第2話 恋心と友情の狭間

一番近い同期という関係性のまま、わたしと維花がエンジニアという職業に慣れ始めた頃、維花からの通知事項に耳を疑う。


「なんて言ったの?」


笠原かさはらとつきあうことになった」


その姓に思い当たるのは別拠点の営業をしている同期だった。


同時に失敗したという思いが真っ先に脳裏に浮かんだ。


三連休を使って久々に集まろうという話が同期の間で出ていたのは3ヶ月ほど前のことで、当然わたしにも声はかかっていたものの、仕事を理由に欠席の返事をしていた。


実際は維花と旅行に行けば必然と一緒にお風呂に行こうというような流れになり、冷静でいられる自信がなくて断ることにしただった。


でも、それが今の維花の発言に繋がってしまったことは簡単に知れた。自分がついていれば、そんな隙を他の存在に与えなどしなかっただろう。


「どっちから告白したの?」


もう死んでしまいたいと思いながらも、冷静に声を出すことに努めて維花に問う。今まで維花から個人的に笠原の話なんて出たことがなかったので、向こうからなのは簡単に予測できたものの、子細を聞いてまずは確かめておく必要がある。


「同期旅行の時に笠原からつきあって欲しいって言われて、悪いやつじゃないし、仕事しかない日常もなって思ってつきあうことにしたんだ」


「遠距離なのにいいの?」


週末に移動できない距離ではないものの、拠点が別でつき合うのはそれなりに制約があるはずだった。


「どうせ平日は仕事で忙しいし、たまに会うくらいの方が気が楽でいいかなって。だから、今まで通り飲みに行ったり遊びに行くのはつきあってね、藍理」


「それはいいけど」


そうは言ったものの、それ以降休日に維花と出かける頻度が下がったのは事実だった。


二人で会うときに維花は笠原の話をあまりしなかったが、それでも来週会いに行くや先週来ていたという話くらいは出て、残念ながら別れるような話になっていないという情報くらいは得られた。


維花からほんの少しでも笠原に関わる情報が出る度に、小さな針がわたしの胸に突き刺さって、いつしか針山が出来上がる。


血を吐き出すこともできなくて、消化できない想いをどうにかしたくて、レズビアンオンリーのバーに行くようになったのはそのことがきっかけだった。


どこまで行っても維花への思いは実を結ぶことがないと悟り、同じ嗜好の相手と傷を舐め合うことで中途半端な熱だけを昇華させることを覚えた。それで体の苦しみだけは一時的に解放された気になって自分を誤魔化す。


その中で年上、年下とも幅広いタイプを試してみたものの、結局わたしの性的欲求が一番高まるのは年齢の近いセミロングの緩やかな髪の女性と知り、自分の報われなさを知った。


それは維花の持つそれだった。


愛し合いたい。


望むのはたった一人の維花ひと



入社式で出会った維花は黒いリクルートスーツで、緊張しているからなのかなかなか笑ってはくれなかった。


たまたま同じ拠点の数少ない女性の新入社員だったこともあって、入社式後の研修で維花とは傍にいることが多くなり、いつの間にか維花の隣が定位置になった。


少しおっちょこちょいで、ミスも多い維花をフォローするという立ち位置はわたしには居心地のいい場所だった。


頼られることが嬉しかった。


自分はセンスがないからいう維花と休みの日には二人で服を買いに出かけ、手を繋いで歩いた。


維花にとってはただの友人としての行動でしかないことは分かっていたけれど、わたしにとってそれは夢のような日々だった。



でも精神的な繋がりのない上辺だけの関係は移ろいやすいものでしかない。





「三坂か?」


その日掛かってきた電話の主は、同期であり維花の恋人でもある笠原だった。


そして、その電話をきっかけにわたしは丸4年以上続いた維花への片思いを全て終わりにすることを決意していた。


「維花にプロポーズしようと思っているんだ」


それはわたしには死刑宣告に等しいものだった。


男であるから維花と愛し合えるなんてずるい。


ただ性別だけの違いで、わたしの方が維花を愛している自信はあった。でも告白はできなかった。


足掻く努力もしなかったのだから文句を言う筋合いはないとは分かっている。


でも、自分が受け入れられる未来をどうしてもわたしは想像できなかった。


「藍理のことは親友だと思っている」


そんな言葉は聞きたくなかったし、維花がわたし以外の誰かと歩む未来も見たくないと、維花の傍にいることへの限界を感じ転職を決意した。


同業種の他社に転職後、わたしは過去を振り返らなくて済むようにがむしゃらに働いた。その内に希望していた職種への転向が通り、ようやく維花への思いを過去に閉じ込められた気がしていた。


わたしが求める存在がわたしを恋愛対象として見られないのは仕方がないと、即物的な繋がりでストレスを解消するのがいつしか当然になり、後は仕事しかない日々がひたすら続くだけだった。


もうわたしは恋人を持つことなどないのだろうと、30を前にして思うようにさえなっていた。

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