第2話 コンサル
仕事を辞めて地元に帰ろうかと常に悩みながらも、仕事そのものはなつきは嫌ではなかった。
なつきの在籍する部門は、比較的年齢層が高いせいか仕事に求められる要求レベルも高く、必死でついて行く毎日だった。なつきはその中で古い考えに若い風をと期待されていて、事業そのものの将来性に関わる検討の場にも呼ばれたりと、刺激はあった。
その一つとして、外部のコンサルティングを専門に行う会社から数名招いて業務のプロセス改善の検討を行うことが決まっていた。その打ち合わせの場になつきも呼ばれ、参加をするようになった。
打ち合わせに出てくるコンサルチームはメインが3人いて、その中にはなつきと比較的年齢が近いだろう女性が1人含まれていた。
その女性、
長いストレートの髪は淡い色でカラーリングされていて柔らかな印象を与える。平静時は真面目な顔をしていても、会話中には上手く笑みを遣って相手方に好印象を植え付けている。
なつきには到底できない、人をコントロールすることにも長けている印象を持った。
その日の打ち合わせで三坂から提示された案は、業務を真剣に考えた提案だったものの、なつきの考えと方向性が違ったことが原因で、なつきがむきになって専門知識で押して、三坂と意見の応酬をしてしまった。
上司が止めてくれて、持ち帰りで落ち着いたものの、なつきは冷静さを欠いていた。
「高埜、さっきの三坂さんへの言い方はないぞ。正論を言うにしても、もっと整理してから言え」
「すみません……」
打ち合わせ後に、上司からちくりとお小言がありなつきは肩を落とす。自分でも言ってしまってから後悔したが、止める手立てをなつきは持ち得なかった。
でも、それにより会議を空転させたのは事実だった。
リフレッシュがてらビルの外のコンビニに向かおうとロビーまで降りた所で、先程打ち合わせの場にいた三坂がビルを出て行く姿を認める。
手には煙草らしきものがあり、近くの川沿いの喫煙場所にでも行くのだろうと簡単に推測がついた。
考えるより先にその後を追って、喫煙場所で一人で煙草を咥えていた存在に声を掛けた。
「高埜さん。高埜さんも煙草吸うんですね」
なつきに緩く笑みを見せた三坂は、場所のせいかなつきも喫煙者だと勘違いしたようで、ロビーで姿を見かけたから追ってきたと訂正をする。
「何かありましたか?」
なつきは喫煙者ではなく、煙草自体も好きではなかったが、女性らしいスーツ姿の三坂が煙を吸い込む姿は様になっている。
「すみませんでした」
三坂を見かけなければ、なつきは謝ることなく次の打ち合わせに参加するだけだっただろう。だが、三坂を見かけた以上は自分の心を静める意味でも謝っておきたかった。
何のことを謝られているかわからない、という風に首を傾げる三坂に説明を加える。
「先程の打ち合わせで生意気なことを言ってしまったので」
「わたしの知識不足が原因なので、高埜さんが謝る必要はないですよ」
言われる立場になって考えろと上司には怒られた。
その立場になり考えてみて、あんなことを言った相手に対して、こんな配慮のある言葉をなつきでは到底掛けられないだろう。
三坂は自分より一回りも二回りも器が違う女性だという羨望はある。
「でも、ああいう人を責めるような言い方はするなって、ちょっと怒られました」
「大丈夫ですよ。気にして下さったんですね、有り難うございます」
こんな人になりたい。
仕事を始めて多くの人と出会ったが、三坂はなつきが憧れを持った初めての存在だった。
とはいえ三坂とは主に打ち合わせの場で顔を合わせるこがほとんどで、もう少し三坂のことが知りたいと思っていたなつきの元に、コンサルチームとの忘年会の話が舞い込む。
その日、なつきはいつも以上に仕事に集中して、定時内に片付けると、終業後の第一陣に加わって指定された店に向かった。
コンサルチームは既にまばらに席についていて、迷いもなく三坂の隣に向かう。
「隣、座ってもいいですか?」
「わたし、禁煙者なので」
三坂は今はまだ煙草は口にしていないが、テーブルの端には緑色の煙草の箱とライターが重ねられている。
女性の喫煙者はメンソールを好む傾向にあると聞いたことがあったが、色から判断するに恐らく三坂もメンソール系の煙草を吸っているようだった。
煙草の匂いが移るという忠告にも、大丈夫ですとそのまま三坂の隣に腰を下ろす。どうせ飲み会では煙草の匂い以外もついてしまうのだ。それならばそれは些細なことでしかなかった。
三坂となつきが並んで座っていたことにより、そこには女性ばかりがテーブルになり、自然と話題はお互いのプライベート、特に恋愛事情に向く。
三坂が左の薬指に指輪をしていないことは以前盗み見て知っていたが、三坂の口から未婚で恋人もいない発言がなされる。
「三坂さん美人だから、絶対結婚されているんだと思っていました」
三坂は世の中の男性が声を掛けないわけがないだろうという美人だ。今は大人の女性の魅力が出始めているものの、もっと若い頃も今の容姿が大きく変わりがあるはずがなく、もてたに違いなかった。
更に三坂は打ち合わせなどで見ていても、男性のあしらいも上手く、プライベートでも恋愛経験は豊富だろうと感じさせるものがあった。
「コンサルなんてやっていると正直プライベート犠牲にしまくっていますからね」
三坂の仕事を優先させている。
その言葉は事実かどうかはわからない。だがそれ以上語る気はないという意思のようなものを感じ、なつきが踏む込むことはできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます