憧れだった初代勇者が生まれ育った町

 初代勇者の生まれ育った町はあまりに有名だ。

 観光に行こうとすれば、それこそ候補地に入る場所だ。

 町の真ん中に建っている大きな初代勇者エルガーの像は観光名所となっている。

 だが観光地として有名な1番の理由は初代勇者であるエルガーがまだ生きているということだろう。

 御伽噺の存在に会えるとあって人が自ずと集まる。

 そして何故かその中の数人は必ず毎回行方知らずになり見つからない。

 とても不思議な話だと子供の頃は思っていた。

 だがエリシアの叡智のアカシックレコードに答えは書いていたのだ。

 あの町では誰かが若返りの魔法を使っていると。


 ◆◆◆


「しかし若返りの魔法ですか。検索しておいてなんですが私には一切心当たりがないのですけど」

「それでいいんだ。あんな魔法は知らない方がいい」

「えー教えてくれてもいいじゃないですかぁ……」


 叡智のアカシックレコードも万能ではない。

 物事の名前で検索すれば使っている人間がどこにいるということは出てくるが、それについての詳細は教えてはくれない。

 それに使っている最中はエリシアの意識がなくなる。

 戦闘中に咄嗟に使うことはできなさそうだ。

 涙目になりながら聞いてくるエリシアを横目に俺はあることを思い出していた。

 それは昔、読んだ勇者の英雄譚で語られている魔王が使うと言われる若返りの魔法だ。

 原理は簡単で人間の臓物や血を喰らい啜る。

 魔法を使えない一般の人間でも多少は魔力が体内にはある。

 その魔力を自身の体内に取り込む。

 一般に人間は歳を食えば食うほど体内の魔力が無くなっていき、全ての魔力が体内から無くなった時、死に至る。

 だから長生きしようと思えば魔力を体外から補充すればいいわけだ。

 奴隷なんかを殺して食べることも可能だが、何度も買いに行っていては手間と感じたのかもしれない。

 もしくは初代勇者様に奴隷を食べさせるわけにはいかないということなのか。

 いずれにしてもそこまでして長生きをしようと思わない俺には理解し難い。


「とりあえず街の中へ入って様子を見てみるか」

「はい! サクッと殺れたら殺りましょう」


 どうもこいつは元の雇い主の性格がよくなかったからなのかこういう時、少し物騒な気がする。

 俺は気にしても仕方がないことだと思い、そっと胸にそんな考えをしまい込む。


 ◆◆◆


 初代勇者の町は観光地ということもあり、入り口は来るもの拒まずといったものだった。

 去るものを追わないかはわからないが。


「やっぱり観光地だけあって綺麗にしてありますね!」

「まあな。この町が勇者の威厳を示す為の一種の宗教的拠点のようなものだ。綺麗じゃなければ逆におかしいだろう」

「零って本当に色々と頭が回りますね」

「大したことじゃない。初代勇者エルガーに関しては詳しいんだけだ」


 少しとはいうが、町の成り立ちから初代勇者が過ごしてきた地であること、それにどう言った人柄であったかというのも全て把握している。

 だがこんなものは所詮、本の受け売りでしかない。

 当時の時間を共にした彼らに比べると俺の知識なんてちっぽけなもんだ。


「しかしこんな明るい町で行方不明だなんて少し不思議です」

「俺もそう思うよ。路地裏ですら問題が起こらないように衛兵が見張っている。こんな町で人が行方不明になる方が難しい」

「じゃあやっぱり……」

「恐らくそうだろうな」


 まだ確定ではないが初代勇者は高確率で黒だろう。

 果たして御伽噺でも語られるほどの初代勇者と戦って俺は勝てるのだろうか。


「零、もしかして初代勇者と戦うのが怖いのですか?」


 エリシアが不思議な顔をして聞いてくる。

 どうやら無意識のうちに体が震えていたらしい。

 俺は怖いのか? 多分答えは否だ。

 こんなことで怖がっていたら聖女マリーやアレン、国王と対峙した時、まともな精神ではいられなくなる。

 これは奴らを殺す為の訓練の一環。

 だからこれは武者震いだ。

 そう自分に言い聞かせると自然に体の震えは収まってくる。


「怖くはない。俺は今代の勇者だからな」

「では行きますか!」

「ああ」


 ◆◆◆


 今回の作戦は至極単純だ。

 老いたエルガーを俺が殺す。

 そして町の住民は全てエリシアに任せる。

 全ての人間を殺せたか俺の目で直接確認したいところではあるが、そんな余裕は今回に限ってはないだろう。

 初代勇者の居る場所までの侵入経路は簡単だ。

