底気持ちが悪い。

 出来れば奴隷の人達は殺さずに救ってやりたいという気持ちすら湧いてくる。

 だがこれも俺のエゴだ。

 全てを滅ぼし、救うと決めたのは俺だ。

 だからこそ自分の信念を一貫して貫くべきだろう。


 ◆◆◆


 王都の図書館で調べ物をした俺はある程度ヨル達についての情報を仕入れることができた。

 奴らは人によっては悪魔や天使と呼ばれるものらしい。

 勇者の魂が迷っている時に現れ、勇者を正しい方向へ導く存在と本には書かれていた。

 それが仮に民衆にとっては悪であっても勇者が深層心理で求めていればそちらへと誘導する。

 だから悪魔と呼ばれることもあると。

 ある程度勇者が目標達成したり、人生の岐路に立つと彼女らは勇者の前に再び現れ分岐を迫るという。


「厄介な存在だな。勇者の敵になることはないとは書いてあったが、ヨルの同類はどうやら複数いるみたいだし」

「見つけたぞ! 勇者候補! 去ね!」


 図書館を出てすぐの裏路地で情報を整理していると、いきなり知らない不審者が叫びながら直剣で切りかかってきた。

 仮面をしていて顔はわからないが、変装魔法を見破ったことと剣筋からかなりの猛者であることだけはわかる。

 俺は直剣を魔法で受け止め、話しかける。


「誰かは知らんが無礼なやつだな」

「お前の悪行は全てバレている。投降するなら……」

「投降? 馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ。そもそも俺は自分の行いを悪だとは思っていない!」


 鞘から剣を抜き、不審者へと振るう。

 剣と剣がぶつかり合い、カンカンという小気味のいい音が鳴る。

 俺は正直少しだけ心が躍っていた。

 勇者の力に目覚めてからこの方、ここまで俺と剣を打ち合える人は誰もいなかったから。


「嬉しいね。ここまでの強敵は久しぶりだ」

「お前こそ人を殺していなければ此方に勧誘したいぐらいの素晴らしい腕だ」


 5合ほどお互い全力でぶつかる。

 しかし6合目から不審者の動きが急に鈍くなる。

 肩で息をし、今にも体制が崩れそうだ。

 俺はそれを好機とみて突進を仕掛ける。

 不審者はそこで体制を崩し、直剣を手放す。

 カランカランと直剣が地面を転がる。


「まだやるか?」

「私の負けだ。殺せ」

「その前にお前は誰の指示でこんなことをした? 俺の正体を知っている人間なんて数人程度しか心当たりはないが」

「それは言えない。私は私の支える人間を裏切るわけにはいかないんだ」

「そうか。じゃあここまでだな。楽しかったぞ」


 俺はそのまま構えていた

 不気味に張り付いていた仮面が『ギャア』という悲鳴を上げながら割れる。

 仮面から出てきた素顔はとても可愛らしい女だった。


「なんだお前、女だったのか。それでお前を縛っていた仮面は壊れたが何か話す気になったか?」


 女はとても驚いた顔をしている。

 当然といえば当然だ。

 あの仮面は俺がお優しい聖女様から貰ったものと同じく呪いをかけられていた。

 しかも仮面を外すと仮面をつけていたモノとそれに紐づけられていた命全てが刈り取られるという仕様だ。

 解呪のスキルを持つ俺には造作もなかったが。


「ど、どうやったんですか……?」

「企業秘密。でも命を1回救ってやったんだ。喋ってくれるよな?」


 女は無言でカクカクと首を上下に振る。

 女の話によると依頼主は俺の予想通り、聖女マリーだった。

 驚くべきことにマリーは裏で潤沢な資金を使い、この女のようなホムンクルスを人造勇者として量産しているらしい。

 そして完全体の模倣品の勇者を作る為に今代勇者の内臓や髪の毛、果ては皮膚までが必要だったと。

 何とも気持ちの悪い話だ。


「それでお前はどうしたいだ? 人類なら情報を吐かせた後に殺していたがお前はホムンクルスだ。逃げるというなら追いはしない」

「……これ以上仲間が苦しまないように仲間と私——全員を殺してほしい。そうすれば私達は」

「救われるか?」

「だって……私達には自我が芽生えてからの寿命が数年しかない。しかもその数年も全てあの聖女に搾取される。そんなのって……」

「なんだ。ちゃんと自分の意見があるんじゃねぇか。これからその人造勇者とやらが作られないように施設を壊してやる。場所を俺に教えたら後はお前の好きにしろ」

「あの! 場所は教えます! その代わりと言ってはなんですが、私も貴方が施設を破壊するところに着いて行っても良いですか。きっと役に立つと思うんです!」

「好きにしろと言ったのは俺だ」


 そう言った時の女の顔はパッと花が咲いたような笑顔だった。

 自分でも何故、命を狙ってきたホムンクルスを許したのかはわからない。

 彼女が汚い人間とは違ったからか、それとも俺と境遇が似ていたからか。

 俺は自分から抱え込んだ厄介な問題に思わずため息を吐くのだった。


 ◆◆◆


 女から案内された人造勇者の研究施設の外観は普通の民家と変わらなかった。

 禁忌に触れるようなことを大々的にやるわけにはいかないからだろう。

 それならそれで幸運だ。

 家が一軒崩れたところで気にするやつはこの町にはそうそういない。

 寧ろ自分の奴隷が増えるかもと考えるやつの方が多いだろう。

 女の話によると施設は地下に張り巡らされているらしい。

 ならば簡単だ。

 水攻めをすればいい。

 地下だからこそ逃げ場はない。

 それに行き場を失った大量の水は施設全てを飲み込んで破壊してくれるはずだ。

 俺はそう思い、地下への入り口から大量の水を流し、出てきても殺せるように家自体にも火を放つ。

 念には念を入れ、地下への入り口全てを土魔法で蓋もする。


「施設が完璧に破壊されたかの確認はお前がやれ。俺はここの施設には詳しくないからな」

「はい!」


 何か出会った時と性格が変わっている気もするがあれも仮面の影響なのか?

 邪魔をしないからなんでもいいが。


「大丈夫です! 全部きちんと壊れてました!」

「そうか。じゃあ俺とお前もここまでだな。達者で過ごせよ」


 俺は女を置いて次の町へと向かおうと足を王都の外へと向ける。

 その時不意に裾を掴まれる。

 後ろを振り向くと泣きそうな顔をした女が居た。


「はぁ……。なんだ?」

「あの私も連れて行ってもらえませんか。必ず役に立つと思うんです。もう行き場もないですし仲間を殺すのだって1人ではとても……」

「つまり仲間を殺す為に俺を利用したいから着いて行かせろってことか?」

「そういうわけじゃ……! でもお兄さんなら」

「俺ならお前を助けると? メリットがないな」

「メリットならあります。私達人造勇者は寿命が短い代わりといってはなんですが、擬似的に英知のアカシックレコードへとアクセスすることができるんです!」


 俺は一瞬、思考する。

 本当に叡智のアカシックレコードへと接続できるのであれば何としても仲間に欲しい。

 この世全ての情報を閲覧できると言われる叡智のアカシックレコードがいればそれこそ今、聖女がいる場所を把握することだって可能だ。


「いいだろう。ただし足を引っ張るとわかった瞬間、お前は捨てるからな」

「はい! ところでお兄さんの名前は何でしょう?」

「俺はそうだな……。零とでも呼んでくれ」

「わかりました! 私は人造勇者タイプX5-5エリシアです。エリシアと呼んでいただけると嬉しいです!」


 こうして俺に1人、旅の仲間が増えてしまった。


———

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