第3話 失敗
その夜、なつきは一つ大きな失敗をして、結果的に三坂に迷惑を掛けることになった。
二次会で酔いつぶれて記憶を無くし、三坂の世話になったのだ。
見知らぬベッドで目を覚まし、起き上がった先で近くのソファーでルームウェアで眠っている三坂を見つけた時は、二日酔いの気持ちの悪さよりも先に心臓が跳ね上がった。
ソファーの肘置きに上半身を預け、少し丸くなって眠る三坂は猫を思わせるような柔らかさで、声を掛けると目が開かれる。
「おはようございます高埜さん」
「おはようございます」
三坂は当然ながら状況を把握しているのだろう、なつきのような混乱はなく、体を起こすとそのまま伸びをする。
美人は何をやっても美人で魅力的だとなつきが現状を忘れ去って暢気なことを考えていると、三坂から声がかかる。
「昨日途中で寝ちゃったこと覚えてますか?」
「……はい、そうみたいですね」
「女性がわたしだけだったので、高埜さんのことを頼まれたのですが、家もわからなかったので、うちに連れて来させて貰いました」
起き抜けの頭の回っていないなつきでも、そうなった経緯は理解できた。なつきは酒が強くないのは自覚していたが、昨晩の二次会で勧められた酒は口当たりがよく、つい飲み過ぎてしまったのだ。
その結果、なつき以外で唯一二次会に参加した女性であった三坂が介抱役を務めてくれたのだ。おまけに起きなかったからと家まで連れ帰ってくれて、ベッドまで提供してくれたことに謝りを口にした。
「昨日はわたしがいたからまだ良かったですけど、飲んだら寝てしまうのはちょっと危険なので、これからは気をつけた方がいいですよ」
後輩を介抱した先輩のような忠告をもらい、その後三坂に礼を言ってなつきは三坂の家を後にした。
その日自宅に帰った後も、なつきは三坂のことを考えていた。
1Rの三坂の部屋はそれほど広くないが、白を基調に統一されていて、三坂の雰囲気によく似合っていた。ソファー前の小さなテーブルの下には、ビジネス書らしきものが数冊積まれていて、そこで三坂が業務時間外にも知識習得に真面目に取り組んでいることを知らせた。
忘年会で恋人はいないと話していたが、確かに男性の出入りを思わせるものはなつきが見た所はなく、その言葉の信頼性は増す。
三坂は端々から恋愛事には慣れている感があり、過去にはそれなりに何かあったのかもしれないが、今は仕事を優先したいだけなのだろうと素直に思うことにした。
とはいえ介抱してくれた三坂にお礼をしたいと、なつきは翌週三坂を飲みに誘った。三坂が酒に強いことは知っていたため断られることはないと踏んでいたが、年末の多忙を理由に辞退され、更には気にしなくてもいいとまでメールの返信には書かれていた。
だがそれでなつきの気が済むことはなく、何かお礼をしなければという思いだけが悶々と残っていた。
そんな中で、年が明けてすぐに、三坂が別部門とやりとりをしているコンサルチームに移ることを知る。
単純に目的を果たして報告会まで完了したからという理由で、当然のことではあったものの、三坂と今までのように打ち合わせで顔を合わせられないことが淋しいと思うようになっていた。
礼もしないままでは気が済まない思いも残っているし、となつきは、少し離れた場所に座る三坂の動きに気を配り、煙草を吸うために離席したタイミングで以前のように三坂を追いかけて行く。
「寒いのに、どうしたんですか?」
川沿いの喫煙場所に向かうと、声を掛ける前に三坂に見つかり、三坂から声が掛かる。その場に現れたなつきの目当てが三坂しかないことは、もう見透かされているようだった。
「寒い地域で生まれ育ったので、寒さには強いので大丈夫です。煙草に行かれるっぽかったので……」
「何かありましたか? もしかして、報告会資料に間違いがありました? 高埜さんチェック厳しいから」
煙草を吸い込んで息を吐き出した後、緩く三坂は笑い見せる。それが本心からの笑いなのか、ビジネスとして笑っているだけなのか、そんなことがなつきは気になっていた。
「……そうじゃなくて。えと、忘年会の時のお礼まだできてなくて、でももうすぐ三坂さんは担当を離れられると聞いたので……」
「気にしないでください。別にお金を使ったわけでもないので、あの時言って頂いたお礼の言葉だけで十分ですよ」
それで気がすまないのはなつきだけなのだ。わかっていたが、迷惑でしかなかったかと肩を落とす。三坂にとってなつきはただの取引先の一社員でしかない。
「高埜さん、実はわたしは女性しか愛せない性癖なんです。高埜さんのことをその対象にしているわけじゃないですけど、仕事上関わった女性とは、できる限り深く関わりたくないと思っています。
なので、飲みに行くはポリシー上遠慮させてください。あと念のため、この前家に泊めた時は何もしてませんから、そちらは安心してください」
三坂から出た衝撃の告白になつきは目を見張る。まさか、という思いがあるものの、こんなことを嘘では言わないだろうという思いもある。
「すみません、驚かせてしまって」
「そうだったんですね。私の方こそすみません」
「じゃあ、この件はもうこれで終わりでいいですね?」
踏み込まれたくない理由まで三坂は打ち明けてくれた。それはなつきの礼をしたいという行為が、迷惑でしかないことを示していて、これ以上縋るようなことはできなかった。
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