 恐らくエルガーの近くに人間の魔力量が視える才能ギフテッドを持っている奴がいる。

 つまり俺とエリシアのように魔力が豊富だとエルガーに招かれやすい。


 ◆◆◆


 予想通り俺とエリシアを年老いた執事が迎えに来るまで1時間とかからなかった。

 俺とエリシアは作戦通り、二手に別れる。

 向こうも1人1人の方が楽だと思ったのかエリシアのことを見逃す。

 老執事につれられた館は一度見たことがある魔王城に近い風貌をしていた。


「初代勇者様エルガー様が過ごされている家です。失礼のないようにお願いします」

「はい。昔から初代勇者エルガー様のファンでして。そんなことは致しません」

「ほほほ。それは勇者様もお喜びになられるでしょう」


 俺はことを起こすまで極めて好青年でいることに努める。

 とても大きな扉がキィーと音を立てながら開く。

 流石に建物にも年季が入っていた。

 俺は建物を壊し、全員を殺すことも視野に入れて内部へと老執事と一緒に入る。


◆◆◆


 謁見の間に入るや否や俺はエルガーの不遜な態度に少し腹が立つ。

 物語で読んだ初代勇者はもっと謙虚で世の為、人の為に動く。

 そんな人物だったはずだ。

 俺はもう我慢ができなくなっていた。

 挨拶と同時にこの肉塊を捌こう。


「初めまして。初代勇者エルガー様。早速ですが——お命頂戴致します」


 俺は極めて礼節的に初代勇者へと接近し、剣を振るう。

 当たり前ではあるが俺の不意打ちは簡単に受け止められた。

 しかし何故か普通に受け止めたにしては汗が滲みすぎだ。

 もしかしてだが、これは偽物か?


「どういうつもりだ。初代勇者エルガーを殺す代償、わかっておるよな?」

「俺は初代勇者様のことに関しては詳しいのですが貴方本物ですか?」


 初代勇者エルガーは言葉に詰まる。

 恐らくこいつは偽物で本物のエルガーはもう死んでいるのかもしれない。

 ならば尚更名を騙るこいつを許すわけにはいかないだろう。


「悪いが偽物なら更に容赦するわけにはいかない。ここからは更に本気でいかせてもらう」


『炎の雷よ 我が名に従い 暴虐なる殺戮者に制裁を』


炎帝の雷エンペラーズサンダー


「うぬぅ……。その詠唱はあやつにしか使えぬはず! 何故こんな小童が!」

「誰だか知らないけど俺の憧れを語るなら死ね」


 俺は偽物の目が雷で眩んでいるうちに踏み込み、首を落とす。

 悲鳴すら聞こえなかったが、手応えはあった。

 本物のエルガーは生きているのかわからないが、とりあえず俺のやることは終わりだ。


◆◆◆


「あっ零! こっちも丁度あと1人だったんだ。これ譲るよー!」


 薄々勘づいていたがエリシアは戦闘を始まるとすこぶる性格が変わるらしい。 

 しかもあれは自分では気が付いていない。

 やはり元々の主人の影響を悪い方に受けてるようだ。


「ありがとう。じゃあ燃やすか」

「や、やめ……!」


 俺は火属性魔法で最後の1人と町全てを焼き払う。

 散々罪のない人を偽エルガーの生贄しておいて自分が死ぬ番になったら命乞いをするとは、この町の人間は少し自分勝手がすぎる。


「案外あっさりでしたね。意外とやってみれば私もやれるものです」

「そうだな。次はもっと楽だと嬉しいんだが」


 そんなことを呟きながら燃え盛る都市を後にした。


 ◆◆◆


「失敗したのか」

「私の手駒でもかなり強力なものを差し向けたのですが、力及ばず、すいません」

「よいよい。元より聖騎士団を差し向けるつもりだったしの」

「ならば1人入れて欲しい人材がいるのですが」

「そのぐらいなら良いじゃろう。マルコス!」


 名前を呼びしばらくすると屈強な筋肉と自身の身長ほどの大きさの大剣を持つ大男が入ってくる。

 聖騎士団長である彼もまた王の命令には逆らえない。


「勇者候補だった少年を殺しにいってほしい。隊の人間は何人使っても構わん。だが、彼女の部下を1人入れてやってほしい」

「構いませんが少年1人を我々聖騎士団が束になってかかるんですか?」

「お前はいつから我に口答えできる立場になったんだ?」

「これは出過ぎた真似を。ご容赦ください」

「うむ。まあ良いだろう。早急に追え」

「……御意に」


 こうして世界最強の軍である聖騎士団が勇者討伐へと動き出したのだった。


——

いつもご覧いただきありがとうございます。

よろしければ星、ハートブクマ等いただけましたら嬉しいです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る