第7話 一緒にいさせて

デートの時は少しずつだが三坂との距離が縮まっていくのを感じていたが、一方で三坂の仕事の都合がつかずに急遽デートがキャンセルになることは度々だった。


特に3月に入ってからが酷く、3回連続のキャンセルで昨晩電話口でなつきは泣いてしまった。



大変な仕事であることは知っている。


なつきを大事にしてくれていることも知っている。


それでも淋しさは埋められなかった。




故郷に帰りたいという思いはなくなったが、愛しい人に会いたいという淋しさは三坂を知れば知るほど深みを増した。


それでも会えない理由が仕事で、年度末で普段より更に輪を掛けて三坂が忙しいことはわかっている。


4月までデートは我慢すべきだろうかと一人で悩むなつきの元に、数日後届いたものがあった。


簡単なメッセージを書いたメモと一緒に同封されていたのは鍵だった。



これからはキャンセルはしないから、家で待っていて。



三坂なりに考えて出してくれた答えだとはなつきもわかり、それを自分の部屋の鍵と一緒につけて、次の約束の日を待った。


外での待ち合わせの約束はしていたものの、前日に無理そうといつものように連絡が入っていた。家で待っていて欲しいと追加のメッセージがきて、なつきは思わずスマートフォンを握り締めてしまった。


時間を考えると泊まり以外に選択肢はなく、三坂の疲れ具合にもよるが、それなりの心構えをした上で行かないと失礼だと考えていた。




翌日、三坂が戻って来たのは23時近い時間で、改めて三坂の多忙具合を認識する。


部屋を好きに使っていいと言われていたため、なつきは家で食事を取ってから三坂の家に向かった。事前に教えて貰った住所と、以前飲み過ぎて世話になった時の記憶を頼りに三坂の家に向かい、シャワーだけを借りて汗を流して三坂の帰りを待つ。


鍵が開く音に玄関まで出迎えたなつきに、靴も脱がずに三坂は抱きついて、挨拶代わりのキスだけをする。


「お疲れ様です」


「なつきが出迎えてくれるって癒される」


「仕事しすぎですよ、藍理さん」


「分かってるんだけどね。ごめんね」


とりあえずシャワーを浴びてくると、三坂はそのままバスルームに向かい。しばらくするとルームウェア姿の三坂が部屋に戻ってくる。


「お待たせ」


ソファー前のスペースに腰を下ろした三坂は、同じように床に座るなつきに笑顔を見せる。疲れているはずなのに、疲れを見せない三坂の背に思わずなつきは抱きついてしまう。


「ごめんね、今日もデートできなくて」


「今してるから大丈夫です」


「一応言っておくと、デートしたくないわけじゃないよ?」


「知ってます。でも、あまり無理しないでくださいね。働きすぎで藍理さんが倒れるんじゃないかと、いつも心配で心配で仕方ないです」


「大丈夫もう慣れたから」


「慣れたって言っても藍理さんの体、こんなに細いのに」


「心配しすぎ。こうしてなつきが来てくれて、疲れを癒してくれるから大丈夫だよ」


「藍理さん……」


甘えを出すと三坂がなつきの方を向き、そのまま視線を合わせてから唇を重ねる。触れるだけではない、互いに探り合うようなキスは三坂に教わったもので、必死に応えるものの三坂はその上を行く。


「藍理さん、キス上手すぎです」


「それは遊んできたからね」


恋人という形ではなく相手を求めたことが何度もあるということは、つきあい始めた時に三坂が素直に打ち明けてくれたことだった。淋しさ所以だとはわかっていたが、過去の三坂の相手をどうしてもなつきは気にしてしまう。


「遊んでた時の相手の方が気持ち良かったですか?」


「比べてどうするの?」


「すみません……」


自分でどうしていいかわからない感情に、なつきは堪えきれずに俯いて表情を隠そうとするが、すぐに恋人の甘い囁きがなつきを包む。


「ばかな子ね」


両手を拡げなつきを迎え入れる体勢の三坂の元に、なつきは正面から抱きついていく。


「わたしは他の誰ともなつきを比べたはことないよ。なつきはなつきでしょう? なつきがするべきことはわたしが好きだってわたしに伝えることだけじゃない?」


「藍理さん……はい。大好きです」


そのまま体を抱き締め合い、交互にキスを交わし合う。シャワーを浴びたばかりの三坂の体は温かく、それだけで離し難さがある。


「藍理さん」


「なに?」


「私は藍理さんの全部を見たいです。駄目ですか?」


「どうしようかな~」


三坂は疲れているはずだからと思っていたはずなのに、三坂に触れてもっと触れ合いたいという欲求が高まった。なつきに経験はない。それでもこの腕にある温もりを解きたくなかった。


「怖くない?」


「ちょっと怖いのはありますけど、それよりも早く藍理さんとちゃんと繋がりたいです。私以外の誰も見ないでって言いたい」


三坂とつきあい初めて、片思いの頃よりも更になつきは三坂のことが好きになった。一方で魅力的な恋人がなつきで満足してくれるのだろうかという不安は常に抱えている。


「なつきとつきあってるのに、浮気なんかしないよ。でも、なつきが可愛く誘ってくれたから、今晩はそれに応えるでもいいけど、手加減できないよ?」


「いいです」


「経験ないのに、思い切りだけはいいよね、なつきは」


「だって、私は藍理さんの好みじゃないのかもって考え始めたら怖くて……つきあいはじめたのも、私が引かなかったらしょうがなくだし……いつも私に合わせてくれてますよね?」


「そんなことに悩んでたんだ、なつき。きっかけはそうでも、今はちゃんとなつきと真面目につきあってるつもりなんだけどな。飲みに行って適当に相手探してなんてことも今はしてないし、なつきを大事にしようとも思ってるよ」


なつきの唇に、三坂が答を示すかのように口づけを寄せる。


「大好きです。藍理さん。もっと傍に近づかせてください」


ベッドへ行こうという誘いになつきは素直に従い、数歩の距離にある三坂のベッドに移動する。


「このベッド、2回しか他人を座らせたことないんだけど、1回目の時はこんなことになるなんて全く考えてなかったのに不思議」


三坂の言う1回目は間違いなくなつきが以前酔っ払った時だろう。それ以外誰も招いていないのかということに驚きがあった。


「いつまでつき合うかわからない相手を家になんか連れて来ないから。なつきの1回目は単に寝かせる場所を探すのが億劫だったからだけど」


「じゃあ2回目は?」


「それは誘われたからね。経験ないくせに、いつも大胆に誘ってくれるのよね。責任持って食べてあげないと駄目でしょう?」


なつきが肯きを返すと、三坂に再び唇を塞がれる。


「本当に大丈夫?」


なつきの意思など気にしないと言いながらも、三坂が何をするにもなつきに配慮してくれるのは知っていた。


「藍理さんをもっと知りたいです」


わかったという返事で三坂の手がなつきの素肌に触れてくる。細くて伸びやかなそれ。いつも綺麗にマニキュアが塗られているが、キーボードを叩きにくいという理由でそこまで伸ばしていないことは知っていた。その手が今なつきの肌を探っている。


「藍理さんにも触れていいですか?」


「いいよ。脱ごうか?」


あっさりと三坂はルームウェアの上着を脱ぎ、なつきの前に素肌が晒される。三坂は美人な上に体も細身なのに理想的な曲線を描いていた。


「えっ……と、どうしよう……」


触れたいと思っていたものが目の前にあり、更に好きに触っていいと言われたらこそのなつきの戸惑いがある。


あまりにも神々しすぎて、自分が触っていいのだろうかと手が震えた。


「面白いよね、なつきの反応って」


「だって、藍理さんが素敵すぎて……」


「今はなつきだけの体だよ?」


「……ギブアップです。触りたいけど、どうしていいかわかりません」


「じゃあ、わたしがすること覚えて?」


なつきを引き寄せ、抱きしめた三坂の提案に肯き、まずは三坂に身を任せる。


なつきの肌に唇を寄せ、甘く吸い上げられるだけで下肢が疼きを覚える。


なつきにとって生まれて始めて好きになった人。


その人を繋ぎ止めたくて必死で手を引っ張って、ようやく今日に辿りついた。こういったことに慣れた三坂にとっては何でもない行為かもしれないが、なつきにとっては生涯忘れられない夜になる予感はあった。


なつきが三坂の肌に触れようとすると、三坂は自らの手を止め、なつきの動きを待ってくれる。なつきは三坂の動きを真似るように自らでも肌に唇をつけ、甘い肌に吸い付いて行く。


「痛くないですか?」


「もうちょっと強くしても大丈夫よ。でも、なつき素質あるんじゃない? 気持ち良くなるだけじゃなくて、積極的に触ろうとしてくるから」


「だって藍理さんに触れたくて……」


「好きなだけ触れていいよ。可愛い。可愛い」


上機嫌でなつきを抱き寄せ頭を抱えながら撫でられ、もう羞恥はこの際捨てようとそのまま三坂の首筋に唇をつけた。


思わず噛みつきたくなるような染み一つない首筋を唇で辿り、付け根を甘く吸う。   


胸に掛けてを辿るように二度、三度音を立てて吸うと、三坂からストップが掛かった。


「痛かったですか?」


「じゃなくて、このまま本気でなつきが最後までしそうだったからストップかけたの」


そんなものか? としかこの時のなつきは感じなかったが、自分が燃え上がりすぎるので制止したという事実をなつきが知るのは、まだまだ先の未来でだった。


攻守を交代して、今度は三坂がなつきの下肢に手が伸ばしてくる。


「もうすごく感じてるね」


「藍理さんに触れるだけでどんどん溢れるんです……」


「可愛い。可愛い。自分じゃできないようなこといっぱい教えてあげるから」


言葉通り、なつきは三坂によって初めての快楽を与えられ何度も果てた。他人との情交を全く知らなかったなつきにとっては、見知らぬ沼に突き落とされたかのような衝撃で、それでいてあまりにも幸せな快楽だった。


「藍理さん、大好きです。こんなの知ったらもう離れるのなんか絶対無理です」


「それは良かった。わたしも気持ち良かったよ。なつき積極的だから、これから上手くなっていってくれると思うと楽しみだなあ」


「でも、仕事で疲れている時は無理しないでくださいね」


「それは何ていうか別腹だから。疲れているから寝さえすれば回復するかと言えばそうでもなくて、性欲もバランスよく満たせるのが理想かな。って、ごめんね、即物的で」


「そんなことないです。私も藍理さんといっぱいしたいです……」


「じゃあいつでも来ていいから。淋しい時はうちで待ってて、別にセックスしてもしなくてもどっちでもいいけど、一緒に過ごそう?」


「藍理さん、大好き」


抱きついて半泣きのなつきの頬に三坂のキスが降り注ぐ。


「わたしもなつきのこと好きよ。手に入れて、もう手放したくなくなっちゃった」


「手放さなくていいです」


笑い合って、キスを重ねる。


浅く、深く。もっともっと互いを知りたいと熱を伝えあった。

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