第8話 多忙すぎる人
それから、なつきはほぼ毎週末三坂の部屋で過ごすようになった。三坂に時間があれば二人で出かけ、時間がなければ仕事に行った三坂の帰りを待つ間に家事をしたり、一人で買い物に行ったりと半同棲生活のような週末を過ごすようになった。
なつきは誰かとつき合うことも肌を触れ合わせることも三坂が初めてだったが、知れば知るほど三坂と触れ合っていたい思いが増して、濃密な夜を過ごすことも少なくない。愛し合う行為は全て三坂に教わったことだったが、なつきが真似ると三坂がそれで感じてくれるのが愉しくて、つい調子に乗ってしまうこともあった。
セックスは好きだからと臆すことなく三坂が言ってくれるからこそ、忙しない三坂と触れ合う時間もなつきの中で正当化できている。
一方で平日は互いに仕事が忙しく、無理をしないが習慣づきはじめ、大抵はメッセージのやりとりをする程度だったが、その日はなつきが昨晩送ったメッセージに三坂の返事はなかった。
疲れてメッセージに気づかずにそのまま寝てしまっていたかもしれないと、出勤前に再度メッセージを投げた。
昼を過ぎてもそれに応答はなく、待ちきれずになつきは三坂に電話を掛けていた。
ただ忙しいだけであればいいが、三坂は忙しくても一言、二言は必ず返してくれる性格だともう分かっていたため、何かあったのではないかと不安になった。
コールをして、もう切るべきかと悩んだ7回目の呼び出し音で三坂の応答がある。
「ごめん、なつき」
「どうしたんですか? 今、どこですか?」
枯れている程ではないが、返ってきた三坂の声はいつもより低く、具合が悪いのだろうと簡単に推測がついた。
「ちょっと調子悪くて……家で寝てるの」
一日寝れば治ると思うから心配しないで、という言葉をそのまま真正直にはさすがに受け入れられず、仕事が終わるとそのまま三坂の部屋に向かっていた。
「だから体には気をつけてくださいって言ったのに」
毎晩三坂が深夜の時間帯まで働いていることをなつきは知っていた。だからこそ休日も無理には外に行かず家で休んでもらえるように気をつけていたが、それだけではやはり回復ができていなかったということだった。
「ごめん、なつき。夜遅いとどうしても食べるのがもういいやってなっちゃったのがいけなかったかな」
ベッドで上半身だけ起こした三坂の顔色は普段よりも白く見え、咳など風邪のような症状はなつきが見た限りでは出ていないため、過労だろうと簡単に推測がついた。
「駄目です。夜遅くに食べるのも良くないですけど、食べなさすぎも駄目です。体壊します」
「反省してます」
「藍理さん」
その言葉を信じられないわけではなかったが、何となくもう言ってもいい気がして、なつきは言葉を続けた。
「一緒に暮らしませんか? 一緒に暮らして藍理さんのサポートをもっとしたいです」
三坂は少し目を見張ってなつきを見たが、すぐに視線を落として言葉を続ける。
「なつきがそこまで頑張らなくていいよ。なつきだって仕事があるんだし、なつきの仕事だって楽な仕事じゃないでしょ?」
なつきは名のある企業の本社勤務ということもあり、三坂ほどでないにしろ、残業になる日も少なくない。
「藍理さんに比べれば何分の一かの負荷だと思います。駄目ですか?」
「……そういうなし崩しみたいにはしたくないんだ。ちゃんとなつきとつき合いたいから、家でばかり会うんじゃなくて外にも出かけて、ちゃんとデートもしたい。今一緒に住むとそういうのができなくなりそうだから」
三坂の言葉に少し驚きはあった。三坂は三坂なりになつきとのことを真面目に考えてくれているのだと嬉しさはある。
だが、
「ありがとうございます。でも藍理さん、一緒に住んでいてもそういうこと、ちゃんとしようって思いがあればできるんじゃないですか? 私は藍理さんばかりに頑張って欲しくないです。外で会おうってなったら藍理さん絶対無理しますよね。私だって藍理さんが大好きだから、藍理さんを支えたい」
「なつき……」
「なんか、傍にいないと駄目になる予感はあるんです。藍理さんは仕事の忙しさで、私は淋しさですれ違ってになるくらいなら一緒にいて、できることをできる形ですればいいかなって思っています」
三坂でなければ、一緒に住もうなどという提案をなつきはしなかっただろう。三坂だからこそ、傍にいたくて、傍で支えたくて、迷いなく言葉を出した。
三坂が鍵をくれた日から、なつきはもう三坂の胸の内に飛び込むことに迷いはなくなっていた。
「そっか……そうだね。じゃあ部屋探して一緒に住もうか? なつきにはいっぱい迷惑かけると思うけど」
「はい。その前に藍理さんはまず体調を戻してください。部屋探しは私の方でできるだけ進めるので、また今度どういうところがいいかのリクエストだけしてください」
「……今、なつきにめちゃくちゃキスしたい。セックスして、どろどろに溶け合いたい」
「今日は駄目です。治ってから。倒れたのに、さすがに体力使わせられないですから」
渋々三坂は肯いて布団を被る。その様が可愛らしく思えてなつきは三坂の頭を撫でた。
「私も藍理さんに触れたいので、早く治してください」
「じゃあ今日中に直すから、明日誘う」
「藍理さんがそうしたいならいいですけど、今日休んだ分の仕事で、明日はまた大変なんじゃないですか?」
「なつきの方が大事だもん」
「じゃあ、明日もまた来ます。今日はまずはゆっくり休んでください」
そう言い置き、消化によさそうなものを手早く作ってから、なつきは三坂の部屋を後にした。
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